霞原流深の冒険
赤月なつき(あかつきなつき)
紺色の研究
紺色の研究
2023年4月、僕は晴れて海峡大学の大学生となった。あまり日の目を見ない高校や中学生活から抜け出すために、人気のある社会学部に入学した。この大学は一年生の後半から好きな教授のゼミに入れるようになっているのだがぶっちゃけどのゼミに入ろうか決めかねている。どれも同じような見た目で面白くなさそうなのだ。もちろんみんなにとって人気の教授の方が良いだろうかと思うが、それも付き合う友人が皆文学部なので予測できない。どうしたものか。と考えていた頃、僕は友人の勧めで
「知性も理性もあるが、チンパンジー以下の精神性だ」
と語った。危うく炎上しそうな発言だが、的確で付け足したコメントが
「だが彼女たちが流行を作り、破壊していくのさ!台風のようにね。だから君たち、付き合うなら女子大生をお勧めする!なぜなら私は人間が好きだからね!」
と自信満々に語ったらしい。
そこまで面白そうな人間ならぜひ会ってみたいと思うのが暇な大学生の思考だろう。例に漏れず僕も授業を楽しみにしていた。
はじめて会う授業。教室は人でいっぱいだ。そして皆なぜかスマホの電源を落とすのだ。僕はスマホをそのまま机の上に置いて始まりを待った。予鈴が鳴り、教授がやってきた。深い緑の着物に白シャツ、長く垂れた前髪と結ばれた黒髪、片方にしかかけられていないメガネ。確かにイロモノで面白そうな先生だ。彼は僕たちを見渡すと僕を見てこう言った。
「おや君初めましてだねえ。しかも登録してない子でしょう」
大衆の前でそんなことをバラされてかなり恥ずかしくなった。というよりなぜバレたんだ。学生の顔全部を覚えているとでも言うのか。
「ふふん、しかもスマホの電源を落としていない……。やはりはじめましてだ。さあ新規の学生くん、悪いが私の人間観察テストに付き合っておくれ。協力してくれたら、この焼肉無料券をくれてやろう!」
と言い、彼は安い焼肉屋の無料券を掲げた。しかも3枚だ。僕のいつメンの人数分。
「さあて恥ずかしがっているところすまない。こちらに降りてきておくれ。実はこの間片方の目を潰してしまってね……」
「えっ」
僕が驚くと一人の学生が尋ねた。
「もしかしてこの間の新宿のやつですか?」
「そうだよ。ただの同窓会だったのに、私最終的に変な化け物になってしまったのさ。知り合いに治してもらったから今は平気なんだけど。でも片眼をなくしちゃってねー。困ってるんだよ。だからごめんね、苦労をかけるよ」
彼はそんな事情をさも些細なことのように説明した。僕は教壇に近づいた。
「……おお、君もしかして社会学部の学生くんかい」
「え、なんでわかるんですか」
「入学式の時、居ただろう?君」
「居ましたけどそんなのわかるんですか」
「だって私もあそこに居たからね。たしかあの時は茶髪だったね。似合わないから辞めたのかな。いや色が抜けたんだね」
「言わないでくださいよ!てか色が抜けたのもほんとなんですけど」
「君だって面倒くさがりでしょ。さっきも周りがスマホをしまっていた中、電源も切らずに出したままにしていたからね」
彼はあの時教室には居なかったはずだが。
「まあこれは君の様子から探ったのさ。あと君が初めましてだと分かったのも同じ理由だよ。周りと違うことをしていたら目立つだろう?初歩的さ。君にもできるよ」
いや出来ないと思う
「さてそろそろ最後にしようか。……そうだなあ。最後に君にとっての朗報をお伝えしようかな。今日の君のバイトはお休みになるよ、うん。そうなるね」
「はあ」
「それじゃあおしまい。ありがとうね、勇気くん。はい、焼肉屋の無料券。あと映画館のチケットもあげるよ君好きでしょ」
渡されたのはこの間公開されたばかりの冬月監督作ミノムシ太郎の映画チケットだ。ミノムシ太郎なんて予告映像もなかったのにどうして知っているんだろう。僕は不思議に思いながら席に戻った。その後の授業はこれまで調べてきた人間の統計学についての話だった。具体例やジョークが面白く一切眠くなく、ラインの通知にすら気が付かないほどだった。
僕は紹介してくれた友人に感想を伝えた。
「なんなのあの先生」
「やべえだろ。てか凄すぎてさ」
「まじでスマホ出してたらああなるのかよ」
「いや関係ねえな。あの人学生の顔全員覚えてるんだよ」
「嘘だろ。ここ500人はいるぞ」
「ほんとだって。この間抜き打ちで聞いたらまじで覚えてたよ。あの人暗記めっちゃ強いんだぜ」
「すげえなあ」
そんなことを話していると後ろから誰かが声をかけてきた。さっきの先生だった。
「ごめんね〜、私どこかスマホを置いてきた気がするんだけど見かけてないかい?」
「いえ見てないです。あの、どんなケースですか」
「確か、青い……いや緑だったかな。んー、ああっ赤色だ」
「赤色?ですか」
ちらりと先生のカバンを見た。赤いスマホが顔を出しているように見えるが。
「先生、それじゃないですか」
僕はスマホを指差した。
「ああっ!これだこれだ!ありがとう!うわあ、すごいたくさんメール来ているなあ。これどうやって使うんだっけな、ああこうだった。いやあ、面目ないねえ」
「構いませんよ。でも意外です」
「なにがだい?」
「暗記とか物覚えは良い方だと思っていたので」
彼は僕の友人をチラッと見た。
「こら、春樹くん。勇気くんに嘘を言ったでしょう。私は暗記が強いんじゃなくて観察力と知識に優れているのだよ」
「いやあ、だってはじめて見たら暗記に強いって思いますよ」
「そうかなあ。さっきの人間観察テストも当てずっぽうなのだぞ」
「そうなんですか!?」
「そうさ。反応を見て答えを変えているんだ」
「でも僕がはじめて来たこととか、僕の好きな映画とか知っていたじゃないですか」
「あれは傾向と観察によるものさ。私の研究しているのは人間の行動や心理の傾向を分析しそれを元にその人間について推理するやり方の構築だよ。毎回それをテストさせてもらっているんだ」
「ええ……それはそれですごいですけど」
「まあ何はともあれ助かったよ。ではまたね、勇気くん、春樹くん」
今度こそ彼と離別した。
「絶対あの先生のゼミ面白いぜえ」
「だよなあ。しかもすげえ人気だろうな」
「入りてえー。あと勇気、霞原教授の授業は基本ラク単だからとっとくと良いぜ。さっきみたいなテストに協力するだけで単位をくれるんだ。レポートもリアペも要らないんだ」
「やべえなあ。ほんとすごい人だ」
「だな」
僕たちは談笑をしながら大学を後にした。先生が渡してくれた映画のチケットはポップコーン付きで僕は上映中に食べきれなかったポップコーンをつまみながら家へ帰っていた。ちなみに映画は面白かった。僕の好みに合っていて監督のお遊びがたくさん詰まった良作と言えるだろう。観れてよかったと心から思う。僕は映画のワンシーンを思い返しながら歩いていた。
しばらく闇夜を歩いていた。月が空に立ってほんのり世界を照らしていた。雲が月に被さり光を遮った時、僕の耳に女性の声がした。
「ぽぽぽ……」
なんの声だろう。
「ぽぽぽ……」
僕の耳元で声がする。僕は振り返った。誰も居なかった。なんだ気のせいかと思った。気を新たに早足になった。僕はなんとなくあの声の正体に勘づいていた。なぜならあれはかの有名な都市伝説、八尺様の放つ声に等しかったから。僕は魅入られてしまったのだろうか。慌てて走る。
「ぽぽぽ……ねえ」
話しかけてきた!
「ぽぽぽ……ねえ、助けて」
助けて?なにを?誰を助けたら良いんだ。
「こらこら、あまり坊やを怖がらせるんじゃあないよ」
違う人の声がした。それはさっき会った霞原教授だった。
「全く、ここら辺の子たちはいたずら好きで困るねえ。可愛らしいけども。私みたいに慣れた人間じゃないとほんとに怖がっちゃうから。だからごめんね、成仏してもらうよ」
振り返ったあの人は数珠を手にしていた。
「人ならざるものよ、在るべき場所へ還りたまえ。死霊天昂!」
背中に感じていた寒さは消えて安心感が胸に満ちた。
「ふう、この程度でもかなり疲れるな……。やはり一人で続けるのは無理がある」
独り言を呟いたあと、教授は僕に向き直った。
「うん、もう平気だね。勇気くん、ここよく通るのかい?」
「え、はい……帰り道なんで」
「そっか、まあああ言う悪戯者は結局どこにでもいるからねえ、あまり気にしないことだよ。ただ多少は影響を受けているかもしれないから、困ったことがあればうちにおいでよ」
そう言うと教授は名刺を渡してくれた。霞原流深オカルト相談事務所と書いてある。こんな胡散臭い名前でも人が来るのだろうかと一瞬感じたが、そんな考えはさっきの動きで完全に消え去った。なぜなら彼は僕を助けてくれたから。
「というか、副業していたんですか」
「ああ、それなんだけどね~。私、大学の教員を辞めたいのだけれどなかなか辞めにくくてね。踏ん切りがつけばいいのだけど、なにせ私、人気者らしくて。今の大学を辞めても別の大学にお呼ばれしたりするのさ。断ったら断ったでいろいろ煩いし。どうしたものかね~」
彼は飄々とした声色で語るが、実際困っているのだろう。彼は本心を掴みにくいところがある。だが人間臭さも感じる。今日一日彼を見た僕がそう感じるのだから、彼と親しい人はなおさらだろう。だからこそ人気を博するし、社会とは馴染みにくい。なんて面倒な世の中だろうと思う彼の気持ちが伝わる。
「まあ、言ってもしょうがないけどね。じゃあ勇気くん、また来週会おう」
「え、僕登録してないですよ」
「でも来るでしょ。いつでも歓迎さ」
彼は闇に溶けて消えた。僕は再び家へ足を向けた。
そういえば今日あるはずだったバイトは結局休みだった。僕のバイトは深夜コンビニの店員でいつもならこんなのんびりしている場合ではない。だが僕は彼の予言を信じていたし、実際あのコンビニに自動車がぶつかったらしくあのコンビニは二つの意味で潰れてしまったようだ。僕は晴れて無職大学生となり、ほんの少しの自由と彩を手にしたのだ。
あれから数日後、僕は再び霞原流深先生の講義に潜入した。今度こそスマホの電源を落として見せた。あの変わり者の登場を今か今かと待っていた。すると教室の扉は勢いよく開き、その人は喜気に満ちた表情で現れた。
「やあ諸君!朗報だ。私は晴れて教授職を辞めれるようになったのだ!」
どよめきが走る。
「まあ落ち着き給へ。私は兼ねてより大学職員という役割を捨ててしまいたかった。だがこの大学の学長は頭が固くてね、なかなか辞めさせてくれなかったのだよ。なぜなら大学に私が居るというだけでこの大学の知名度と影響力は上がるからね。長年世話になった相手と言うこともあり、今すぐここを辞めてやる!なんていえなかったのだ。だが、その学長がもうすぐ変わるということを聞きつけた!まあ病気入院のため一時的にだが。そのすきに私は辞職書を提出してやったのさ!さあ、有無を言わせぬぞ。私はここを辞めてやる!」
「でも先生!私たちはどうするのですか?置いていくんですか」
「当然の疑問だねえ。もちろん捨てる気はない!君たちが私の授業できちんと学び、積極的に耳を傾け、協力してくれたことは私がよく理解している。だから単位は渡そう。最高評価で、だ。あと、大学院に行きたい者は今月中に推薦状を書くので私の元まで来てほしい。研究室でも自宅兼事務所のここでも構わん。ここには全員居るので大丈夫だとは思うがゼミの者にも伝えておこう。他に質問はあるかい?」
彼は落ち着き払った態度で皆を見つめる。先ほどの興奮から少し冷静になったようだ。
「辞職された後はどうするのですか」
「それも当然の疑問だ。聞いておくれ。私は先日霞原流深オカルト相談所と言うものを設立したのだ。まあうすうす感づいていた者もいただろうが私はこの世以外の存在も視えるのだ。そして私はそういったものと話をして、成仏させたり、払ったり、呪ったりすることもできる。いや、できるようになったのだ。教職をやるよりこちらの方が楽しそうでな」
「場所はどこですか」
「一応新宿に構えてはいる。そこで君たちに伝えておくと、今絶賛従業員を探している最中だ。もし興味があれば私を尋ねてほしい。さて質問コーナーはここまでだ。最後の授業に移ろうと思う。ああ、他の先生方もメモや録音をしていただいて構わない。なあに、大したことは話しませんよ」
彼の最後の授業は唐突に始まり、あっという間に終わった。丁寧で等身大で人を愛するという彼の根本の気持ちが伝わる内容だった。僕は彼について行きたくなった。彼の人生の終わりまで見届けてみたい。僕の人生を彼に預けてみてもいいかもしれない。そんな風に思った。
そして一月後、彼は辞職した。いいや正式にはあの授業のあった日に辞めていた。残った学生のために時間を使っていたため、完全な辞職は一か月後となってしまったのだ。僕は彼の持つオカルト相談事務所に訪れてみた。するとお客さんの相手をしているのか、彼以外の声が聞こえた。
「おねがいします。私の悪夢を終わらせてください」
「その頼みは聞きかねます」
「なぜですか!お金ですか?お金なら……」
「いえ、代金の問題ではありません。あなたが先ほどご説明していた、学校へ通うことによる精神汚染は悪霊が原因ではないからです。本当はわかっているでしょう。なにがあったのですか。私に嘘は通用しませんと初めにお話ししたでしょう。さあお話しください。真実を」
僕は密かに相談者であろう女性のもとへ近づいた。
「ああ、ちょうどよかった。勇気君、お茶を出してくれないかい?新しい茶葉を仕入れたんだ。ソファー奥のキッチンに置いてあるよ」
気づかれていたのか。さりげなく頼まれごとを引き受けた。僕は熱いお茶を依頼人に渡した。彼女は僕を見た。
「あれ……もしかして高崎勇気くん?」
その言い方を聞いて僕は思い出した。
「まさか桜さん!?」
「勇気君、本当に?本当にあの勇気くんなの」
「君こそ本当にあの桜さんなの。伏見中学にいた」
「そう、それよ。ああ、こんなことって……」
彼女は驚いていた。だが僕も驚いていた。旧友との再会、たまたま訪れた先生の事務所に彼女が居たこと、昔とはまるで違う要旨なこと僕はなにを聞けばいいかわからなかった。
「ふふ、運命とはわからないものですねえ。全くモテないとか見栄えのない人生だなんて君は思っていたようだがね、君はきちんと彼女の主役なのさ」
「先生はどこまでお見通しなのですか」
「ただの勘だよ。それより、これで話しやすくなったでしょう。見ず知らずの私より彼といた方が」
「そ、そうですね……。あの、えっとなんて呼んだらいいですかね」
「うーん。今までは大学教授をやっていたからねえ。そうだなあ、流深と呼んでくださいな」
「では流深さん。流深さんは私の悩みがなにかわかるのですか」
「そうだねえ。勘でいいなら大体は」
「教えてくださいませんか。自分から言うのは少し、嫌で」
「いいでしょう。あくまで勘ですから間違っているかもしれませんが、頼まれたなら仕方ないでしょう。……そうですね、桜さんは学校の教頭から性的暴力を受けている、くらいですかね」
「っ!なぜそれがわかるのですか。まさかあの場面を見ていたのですか!」
「落ち着いてください。あくまで勘ですよ。ですが当たっていたようですね。私の勘は絶対に当たるのですよ。なぜなら私には全て視えているから。さあ、真実を告げました。ですがこれは断片にすぎないでしょう。ここから先は直接お話しください」
桜さんはまだ驚いていた。自分が抱えていた秘密をあっさりと明かされてしまったのだから。目が見開き息が乱れ、汗が頬を伝って落ちた。それを一定時間繰り返したのち、彼女は息を吸った。
「お話しします。覚悟を決めました。そうです。流深さんのおっしゃる通り、私は伏見中学の教頭先生、和也亮二に性的暴力を……いえ強姦されたのです。しかも私はその証拠を握られています。彼には強い後ろ盾が居てその行為がバレても辞職だけで済むそうです。なにせ彼はもう高齢で間もなく定年退職するので。ですが私にはまだ先があるのです。未来が、そしてすでに手に入れた過去が。私はこのことが世間に知られるだけで二つを失うかもしれないのです。そう考えながら、日々を過ごしていると夢にあの学校が出てくるようになったのです。私はしばらく体調が悪いと言って仕事を休んでいましたが、和也教頭が学校に来なければ学生にこの情報を流すと脅してきたのです。その日以来、ずっと夢を見るのです。流深さん、どうしたらよいのでしょうか。私は彼に呪われているのだと思っていました。私に彼の生霊がついているのだと。ですがあなたはそうではないとおっしゃった。ですが呪いと言う言葉が間違っているとは思えないのです」
「ええ、そうですね。これは私の知る呪いではありません。古来より伝わる呪いは相手を死に至らしめたり、病に伏すよう促したりするものが多かった。それは私怨もありましたが大抵は戦に勝つため、権力を得るためでした。呪いによって相手を弱らせるだけで実権を握れる世界でもありましたから。ですがこの呪いは新しく、醜悪で姑息で卑怯で外道です。私の知る古いやり方では太刀打ちできないでしょう。なぜなら呪いには呪文や道具があるはずだから。しかしあなたの悪夢は呪いによるものではない。縛り、契約、封印、相応しい言葉を見つけられていません」
「じゃあ、流深にもどうすることもできないのですか」
「……いえ、諦めません。私の愛する人が助けを求めたのです。呪い以外の方法であなたを助けます。必ず。ですが一つ伝えておきますが決して仕返しをしてはいけません。あなたは素敵な人だ。そんなことでこれからの未来を失ってほしくありません。ですから呪い返す方法は執りません」
「ならどうしますか」
「ひとつ、答えとしてその事実の記憶を消してしまう、というやり方ならあります」
「記憶を……」
彼は頷いた。
「あなたの苦しみに関する記憶、彼がそれを犯したと言う記憶を無くしてしまう。そうすれば悪夢は消え去るでしょう。ですがこれが根本の解決になる気がしません。私はあなたを助けたいのにこれでは助けられないのです」
真剣な表情で桜さんを見つめていた。心のうちから優しさが滲み出ている。
「流深さん、あなたは私が出会った人の誰よりも優しいですね。私、同じことを相談してもここまで悩んでくれませんでした。今の学校を辞めてしまえれば良いのですが。もうあそこに行きたくもないですし」
彼女は言葉をこぼす。僕はそこに答えがある気がした。
「なら桜さん、流深さんのところに転職しませんか。流深さんならきっと良い上司になりますよ」
「それ良いねえ……さすが私の一番弟子」
「ねえ桜さん。僕、今までの人生に光はなかったんです。でも桜さんと過ごした時間を忘れたことはないんです。僕、貴女と再会して思い出したんです。あなたは僕の主役だったって」
「良いのかな……私、鈍臭いし頭も悪いよ。知ってるでしょ。私クラスで一番成績が悪かったからいじめられていたってこと」
「でも今は違うでしょ。君は教師になれたんだ。しかもここに来る勇気もある。相応しいんじゃないですか、流深さん」
「ああ。君が望めば即採用だ。なぜならうちには従業員が一人もいないからね!」
「ええっ!一人もいなかったんですか」
桜さんが驚く。
「ふふふっ、有望な人材が二人も入ってくるなんてこれも運命かな」
流深さんは微笑んだ。
「さあ、ここで働くために色々やらなくちゃね。桜さんのお悩みも祓ってあげなくちゃ」
「お願いします!」
「いいよ。さあ、仕事だ。見ておいてね、勇気くん。この世に在る忌まわしき記憶よ、我の声に応え永久に消えよ!記憶消息!」
彼の呪文が響き渡る。その後の影響ははっきりと目には見えなかったが、後日彼女は悪夢と前職を失って、流深さんの世話役と補佐役を手に入れた。もしかしたら前よりも大変かもしれない。だけどこれでいいのだろう。
流深さんと言う呼び方もいつの間にか流深先生に変わりオカルト相談所の名前も変えようかと考え始めていた。そんな日々の最中、あの人はこの仕事のことを説明した。
「常世ではない別の次元に生きる者たち、超越する者たちを見据え、現世の人間を助けようとするこの仕事は一言でなんと言えば良いのだろうねえ。探偵とは少し違う。私は真実を求めることは好きだが探偵の本質はそうではない。犯罪の隙間を捉えるのが仕事だ。では陰陽師は如何だろう。それも違う。私は霊や呪いを祓うことは一応できるが知識さえあればできるものばかりで、専門的で高度なものはできない。そもそもできるようになったのはつい最近だ。なればなんだろう。私は人間を長く観察してきた人間愛好家で、この世の知識にはそれなりに詳しい。人の心理を知り、この世界の真実を知りたい。そんな私をなんと現すべきか」
「人間教授?とか」
「ああ良いねえ。なら私は人間の心を探る人間教授として紺色の糸を辿ることにしよう。かの有名な名探偵にあやかって」
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