ずっとこのまま続いたらいいな
じりじりと夏の陽が砂浜を照らす中、佇む少女がいた。
今となっては見慣れた景色だが、時々この時間が夢なんじゃないかと疑うことがある。
「
「うん。わたしは学校があんまり好きじゃないから、夏休みが来ると嬉しくなるなあ。巡くんはどう?」
「僕も、学校が好きか嫌いかはともかく夏休みは好きだ」
彩夏さんも学校が嫌いだというから、親近感が湧く。
そのくらいで嬉しくなってしまうのだから、僕は彩夏さんに一目惚れしてしまったのだろう。
「彩夏さんと出会えたのも、夏休みがあったからだから」
「嬉しいこと言ってくれるね」
彩夏さんは柔らかく笑った。
彩夏さんの柔らかな笑みはいつも、僕を騙す人間たちとは対極に位置するように見える。
だから僕にとってもともと独りの時間だけが気の休まる時間だったのが、今では彩夏さんと過ごす時間も気の休まる時間になった。
蝉の声が沈黙に沈む。
僕が胸いっぱいに息を吸うと、蝉が一斉に鳴き止んだ。
「それに、この景色も綺麗だ」
僕が海へ視線を向ける。
雲一つない晴天の中で、まだまだ高い太陽が海を焦がす。
「座ろうか、ちょっと疲れてきちゃった」
彩夏さんの言葉に、どちらともなく砂浜に腰を下ろして海を眺める。
その時間に言葉は必要なく、ただきらきらと光を放つ海を真っすぐに眺めて、時々隣をちらちらと伺うだけ。
ただそれだけで、自分を守るために嘘を吐く疲れと、人間たちの残酷な争いによってついた傷が癒える。
でも、高く昇った太陽が少しずつ沈むにつれ、非日常から日常に引き戻されていく。
別に学校が無くたって人間と関わらないといけない機会はいくらでもある。
「また今日も、終わるな」
「また明日があるよ」
彩夏さんはそう言うが、いつか夏は終わる。
「このまま、夏が終わらなければいいのに」
彩夏さんは柔らかに笑った。
「夏じゃなくても、ここには来られるよ」
彩夏さんみたいに、余裕が欲しい。
人間がどれだけ残酷な争いをしようが、気にせず明日へ向かえるような強さが欲しい。
彩夏さんが立ち上がった。
僕に背を向けてゆっくり歩く彩夏さんがゆらゆらと揺れる陽炎に溶けていくように見えて、僕は思わず手を伸ばす。
明日に手を伸ばしても届かないように。雲に手を伸ばしても掴めないように。太陽に手を伸ばしても変わらないように。
伸ばした手は空を切った。
彩夏さんが振り返る。
彼女は慈しむような目をしていた。
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