第14話「心に決意」
サトゥーは己の運動量データを確認していく。
≪ちぇりゃぁぁぁ!!≫
裂帛の気合と共に、過去の自分がカニ江の拘束を振り解いた瞬間。
数値を確認すると、気合の割にはあまり筋肉を使用していなかった。
「拘束を破るのにパワーが必要なかった……つまりカニ江の拘束自体が緩んでいた。
謎が一つ解ける。
だが別の謎が生まれた。
「……カニ江はどうして拘束を緩めた? こんな高さの投げ技でダメージは受けてない筈。別の要因が……?」
サトゥーは収集データの中から、再びカニ江に関するものを抽出した。
しかしサトゥーの体を通じて間接的に収集されたそれらでは、どうしてもカニ江自身のダメージ――内面的な状況を推測するには不足していた。
「どうするか……後、何か手がかりは……」
サトゥーはしばらく考え――
「音。そうだ、何か手がかりになる音を拾ってないか?」
――収集データの中から、今度は『音』に関するものを集めていく。
「何だ……? この音」
そして不可解な音を発見する。
それはカニ江が地面に激突する寸前に録音されていた。
パキパキ、ガシャンという、まるでガラスの割れるような音。
「カニ江が背中で何か……ガラスの壺でも潰した? いや、そんなの落ちてたか?」
サトゥーは映像を巻き戻す。
二人が立ち上がってベアハッグをしている時間まで戻し、この後カニ江が落下する地点を観察した。
「……分からないな」
しかし地面のテクスチャはノイズによって波打ってしまっており、異物の有無を特定出来ない。
元々ガントレットの情報収集は装着者を対象としたものであり、空間的な距離が空くと途端に精度が低下してしまう。
「クソ、手詰まりか……」
サトゥーの推察が行き詰まろうとした時、洗面台に置きっぱなしだった空容器――ナノマシン錠剤の入っていた――が小物入れの上から転がり落ちた。
それは床に上に落ちて乾いた音を立てる。
カコン、コロン、コロン。
トイレの空間内に、思いの外大きな音が反響した。
「……おっと」
サトゥーがそれを拾い上げる。
他の若手なら落としたゴミなんて無視しそうだな。
そんな取り留めのない事を考えながら、手にしたその空容器を見て――
「音……反響……反響定位か!」
音や超音波を用いた反響によって周囲の状況を把握する手段であり、前世で言うとイルカやコウモリが行う事で知られている。
サトゥーは空容器を小物置きに戻すと、収集データの精査を再開した。
音響データを洗い直し、反響と思しきものを拾い上げる。
得られた反射面データを描画済みの地面テクスチャに重ね合わせ、無理やり精度を引き上げた。
そしてノイズの霧に埋もれていたそれが姿を現す。
サトゥーが盾として使い、カニ江が高さを半分にしたそれ。
鋭利な断面を空に向けて掲げているそれ。
ふたりが初めて共同作業したそれ。
それの名は――
「『我が愛しの』!」
――カニ江が削り出した現代アート『我が愛しの』だった。
サトゥーのやや前方には『我が愛しの』が埋まっており、カニ江が落下したのはその上だった。
「お前が下に居たんか! 夢中だったから全然気付かんかったぞワレェ!」
カニ江の『カラーテ返し』の後。
さり気なく逃走を試みたサトゥーがしかし失敗し、カニ江に捕まった場所。
それが偶然、『我が愛しの』の近くだった。
サトゥーの脳裏に『納得』の二文字が沸き上がる。
投げ技で尖った岩の上に落される。
なるほど人間ならば大惨事。
だが――
「……カニ江に効くのか?」
霧散する納得。
「逆に考えるんだ。
『我が愛しの』の突起がカニ江に刺さっちゃってもいいさと考えるんだ。
背中に刺傷が出来たからカニ江の拘束が緩んだと考えるんだ。
カニ江の防御を突破しうる鉱物を探せばいいんだ」
サトゥーはガントレットのデータベースを開く。
手がかりは音。
カニ江が地面に落下した時の、ガラスが割れるような音は恐らく『我が愛しの』が砕かれた音。
サトゥーはデータベースの検索欄に『鉱物 ガラス質 つよい』と入れて決定を押した。
1億4千万件のページがヒットした。
「スゥー……」
サトゥーはデータベースを閉じた。
宇宙文明のデータベースは充実しすぎていた。
「逆に考えるんだ。
1億4千万件もヒットがあるなんてお得でいいさと考えるんだ」
サトゥーは目の前の小物置き、その上の空容器を掴むと床に叩きつけた。
「見てみたら年が暮れらぁ!!」
カコーンと音を立てた空容器が、天井近くまで跳ね上がる。
刹那、天井灯の明かりが空容器のラベルに反射した。
ラベルの材質故か、反射した光は波長ごとに別れて天井を虹めいて照らし出す。
その様はプリズムを連想させた。
が、それも一瞬。
重力に引かれ空容器はそのまま落下すると、トイレの隅にあったゴミ箱の中へと吸い込まれる。
その光景を見ていたサトゥーが呟く。
「
サトゥーは収集データをまたしても洗い直す。
環境データから赤外線に関する項目を抽出していく。
赤外線は水に感度良く吸収される性質があり、鉱物が含む微量な水の状態をスペクトル分析で調べる事が出来る。
組織形成や熱水過程の分析結果を元に再度、『我が愛しの』の材質をデータベースで検索に掛けた。
浮上した候補からガラス質でないものを除外していき、そして1件だけが残される。
サトゥーはその鉱物の解説ページを開いた。
「この鉱物は――
◇
――鬱曜石!!」
空に向かって破断面を向けているそれの、材質をカニ江は知っていた。
直後、ぐるんと視界が回る。
カニ江は今、サトゥーに投げられている
背後から抱き着き、ベアハッグをしていた筈なのに。
どういう訳か、
思考が加速し、時間が引き延ばされる。
ゆっくりと流れる世界の中で、カニ江はサトゥーを抱きかかえたまま、重力に引かれて背中から地面へ落ちようとしていた。
そして落下点には、自分が砕き、鋭く尖らせた『鬱曜石』が落ちてくるものを貫かんと待ち構えている。
(あぁ……!)
赤茶けた空を視界に収めながら、カニ江はただ感嘆していた。
(素晴らしい……素晴らしいわ、サトゥー君!!
全てはこの、尖らせた鬱曜石の上に私を投げ落とす為の作戦だったなんて……!!)
婚闘が始まった直後、サトゥーは近くに埋まっていた石を盾代わりにしてきた。
その時カニ江が感じたのは、困惑と若干の怒りだった。
こんなものは盾足り得ない。
どうしてこんな無駄な事をするのだろう、と。
だから少しばかり抗議の意味を込めて、岩の破壊に趣向を凝らしてみせた。
その時に材質が『鬱曜石』である事には気づいたが、戯れの中での出来事などカニ江の記憶には残らない。
(だけど、それがサトゥー君の狙いだった……)
婚闘の最中に突然、埋まっている鬱曜石をサトゥー自身が砕いたならば、カニ江は間違いなく武器としての利用を疑っただろう。
しかしカニ江自身に砕かせる事で、鬱曜石の存在は見事にカニ江の警戒をすり抜けていた。
その後カニ江はカラーテを受け、左腕に痛手を受けた。
すると直後、どういう事か。
サトゥーが突然、婚闘から離脱するような素振りをみせて離れ始めたではないか。
(サトゥー君ったら……準備した鬱曜石の近くに私を誘導したいからって、あんな
それで私もまんまと釣られて、鬱曜石の前で絞め技をしかけて……)
カニ江は己の発言を思い出す。
『さぁ出してちょうだい……カラーテの奥義を!』
それにサトゥーは確かに答えて見せた。
カラーテの奥義。神髄。
必勝の絞め技の態勢から、いつの間にかカニ江は投げ飛ばされていた。
パワーでもスピードでもない。まるで意識の
そして今、カニ江は鬱曜石の上に落されようとしている。
全ては仕組まれ、誘導されていた。
(でもねサトゥー君。私……負けないわ)
鬱曜石とは。
その性質は地球で言う『黒曜石』に類似し、特殊な条件下でマグマが急速に冷やされて生じる。
ガラスと似た性質を示し、脆い代わりに破断面が非常に鋭く、高い切断能力を誇る。
この為に製鉄技術を持たなかったヤウーシュでは、長く矢じりや槍の穂先として使用されてきた歴史があった。
シャルカーズ製の金属槍が普及するとその需要は失われ、極一部の産出品が儀式用の最高級品として用いられる以外は見向きもされなくなり、現在に至っている。
それこそ原石が
しかしながら刃物としての切れ味は、シャルカーズ製の金属槍に劣るものではなかった。
それこそ種族間戦争において、地表に降下したシャルカーズの機甲兵器、その装甲を貫くだけの鋭さは持っている。
その刃先が今、カニ江の背に届こうとしていた。
カニ江が心に決意する。
(私の外殻は……鬱曜石になんか、負けない!!)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます