閑話「華麗なる上級戦士」2
「行くぜ!」
クァマーセは伸縮槍を引き抜くと展開させる。
腰を落とし、自慢の脚力で跳躍。
女王の頭上から襲い掛かった。
「アチョーー!!」
狙うは首。
一撃で鮮烈に勝利してみせる。
スーパーハイパーエリートなので。
「キィア!!」
女王、それをビンタで迎撃。
圧倒的リーチの差により、クァマーセの槍よりも女王の腕が先に到達。
「ほげーーー!」
水平に弾き飛ばされるクァマーセ。
地下空間の内壁にビターン! と激突すると、ズルズルとずり落ちた。
床に降り立つと、辛うじて体勢を立て直す。
「や……やるじゃない」
全身に激痛。
狩りの作法に従い、戦闘用バリアは使用していない。
久方ぶりに受けたまともな肉体的ダメージ。
口内の出血をペっと吐き出すと、槍を構え直した。
今は『狩り動画』の撮影中、弱気な姿勢を見せる訳にはいかない。
「だがそれでこそ狩り甲斐があるぜ! アチョーー!!」
二度目の跳躍。
「キィア!!」
「ほげーーー!」
ビターン!!
またしても女王級ビンタ。
壁のモニュメントと化したクァマーセ、何とか床に到着。
「や…………やるじゃ……ない」
満身創痍。
ふらつくクァマーセは、何とか踏みとどまりながら思った。
もしかして……女王級個体って強いのではないだろうか?
と、その時。
「「「シャアアア!!」」」
「えっ!?」
地下空間に、ゼノザード通常個体の援軍が到着。
狩りの作法では、まず十全な火力を投じて”ザコ掃除”を行う。
しかる後、敵の首魁や最精鋭と遭遇した際に近接以外の装備を解除して、白兵戦にて決着をつける。
というのが、狩りで美しいとされる流れ――作法だった。
そして残念ながらクァマーセ。
”面倒くさい”ので、事前のザコ掃除を十分に行わず。
それでごらんの有様だよ!!
「撮影の邪魔すんじゃねェ! まとめてプラズマキャノンで吹き飛ばし……あ、マスク!?」
女王に苦戦しているこの状況で、とても複数の通常個体を相手取る余裕など無い。
クァマーセは咄嗟にプラズマキャノンを使用しようとしたが、正確な狙いにはマスク着用状態での視線誘導システムが必要だった。
「ちょっと待て! マスクどこだ! おいマスク! 確かここら辺!」
恰好付けて投げ捨てたそれを、クァマーセは慌てて探す。
光源のない暗黒空間ではあるが、ヤウーシュの視力は波長の長い光――人間で言う赤外線――も辛うじて捉える為、何とか視界を確保出来ている。
クァマーセは転がっている破片やゴミをひっくり返し、懸命に探した。
そして――
「……あった!!」
――慌てて装着。
再び明瞭になる視界。
迫りくる通常個体たちに視線を重ね、ロックオン。
「舐めてんじゃねェぞオラァ!!」
プラズマ弾を連射。
火器の優位さえあれば負ける要素はない。
程なくして通常個体を殲滅。
再び地下空間はクァマーセと女王だけになった。
「はぁ……はぁ……」
「キィアアアア!!」
目の前で仲間を殺され、女王が怒り狂っている。
その様子をクァマーセはじっと見つめ――
「……」
――女王、その背中にロックオン。
プラズマ弾を発射。
空中で急カーブを描いた紫電の球体は、狙い過たず女王の立派な背中を穿った。
「キィアアアアア!!?」
悶える女王。
一瞬だけ腐食性の体液が周囲に飛び散ったが、紫電の超高温が傷口を一瞬で焼き固めてしまう。
クァマーセは身を捩っている女王を静かに見つめ――
「……」
――再度、プラズマ弾を発射。
2発目が女王の背中に着弾した。
「ギィアアアアア!!」
「……」
クァマーセはガントレットを操作し、情報収集機能を停止させる。
そして記録されていた全てを消去すると、再び撮影開始ボタンを押した。
「キィィィ……!!」
ややフラついている女王を前に、クァマーセはゆっくりとマスクを外す。
それを投げ捨ててから、咆哮してみせた。
「Grrruuuuaaaahhhhh!!!」
そして女王狩りが始まった。
クァマーセはようやく登り始めたばかりだからな……この果てしなく遠いヨートゥーヴァーの坂をよ!
◇
「よっしゃー! アップロード完了だぜ!」
円盤型の宇宙船が一隻、宇宙空間を航行していた。
操縦席に居るのはスーパーハイパーエリート上級戦士のクァマーセ。
彼はたった今、『楽勝! †スーパーハイパーエリート†による女王狩り!』動画を動画投稿サイト『ヨートゥンヴェイン』に投稿し終えたところだった。
途中”不慮の事故”により女王級個体に対してプラズマキャノンを使用してしまったが、最終的にクァマーセが勝利する流れは一緒なので大した問題ではないだろう。
細かい事は気にしない。
スーパーハイパーエリートなので。
「くぅ~疲れたぜ! さて……何人が見たかな?」
投稿直後だったが、クァマーセは自分の動画をチェックする。
「クソ、視聴数1って何だよ! もう1回確認するか……」
クァマーセは再度チェックする。
「視聴数2……全然来ねーじゃねーか!」
もう一度チェック。
「視聴数3……まぁひとりずつ来てるみてーだし、ちょっと待つか……」
クァマーセは自動操縦に母星への帰還コースをセットすると、操縦席を離れた。
頭の後ろで手を組み、船内ロビーへ移動しながら思考を巡らせる。
「女王狩りで有名になったら……他の氏族からスカウト来ちまうな~!」
ロビーに立っているクァマーセ。
するとロビーに面している給湯室から、細見のヤウーシュが現れた。
強力な爪と、すらりと長い四肢が特徴。
クァマーセは以前そのヤウーシュと、『氏族の親睦を深める会』で会った事があるので覚えている。
カイセーン氏族の氏族長『セェービィー』だ。
セェービィーが言った。
『君はやはり優秀だった! 是非、我が氏族へと移籍してもらいたい』
すると今度は工作室から、大柄なクァマーセですら見上げる巨漢のヤウーシュが現れる。
数多の戦場を潜り抜けて怪我と回復を繰り返した結果、甲殻が岩の様に変質している現ヤウーシュ種族長『タスマ』だ。
タスマが言った。
『何を言う。優れた戦士である彼は我がウミノサーチ氏族にこそ必要だ』
『それは困りますな』
仮眠室からそう言って現れたのは、シフード氏族長のシャーコ。
『彼にはいずれ私の後を継いでもらう予定。引き抜きは困りますぞ!』
『そうは言うがシャーコ殿――』
『いやいやここは――』
(ニチャア……)
氏族長が二人と現種族長。
そんなトップ達が自分を巡って奪い合う光景は、実現すればさぞや愉快だろう。
だが遠い未来ではない。
『楽勝! †スーパーハイパーエリート†による女王狩り!』が反響を呼べば、近く実現する見込みである。
「ま、それはそれとして――」
クァマーセはかぶりを振って妄想を追い出す。
言い争いをしていた3人の姿が搔き消え、代わりにロビーの中央、テーブルの上に鎮座していた存在がその姿を露わにした。
「――先にトロフィーにしちまうか!」
「ふんふんふ~ん♪」
ご機嫌に鼻歌を歌いながら、クァマーセは加工道具を工作室から引っ張り出す。
そしてロビーのテーブルの上で、頭部をトロフィーにする為の解体作業をし始めた。
尚、死からの時間経過によりゼノザードの体液が持つ腐食作用は既に失われている。
しかし体液そのものが消えた訳ではないので、クァマーセが加工道具を突き入れる度にどばどばと出血し、ロビーのあちこちが汚れていった。
と、徐にクァマーセがその動きを止める。
するとクァマーセの髪――に見える棘状の放熱器官が突然ワサワサと動き始めた。
そして『静電気で髪が爆発』したかの様に広がる。
次の瞬間――
「ふんッッ!!」
――棘の1本1本から黄色い液体が噴き出した。
おしっこ!
正確には、体液を排出する事によるヤウーシュ族特有の放熱行為だった。
だが排出する体液は尿なので、つまりおしっこ。
ロビーで全方位に、無数の棘からおしっこしたらどうなるか皆分かるかな?
そうだね! 汚いね!!
これを読んでいる皆は、ロビーで全方位おしっこはしない様にしようね!
ぽたぽたぽた……。
天井から黄色い雫が垂れている。
壁、テーブル、床、天井。余すことなく汚損。
だがクァマーセは気にしない。
スーパーハイパーエリートなので。
ロビーの壁には、2枚のポスターが貼ってあった。
うち片方には、笑顔のヤウーシュが2名――種族長タスマと氏族長シャーコが二頭身にデフォルメされ――描かれており、『放熱はシャワールームで! 終わったら頭を洗おう!』と記されていた。
種族長タスマが推進している『外殻を清潔に保ち、体臭を予防しようキャンペーン』の一環として貼られていたポスターだった。
しかしたった今剥がれた。
尿が染み込んで重くなり、ベチャりと床に落下。
折り畳まれてしまったそれの上に――
「オラぁ!」
――クァマーセの投げた皮――不要な部位として剥ぎ取った――が乗っかって、もう読めない。
キャンペーンポスターの隣に貼ってあったもう1枚は何か。
同じくデフォルメされて2等身になったサメちゃんが笑顔で、しかし半ギレしながら吹きだしで叫んでいるポスターだった。
『整備班からのお願い(ꐦ°᷄д°᷅)
ロビーでのトロフィー加工厳禁( ꐦ◜ω◝ )
トロフィー加工は工作室でお願いします(°ㅂ°ꐦ)
絶対にロビーでやらないでください!! ٩(๑`н´๑)۶ 掃除する迷惑を考えてください!!』
「だっしゃあ!!」
クァマーセが剥ぎ取った肉を投げ捨てる。
べちゃりとサメちゃんポスターに命中し、落下する肉に巻き込まれて剥がれ落ちた。
そして床に溜まっている尿やら体液やらの液溜まりの中に沈んでいく。
クァマーセは細かい事は気にしない。
スーパーハイパーエリートなので。
いよいよ加工作業も佳境に入る。
回転ブラシを使って表面を丁寧に研磨し、遂に――
「出来たぜ!」
――女王級個体の頭部、クイーンゼノザードのトロフィーが完成した。
出来上がったばかりのそれを、クァマーセがうやうやしく頭上へと掲げる。
照明に照らされ、それは白く、美しく輝いていた。
「へっへっへ……」
クァマーセが恍惚とした表情で見上げる。
しばらく堪能してから下ろし、次に正面から向かい合うように持った。
そして呟く。
「決めたぜ……今日からはお前はピーちゃんだ! よろしくな、ピーちゃん!」
ピーちゃんが上下にカクカク動くと返事をした。
「ウン、ヨロシクネ! クァマーセクン!」(裏声)
「クァマーセクンハ、スーパーハイパーエリートナンダッテ?」(裏声)
「そうなんだよピーちゃん! 俺様ってば氏族でも一目置かれて――」
小芝居を続けるクァマーセ。
その背後では。
ぐちゃぐちゃのドロドロ。
大小様々な肉片やら骨片やらが足の踏み場もない程に散らかり。
船内の空気が色づいたのではと思わせる程の腐臭と刺激臭、そしてアンモニア臭が漂う地獄となり果てていた。
ただし当人だけは生態に根差す臭気故か、特に気にする様子はない。
さて、掃除をするのは誰の仕事だったか。
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