落花流水

桜 花音

第1話

 カラッ……


 教室の扉を開けると、暖かな陽射しが降り注いでいる。一限が始まっているこの時間に、誰もいない。

 二月に入れば三年は自由登校。わざわざ学校に来るのは、部活に顔を出したい子くらいだ。


 ゆっくり。一歩ずつ歩きながら、並ぶ机をそっと指先で撫でていく。二月の冷たい空気は、教室だけじゃなく机もひんやりとさせていた。

 窓際の席、前から三番目。たどり着いたその席にそっと腰かける。ほんの数ヶ月前には、ここから見える景色は賑やかだったのに、今となっては夢のよう。


 グラウンドからは女の子達の声が聞こえてくる。

 どうやら冬恒例の持久走らしい。

 懐かしいな。

 私たちも、去年は文句いいながら走ったっけ?

 冬の寒い中ただただ走るというのは、忍耐を試されているのだろうか?アスリートじゃないから、タイムを縮めようとも思わないし、単調でしんどいだけの時間。

 グラウンドを見れば、きっと同じように思っているんだろう。明らかに渋々走りながら文句を言ってそうな様子がうかがえる。


「がんばれ」


 そんなしんどい時間も、今となっては大切な思い出。友達と笑いあって過ごした大切な時間。


 ふと、廊下を走る足音が聞こえてきた。

 ここは三年の教室が並んでいるから、いまは注意する人もいない。


 ガラッ


「……っ、はぁっはぁっ……わりっ。遅れ、たっ」


 息を切らして、彼が飛び込んできた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る