第2話 パンス丘陵
この世界の空は桜色をしている。
ただ、一面桜色というわけでもなく、藍や橙が水彩画の様に所々に染みを作っている。幾つもの惑星の様な月が浮かび、それが染みの中心で色を滲ませているようだった。色の違いは魔力の形質によるもののようだ。
季節は秋口。
日本よりも少し進んでいる。
立ち上がった僕に、丘を登ってきた風がサア〜っと吹き抜ける。強くもなく弱くもなくただ気持ちがいい風で、芝生がカサカサと音を立てる。
そして、目を瞑り風を味わう僕の横を、沢山の饅頭くらいのクラゲが風に乗って遊びながら通り過ぎて行く。
このクラゲはこの丘陵地帯〈パンス丘陵〉に生える芝の種子で、このクラゲたちが地面に落ちて来年の春に芽吹くのだ。フランスの田舎シャンパーニュ辺りを想わせるこの丘陵地帯は、背の低い芝の様な草が一面に生えていて、背丈の高い草木は生えていない。元々は岩石地帯で不毛な土地であったけれど、風向きの関係で積もった山の葉枝が腐葉土となり、草原と成った。そのため、地面はふかふかしているが、地層は薄く、草花はあまり背伸びは出来ないという。
それからこのパンス丘陵のいいところはなんと言っても、この香りだ。レアチーズケーキの隠し味みたいに、風がほのかなレモンの香りを運んで来る。それが寝起きの頭には心地良いエッセンスになる。
僕はこの風を存分に味わってから、足元の芝の葉をひとつ千切りって噛む。
鼻にシングルモルトのビンテージウイスキーのような、樽の甘い香りが抜けていく。ウイスキーに比べれば随分と薄いけれど、甘味ではなく、甘い香りが微かにするのだ。アルコールの混じらない芳醇なウイスキーの芳香を嗅ぐと、なんだか少し焼き立てのパンが欲しくなる。
この丘はこの世界でも随一の香り高い丘だ。僕も気に入っている。なんなら毎日でもこの丘で目覚めたいくらいだ。でも、そうもいかない。僕は"星屑"を探さなくてはならないのだ。さて、そろそろ探しに行かなくちゃ。
僕は歩き出そうとした。しかし、その瞬間にふらっと力が抜ける感覚に襲われて、また元の倒木に座り込んだ。
(そうだ、しまった。この葉は眠り薬の作用があるんだった。昨日もそうして眠ってしまったんだった——……)
——こうして僕は目覚めると日本のいつもの無機質な白い天井を見ることになるのだった。
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