第8話 成功体験に縋る者。

恋が「お兄ちゃん、邪魔になるから私は部屋に行くね」と言って立ち去ると、望は「ああ、おやすみ」と優しく声をかけた。


「望さん。お酒」

「ああ、オーナーに勧められた。俺はもう成人してるからな。それに失敗談なんて酒でも飲まないと話せない」


椅子に腰掛けた望が「何から話す?」と聞いてきたので、明霞は学校選びから聞く事にした。


学校選びは、簡単に言えば学校が勧めてくれた推薦で通えて、学力的に無理をせずに済んで、かといって楽すぎない所だった。


「それでホームページを見たり、成功談を見て自分に当てはめてみた。やっていけそうだから決めたらコレだ」


望は高校までは挫折しらずの順風満帆で、友達も多く、授業に着いていけていて、落ちこぼれることもなかった。だが大学は全く違っていた。

高校の時は近くの席に座る級友が声をかけてきてくれて話が始まっていたが、大学ではそれがない。

話をした人間と次に会う時、そいつには別の友達が出来ていた。

受け身がちな、待っていれば与えられがちな長男気質が災いしていた。


「気付いたら学校に行きたくなくなっていた。授業もここがテストに出るなんて感じじゃないから、想像より成績が悪くてな」


自嘲する望は半ば自棄になって話している。


「それで今なんですか?」

「ああ、せめて何かしなければと自立したくて始めたアルバイト。将来のことも考え始めた。今のままでどんな将来があるのか不安になった時、オーナーが話しかけてくれて話を聞いてくれたんだ」


望の顔は天啓を得た信徒のような顔で、こう言っては悪いが気持ち悪い。


「勝利おじさんとは話さなかったの?」

「父さんとは生きる道が違いすぎる。そもそも挫折の経験なんて聞いた事がない。大学だってキチンと卒業している」


明霞は聞いていて苛立っていた。

それは夢と話して将来を見据えた時に、夢と同じ大学を目指すだけだった目標の無謀さを痛感して、明霞と同じ学校に行きたかったと言う恋を見て注意しようとした自分が、正に同じ状況で余裕が無くなっていた。


だから望の口から「だから俺はオーナーの言葉に救われて今がある」と言った時、明霞は「今も間違ってますよ」と言葉が出ていた。


仲の良い兄と弟に見えていたのに一瞬で険悪な空気になる。


「なに?」と喧嘩腰で聞き返す望に、明霞は「だって望さん、そのオーナーさんの話ってまた成功談じゃないですか。学校に失敗して飲食店に入って失敗した人の話って聞きましたか?学校だけじゃない。大学を辞めて失敗した人や、働きに出て仕事を辞めて飲食店を始めて失敗した話を聞きましたか?」と返す。


言われて初めて新しい成功談にだけ縋り付いていた事に気付いた望は、愕然として怒気を収めると「…俺は…また?」と言っていた。


明霞はそのまま「そのお酒臭いのも気になったんで言わせてください」と続けると、怒気もなく明霞を見る望に「勝利さん達とお酒は飲みましたか?成人式のお祝いはしましたか?」と聞いた。


「…していない。あの日もオーナーと飲んだ」と返す望に、明霞は「うちの父さんは父さんの父さん、爺ちゃんが俺のランドセルを買ってくれた日に、父さんより先にランドセルを背負った俺と写真を撮った事を、未だに会うと言っています。そのオーナーさん、望さんにはいい人かも知れませんけど、親の記念ごとを奪うなんて勝利さん達からしたら悪い人ですよ」と言うと、望は今になって事の重大さに気付いて青ざめた顔をする。


しばらく待っても何も言わない望を見た明霞は、「ありがとうございました。成功談と失敗談を貰えて良かったです…少し待っててください」と言って席を立つと、深夜一時を過ぎていたが勝利達の部屋をノックする。勝利達は寝ずに起きて待っていた。

勝利と愛をリビングに連れて行って、「お節介しました。ごめんなさい」と言ってから「望さんとお酒を飲んであげてください」と言うと、愛は飛んで用意をして、勝利は泣かないように声を震わせながら「お前と呑めるなんてな」と言って乾杯をすると、望は「成人式…ごめんなさい」とキチンと謝って母とも乾杯をした。


リビングに布団があって寝るに寝れず、居場所がなくなった明霞が困って階段に腰掛けていると、「明霞?」と恋が声をかけてきた。



「何やってんの?」

「起きてたのか?望さんとおじさん達の時間を用意したら、リビングに居られなくなった」


「風邪引くよ?」

「まあ夜は寒いよな」


「私の部屋に来てなよ。暖房つけてあげるよ」

「お前…、俺をなんだと思っている?よその男をホイホイ部屋に入れるな」


恋が呆れながら「階段は寒いよ?」と返す時、明霞はそれを証明するようにくしゃみをした。恋は笑いながら「ほら」と言って明霞を部屋に連れて行くと、「お兄ちゃんの話って参考になった?」と聞いてくる。


「なった。成功体験だけ聞いたってなんにもならん」

「なにその口調」

「疲れた。恋に勉強を教える目的だったのに、とんでもない事になった。だがきっと寝間着代とご飯代くらいは働いた」

「ふふ。ありがとう明霞」


恋はベッドに寄りかかる明霞の横でベッドに寄りかかると、ベッドから掛け布団を出して「入んなよ。一緒にベッドはアレらしいけど、これなら遭難した人みたいだから平気だよ」と言って布団をかけてくる。


「お前なぁ」と言うものの、寒さに負けた明霞は「あったかい」と口にして、恋が大人しくなると話しかけることもなく眠ってしまう。


恋は寝てしまった明霞に肩を貸して、「ずっといてよね」と語りかけた。

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