終わりを結ぶ 〈に〉

「来るべき時が来たらねぇ……もう、すぐ分かるっていうか、一目見た瞬間に『あ、絶対今じゃん!』ってなるから安心してよ! もうとびっきりの仕掛けを準備しておくから、腰抜かしてパンチ外さないようにしなよー」


 自慢をする子供みたいな、うきうきの表情で話していた嵯峨野花の顔を思い出して、安心するような不安になるような、どっちつかずの感情に苛まれた。

 いつの日だったかの大事な思い出、大事な記憶。

「でもさ、そのタイミングでその木の近くにいないとすぐに打ち込めないよね?」

「……やべ、本当だ」

 あんぐり口を開けて、困り眉で顔色を青く染めていく嵯峨野。

 その様子を見て、あたしは呆れながらに眉間を抑えた。

「あんたが次に言う言葉を教えてあげるよ」


「冗談!」「冗談」


「えへへ! お見事!」

 今、無邪気な彼女の笑顔を独り占めしているのが、何故だか誇らしくなった。

「でも、その特異点になってる木が切られたり、燃やされたり、時間を空け過ぎたら接続が途切れちゃうから、そこだけは気をつけてね」

「了解!」

「んじゃ、帰りにアイス屋さん行く人!」

「はい! 行きたい!」

「よし、じゃあ帰ろう」


 海藻終了。

 違う違う、回想終了。

 コンブだワカメだは、売り切れずに年中通して置いてあるから安心して。

 まったくよ……今はこんなヌルヌルした思い耽りをしていられる状況じゃないってのに……。



 状況が急変したのは昨日の事だった。

 六限の授業に終わりを告げるチャイムが鳴り、弛緩した空気がふわふわと包み、そのまま放課後へと切り替わってすぐ、屋上から金属音というかの変な高音が一発鳴り響いた。

 あまりにも異質だったため教室内は騒然となった。

 今の音なに? 銃声みたいじゃなかった? 南国の鳥?

 そのすぐ後に、数人の先生たちが慌てて階段を上っていくのが見えたので、いよいよ冗談じゃない空気に包まれる……と思ったのだが、意外に彼ら彼女たちは至って冷静、というか興味が急速に冷めていくのが一目で分かった。

 ここはアメリカではないので、銃撃事件が起こることもないし、変な音が鳴ることなんてたまにはあるだろうという思考なんだと思う。

 でも、あたしは事情が事情で、非常に重要な急用だという事をすぐに理解した。

 というのも、この異音を聞くのは初めてではない。

 数か月前の、あの夏休みの日も同じ音がしていたのだ。

 あの時は学校にいる人の方が少なかったので、知っている人も気が付いた人も今より少ないだろう。

 だから、この音がどういう意味を持つかを理解していない。

 あたしはすぐ妹に連絡を取る。

『今の音聞いた?』

『うん。骸井君と嵯峨野さんと神下先生が居なくなったあの日と同じ音』

『今すぐ屋上に行った方がいいか?』

『状況が不透明すぎるから、いったん合流して、慎重に動いた方がいいかも』


 ピーンポーンパーンポーン。

『新井リコさんとリタさん、至急職員室まで来て下さい。繰り返します……』


 放送で呼ばれた……でも、屋上じゃなくて職員室? 普通に結界がらみじゃない業務連絡が被っただけなのか。

 ピコン! メッセージの通知音が鳴る。


『えっ……宿題の催促早くない?』


 こいつ何なの? ……とぼけボケはあたしの専売特許だろうにさ!

『冗談だよね?』

『私だって冗談だったら良かったって何度思ったことか……』

 ちげぇよ! お前の発言が冗談か聞いたんだ! 宿題提出してないのなんか知らないんだよこっちは!

『とりあえずそっち行く』

 文字を送信した瞬間に電源を切って、スマホをポケットに投げ入れる。

 もう返信は見ないことにして、さっさと合流した方がよさそうだ。


 ――――――………………


「んで、これからどうするよ」

 二階のリタがいる教室まで下りてきて、すんなりと合流し終えることができた。

「うーん……屋上に行くか職員室に行くかだよね」

 さっきのボケなんて露知らずな顔で話しかけてくる妹。

「まぁ、普通に屋上は上がれないから、そうなるとー……職員室ぅ?」

 そんな妹とは裏腹に、あたしは不安げな顔でそう言った。

「今は〝普通の行動をしている〟と見える方がいいから、職員室に行ってみてその後に、屋上まで行ってみればいいんじゃない?」

「よし、その案でいこう!」

 わざとらしく銃の形を人差し指と親指で作って、両手でリタを指差し、ベロを出しウインクしてちょけてみる。

 さっきの仕返しじゃ!

 リタはあたしを見て、特に何を言うでもなく、まるで平常運転を続けるように、スタスタと教室から出ていく。

「お、おーい」

「お姉ちゃん、早くいくよー」

 いや、長年一緒に居る姉妹だからってそんなに興味関心薄くなるもの? いや、まて、リタがあの態度であたしを咎めるのはおかしい。

 だって、あたしはあんたの意趣返しでふざけてるんだ、から……んん?

 もしかしてだけど、さっきのメッセージもしかして天然なのか? そうなのかー?

 そうだとしたら……やるなぁ、こいつあ。お姉ちゃん一本取られちまったよ、まったくよぉ。

 何かに敗北した顔をした新井リコは、心ここにあらずな様子で新井リタの後をついていき職員室へと向かうのだった。

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