第7話

「お電話ありがとうございます。ベストプライスショッピング、お買い物受付担当の・・・」

「申し訳ございません。すぐに代わりのものを・・・」

「すみません、依田さん、男の責任者出せって言ってるんですけど代わって・・・」


 コールセンターには百人以上のスタッフが働いている。

 どんなにAIが進歩しても、電話ばかりは人間の代わりはできないのだった。


 このコールセンターに勤めて五年以上になる。


 まさかこんなに長く続けるとは。


 斜め前で先週入ったばかりの若い女が四苦八苦している。


「はい。で、では、ご注文を繰り返させていただきます」


 震える声でたどたどしく告げる女に同情している暇はない。

 ベテランのミチコに与えられた仕事は単なる受注受付ではなく、クレーム処理だ。


 インカムのコール音が鳴り、ミチコはすぐに受電する。


「お電話ありがとうございます、ベストプライスショッピング、お問い合わせ担当の・・・」


 また、長く憂鬱な一日が始まる。


「リーターの今井、鬱で休職だって」


「やりー。あいつ、意地悪だもんね。あいつのせいで辞めたバイトや派遣が何人いるか」


 休憩室で派遣仲間のサチコと由香里が楽しそうに話しているところにミチコは割って入った。


「へえ、鬱になるような玉だったんだ」

「あ、ミチコ、お疲れ」

「お疲れ~」


 二人は快くミチコを受け入れてくれる。


「そう、意外だったよね。あんな根性の悪いやつにも人間の心があったなんて」


 サチコが投げ捨てるように言う。


「そうじゃなくて、みんなの恨みじゃない?」


 占いやスピリチュアルが大好きな由香里が言った。


「恨み? そんなの効くならいくらでも恨んでやるけどね」


 ミチコが応じると、確かにと由香里が笑う。


「でも、ほんとのボスは高橋だけどね」

「まあ、そうだよね」


 サチコの言葉に、由香里が苦々しい顔をして頷いた。


 コールセンター長の高橋は正社員、今井のようなリーダーたちは契約社員、そして、その下にミチコたちのような派遣やアルバイトがぶら下がっている。


 怒りや悪意は命令や怒声といった形をとり、上から下にきれいに流れていくのだ。


 早くこの下流から出たい。


 サチコや由香里のことは好きだし仲間だと思っている。


 でも、夢も目標もなく、無為に日々を過ごし、不平不満を垂れ流しながらも新しく仕事を探すこともしない彼女たちを見ると、どこかで自分は違うと思ってしまうのだ。


 そんなことはないのに。


 自分も何者でもないではないか。  


 むしろ最も恥ずかしいのは自分のような人間ではないのか。


 自分を特別だと思っていて、実は何者でもない。


 そこを認められなくて、ただただ夢にすがって逃げている。夢を言い訳にしている。


「どしたの、ミチコ、ぼっとして」


 サチコが心配そうな顔で見ている。


「あ、ううん、なんでもない。ごめん」

「止めてよ、ミチコまで鬱とか」


 由香里がこちらを覗き込んで言った。明るい声を出しているが、表情は心配に曇っている。

 この職場の鬱の発生率は半端ではないのだ。


 それでも皆簡単には逃げ出すことはできない。なかなか職は得られないし、外の世界も大変だとわかっているからだ。


「大丈夫。私は。どっか神経がおかしいからさ。そうじゃないと二年もクレーム担当なんてしてるわけないじゃない」


 おどけて言うと、二人が笑う。


「確かに」

「ミチコは強いよね。うらやましい」


 強くなんてない。うらやましいのは私のほうだ。


 夢に縛られ、逃げることも進むこともできない。


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