猫々行灯行
不透明 白
プロローグ
吹雪が吹き荒れる山の奥地、誰の目にも触れられぬ洞窟のそのまた奥に小さな祠があった。
春夏秋の間ですら人が来ないのに、冬になると止むことのない雪が降り続き、そこに辿り着く術をことごとく塞いで止めてくるため、絶対に踏み入れることのない場所へと姿を変える。
そんな場所に、人影が一つ揺れていた。
風の吹かないはずの洞窟の奥、小岩の上に置かれたランタンの炎は、何かに怯えているのか今にも消えそうなほど激しく揺れている。
「ごめん……永い間一人にさせて。まさか、千年という歳月かかるなんて僕も思わなかったんだ」
その者は祠の前に並んでいる五本のろうそくに火を付けていく。
「……目覚めた頃にはほとんどの記憶を忘れてるだろうね」
ランタンの下、小岩に寄りかかっているとても大きなリュックの中から、この世のものとは思えないほどに真っ黒な液体の入った瓶と、毛と軸が特殊な素材でできた太筆を取り出す。
「多分、僕のことも……」
黒い液体に筆を付け、筆先を祠に近づける。
「でもいいんだ。僕は君の顔が見られるだけでいい」
その筆先は空中で透明の何かに潰される。
それから数十分の間、その者は一心不乱にその透明の壁に文字を書き続ける。
隙間が段々となくなってゆき、傍から見たら吸い込まれそうなほどに真っ黒の壁があるように見えるそれは、近くで見ると確かに文字が書かれている。
「はぁ、はぁ――ふううぅーーーー……」
体温が上がり、口からモクモクの白い息が吹かれて煌めく。
――その刹那のこと。
真っ黒になった壁、そこに書かれている文字がうねりだし、揺らめ蠢き、動き出した。
「やっと……終わった。いや、これから始まるのか」
動き出した黒い壁はそのまま洞窟の壁を這い、隙間から逃げるように散っていった。
そして、その者は祠の真ん中にある小さな扉に手をかけて、慎重に開けた。
文字原存――骸井九の封印から千年後、その封印は解かれたのだった。
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