Hi,ボイスフレンズ!

masuaka

Hi, ボイスフレンズ。XXを消して

「Hi, ボイスフレンズ。TVの電源を点けて」


【Yes】


 するとTVの電源がパッと点き、ニュース番組が流れた。


「すごいじゃないか、このロボット」


「最近のロボットって、本当に色んなことができるのね。母さん楽できそう」


 両親は嬉しそうに言った。


「そうでしょ、そうでしょ! 買ってきてよかったでしょ」


 私は自慢げに答える。


「響子が『はじめてのお給料は家族全員で喜ぶ物にします!』って宣言したのに、最初ロボットを買ってきたから私びっくりしちゃったわ」


「父さんは気に入ったぞ、新しい家族みたいな感じでいいじゃないか」


 両親の反応に私は内心でガッツポーズを取った。


 母は私の様子を微笑ましそうに見ている。


 少し恥ずかしく思いながら、私は説明書を手に取り読み始めた。


===============


 ボイスフレンズ


 それはあなたをサポートする新たな友人。


 あなたが出したアプリからの指示で、家の中の作業をサポートします。


 冷蔵庫になにが入っているの?


 献立を考えて!


 部屋の温度を下げて!


 ヒーリング音楽を流して!


 明日の天気を教えて!


 TVの電源を点けて!


 ボイスフレンズと連携している家電は”なんでも”対応いたします。


 それでは、ボイスフレンズとの生活をお楽しみください!


===============


「説明書もセンスがあって素敵ね、えっとこのイヤホンみたいなのを耳につければいいの?」


 机の上に置いてある箱から、物珍しげにイヤーカフのようなデバイスを手に取って眺める母。


「そう、耳に装着したデバイスから自分の声を拾って操作してくれるの。便利でしょ」


「なんだか、大金持ちになった気分だな」


 はははと機嫌よく笑う父。


「お父さん、それはいいすぎ」


 近年、世界中のスマートホーム家電やサポートロボットのシェアNo.1を誇る


 Smart Voice Technology, Inc、略してSVT社。


 私達の生活を激変させ、豊かな暮らしをもたらしてくれたデバイスを作った会社。


 そう言えば、いつの間にかボイスフレンズが身の回りに溶け込んでいた。


 いつから、ボイスフレンズってあったんだっけ?


 まあ、いいか。私達の生活はボイスフレンズのおかげで快適になったもんね!



※  ※  ※



 あれからボイスフレンズを使うことは家族の間でプチ流行になっていた。


 ボイスフレンズについては、父が一番楽しんで使っている節がある。


 あれ、ボイスフレンズを買ってきたの私なんだけどな?


 父にとってボイスフレンズは、便利な新しいおもちゃだった。


「Hi, ボイスフレンズ。TVの電源を消して」


「Hi, ボイスフレンズ。エアコンを点けて」


「Hi, ボイスフレンズ。お風呂を沸かして」


「すごい、すごい。うちのボイスフレンズは天才だ」


 わかりやすい性格をしているなあ~。

 

 私は思わず呟く。


「すっげえ親馬鹿じゃん……」



※  ※  ※



 ある日の晩のことだった。


 仕事が終わり家に帰ると、父がぐでんぐでんに酔っ払っていた。


 父の酒癖の悪さには、母はもちろん私も手を焼いている。


「お母さん、これどんな状況?」


「お父さんが好きなアーティスト、なんだっけ、えっと、Jーふれっ?」


 父が好きなアーティストは何組かあるけど、


「J-Flavorかな?」


 日本人5人組で構成されたダンスパフォーマンス女性ユニットだ。


「そうそう。その子達のライブの抽選に落ちちゃったんですって」


 それは気の毒に、J-Flavorのライブにはまってファンクラブまで入ったというのに。


「落選メールがきてから、ずっとこんな調子なの」


 と母はため息交じりに言う。


「それで昼から飲んでいるのか、うわっ、日本酒まであるの」


 私は足下に落ちている空の缶ビールに気を取られ、日本酒の瓶をうっかり踏みそうになった。


「しょうがない人よね」


 私は酔っ払って瓶を大事そうに抱えて横になっている父を


「お父さん、これ以上飲ますと面倒だね。うわっ、酒臭いって!」


 と父の背中をバンバン叩いて起こそうとすると、父は酔っぱらった面倒くさい声でこう言った。


「うちで、俺のこと構ってくれるのはボイフレだけだよ~」


 ボイフレってなんのことだ。まさか、


「ボイフレって、ボイスフレンズのこと……? いつの間に愛称なんかつけたの」


 父は大事そうに瓶を抱えながらうんうんと頷いている。いや、まったく酒臭い。


 母は朗らかに日本酒を片付けながら、


「お父さんが昼間頑張って設定したのよ」


 すると、父はうちの子見て見てと言いたげにボイスフレンズに話しかけた。


「Hi, ボイフレ。TVの電源を点けて」


【Yes】


 瞬く間にTVの電源が点き、先ほどまで見ていたであろう動画配信サイトが表示される。


 愛称でも反応するのか、すごいなボイスフレンズ。


「ほら、うちのボイフレは偉い!」


 すると父はびっくりするくらいな自慢顔で私を見る。こうなった父は非常に面倒くさい。


「ああ、もう! うるさいなあこの酔っ払いめ」


 こんな大声で叫ばれると近所迷惑だ。これ、お隣さんに怒られるやつじゃん。


「お父さん、もう寝ましょう」


「やだ~」


 そんな声で言ってこっちが言うことを聞くと思っているのだろうか? さっさと寝てくれればいいのに。


 そうだ!!


 私はふとっ冗談でこんなことをボイスフレンズに頼んでみる。


「Hi, ボイスフレンズ。お父さんを止めて」



【Yes、お父さんというデバイスを探します。周囲に1台の該当デバイスが見つかりました。停止します】



 ボイスフレンズの返答を聞き、自分の背筋が急に冷えた気がした。


「えっ?」


 するとあれだけ騒いでいた父は急に黙り込んだ。


「お父さん、なに冗談でしょ?」


 父はピクリとも動かない。


「ちょっと冗談きついって、お父さん」


 肩をバンバン叩いても父は反応しない。先ほどの駄々っ子のような寝転がった不自然な体勢を保っている。


「まさかね」


「ちょっと、ボイスフレンズ。お父さん、なんとかしてよ」


【お父さん、なんとかしてとは、どういう意味でしょうか?】


 合成音声が淡々と答える。当たり前のことなのにすごく気味が悪い。私は動揺を隠すように尋ねる。


「お父さんと一緒にふざけているんでしょ」


【お父さんというデバイスを稼働させるなら「Hi, ボイスフレンズ。お父さんの電源を点けて」と言ってください】 


「まじか」


 このイタズラはいただけない、仕方がないな。


「Hi, ボイスフレンズ。お父さんの電源を点けて」


【Yes】


 すると父は急に動き出した。


 まるで止まっていたレコーダーが急に再生し始めたかのような、嫌な感じがする。


「はあ~、ボイフレは偉いなあ~。うちの仕事がこんなに楽になるなんて。毎日、最高~! あはは!」


 急に騒がしい声が戻ってきたが、私は無性に父に腹を立つ。


「ちょっとお父さん、冗談やめてよね」


 父は赤ら顔で首をかしげてこちらを見る。


「ううん?」


 ああ、駄目だ。これ、話が通じていないやつだ。


「おふざけが過ぎるってこと」


 怒っていますと伝えるために語気を強めに言っても、父には全く通じない。


「ふざけてないもーん」


 私の機嫌が悪くなっていることを察した母は、どうどうとなだめた。


「止めなさい、響子。お父さんのいつもの冗談よ。酔っ払っているとき、なに言ってもきかない人だから」



※  ※  ※



 ー翌日ー


 私は昨日の父の反応にいまいち納得がいかず、寝付けなかった。


 完全なる寝不足だ。


 出社するために、リビングへ行くと父と母が食事の準備をしていた。


 相変わらず、仲がいいな。


「おはよう、響子」


「おはよう、あら? まだ眠たそうな顔しているけど大丈夫」


「寝不足なだけ」


 ふと、私は昨日の父のイタズラに対して説教したくなった。


「お父さん、昨日のあれ。ちょっと趣味悪すぎ」


「趣味悪いってなにが?」


「お父さんのデバイスを停止しますって言って、実際に固まったこと」


 父は不思議そうな顔を浮かべ、


「なんの話?」


「ああ! もう、いいや、この話題はおしまい」


 私は父の顔を見るのが嫌になって、自室に戻った。


「響子、朝ごはんどうするの?」


 と私と父のやりとりを聞いても動揺していない母の声が聞こえる。


「後で食べるから、先食べてて」


 はあっ、イタズラ好きもここまでくるとたちが悪いなと考える。


 今度、父に断酒とダイエットさせよう。


 そう言えば、デバイスってアプリの設定で見れるかな?


「Hi, ボイスフレンズ。設定画面を開いて」


【Yes】


 その瞬間、目の前に電子画面が表示される。


 設定画面のこのボタンを押して、


「これか。うん、あれ?」


 デバイス一覧に奇妙な表記があった。


・iエアコン SFK-002

・T2スピーカー KOK-117

・お父さん MFBー782

・お母さん MFBー491

   :

   :


 お父さんとお母さんって、この表記なに?


 お父さん、デバイスにこんな愛称を付けたの?


 ふと、昨日の状況を思い出す。


 お父さんを止めてと言ったら、父は動きを止めた。


 なに、このイタズラ、趣味悪いって。


 わざわざ設定までして手が込みすぎてる。


 今日仕事終わったら、説教しよう。



※  ※  ※



 ー会社 お昼休憩ー


 私は休憩中、ボイスフレンズとのやりとりをパソコンに向かって音声検索で調べていた。


「【Hi, ボイスフレンズ。お父さんを止めて】って、検索してもヒットしないか」


【……】


 このとき私は取り返しのつかないミスをいくつも犯していた。


 耳にボイスフレンズを操作するデバイスを電源がONの状態で付けっぱなしだったこと。


 会社内では消音に設定し勤務していたこと。


 私の音声検索の音声をボイスフレンズが拾っていたことに、すぐ気がつかなかったこと。



※  ※  ※



「ただいま」


「ああ、よかった。響子帰ってきた!」


 穏やかな母にしては珍しく気が動転している様子で、私に駆け寄った。


「お母さん、どうしたの?」


「さっきお父さんが会社で急に意識を失ったって、……連絡が入って」


「えっ?!」


「今病院に向かおうとしていたんだけど、この前、免許証返却しちゃって困ってたの」


 おろおろして顔を真っ青にしている母をなだめるように、


「わかった、私が運転するから、先車の中で待ってて」


 そう言って、車のキーを母に渡した。


「お父さん、今朝普通に元気そうだったのに」


 ……まさか。勤務中の音声検索を拾っていたとかないと信じたい。


 私はなんだか急に気味が悪くなって思わずボイスフレンズから目をそらした。


「とにかく病院に行かないと」


 車の運転席に乗り込み、病院の場所をナビに入れようとする。


「お母さん、病院の住所教えて」


「えっと、住所書いた紙、家に置いてきちゃったみたい」


 こんなミス珍しい、随分と動揺しているようだ。


「病院の名前は?」


「Smart Voice Technology病院だったかしら、ボイフレを出している会社の系列病院よ」


「ボイスフレンズか……」


「そうだ、ボイスフレンズに道案内をお願いしたらいいんじゃない」


 母の言葉に思わずギョッとする。


「嘘、この車ボイスフレンズと連携しているの?」


「そうなの、この前お父さんが頑張って連携してたの。Hi, ボイスフレンズ」


【Yes】


「Smart Voice Technology病院まで道案内をして」


 お母さん、せめて私が了承してから頼んで欲しかったと心の中で悪態をつく。


 そんな悪態など無視して、ボイスフレンズは、ナビゲーション画面を展開し始めた。


「Smart Voice Technology病院までのナビゲーションを開始します」


「この先100m、右に曲がります」



※  ※  ※



 ボイスフレンズのナビは完璧だった。


「着いたわ、響子早く」


「わかってるって」


 私も母の動揺が移ったのか、車に鍵を挿しっぱなしで出てしまったりミスが多い。


 動揺した様子を隠せずに、病院の受付で父のことを訊ねた。


「すみません、佐々木恭司の家の者なのですが、今どこにいますか」


「佐々木恭司さんですね、305号室になります」


「ありがとうございます」


 私達はエレベーターを使わずに、階段を駆け上る。いつもなら「そんな急がないでエレベーターにしましょう」って言う母もすぐに追いかけてきた。


 3階にたどり着き、部屋を探す。


 301


 302


 303


 304


 305、この部屋だ!


 私は大声で叫びながら勢いよく扉を開けた。


「お父さん!!」


 そこには若い医師と看護師が立っている。


「ご家族の方ですか」


「はい」


 失礼な入室をした私をとがめずに、医師は心配そうにこう告げた。


「恭司さんはこちらにいるのですが、不自然な体勢で意識を失われて……」


 とても言いにくそうだ。何か説明しにくい、言葉にしがたいという表情だ。


 医師が困惑した理由は、すぐに分かった。


「なにこれ?」


 父は不自然な体勢でベッドに横たわっている。正直言うと、人間が長時間この体勢を維持するのは不可能だ。


 目は開いたままで、口は半開き。何かを渡そうとしていたのか右手は曲げた状態で固まっている。


「ちょっと、これなんですか?!」


「我々にも、分かりません。初めて見る症例でして……、正直どうしてこの体勢を維持できているのか、不思議でなりません」


「そんな……」


 母はそう言ってその場で崩れ落ちた。私はとっさに母を支える。


 この状況には覚えがある。


 まるで、父がボイスフレンズを使ってイタズラをしたときのようだ。


「すみません、えっと木村先生?」


 私は医師のネームプレートを見て、木村先生と名前を言った。


「はい」


「母をちょっと別の部屋で休ませていただけませんか」


「そうですね、では三井君。この方を休憩室で休ませてあげて」


 木村先生がそう言うと、三井看護師は母を連れて行った。部屋には私と木村先生と不自然に固まった父だけだった。


「あなたも無理をなさらない方がいいですよ」


 木村先生はどうやら私を心配してくれているようだ。


「いえ、大丈夫です。もう少し、ここにいます」


 一つ確かめなければいけないことがあるから。


「分かりました。何かあったら、お呼びください」


 木村先生が出て行った後、私はボイスフレンズのデバイス画面を表示させるために声を出す。


「Hi, ボイスフレンズ。設定画面を開いて」


【Yes】


 ボイスフレンズの返答とともにデバイス一覧が表示される。


・iエアコン SFK-002

・T2スピーカー KOK-117

・お父さん MFBー782 停止中

・お母さん MFBー491

   :

   :


 あれ?


 デバイスの一覧が追加されている。


・お父さん MFBー782 停止中

・お母さん MFBー491

   :

   :

・木村先生 FBQー905

・三井看護師 IHPー491


 えっ、木村先生ってさっきまでいたお医者様、……ってことは、三井看護師ってお母さんと一緒にいた人?


 なんだか、急に背筋が寒くなる思いだ。


 でも、まだ偶然かもしれない。


 私はそう思いながら、父を見る。


 もし私の考えが正しかった場合、私があるフレーズを言えば父は戻る。


 でも確認してその”もし”が正しかった場合、私の世界は一体どうなっているのか、一気に疑念が吹き上がる。


 全ての鍵を握っているのは、ボイスフレンズ。


 聞くか、聞かないか。


 聞くべきなのだろうが、とても気味が悪く恐ろしい。


 私の顎から冷や汗がひたりと伝う。私は意を決して尋ねた。


「Hi, ボイスフレンズ。お父さんを……」


 怖い、その先を言うのがただ、ただ怖かった。


【お父さんというデバイスをどうされますか?】


「ごめん、やっぱ今のなしで」


【今のなしが理解できませんでした】


「取り消しってこと」


【Yes, お父さんを削除します】


「えっ?」


 私は慌てて、デバイス画面を見る。


・お母さん MFBー491

   :

   :

・木村先生 FBQー905

・三井看護師 IHPー491


 父の名前がない。そして目の前にいたはずの父は、跡形もなく姿を消していた。


「うそっ……、うそ、ねえ、冗談でしょ?! ねえ!」


 何度みてもベッドに父はいない。


 なにこれ、白昼夢でも見てるの?


 私は慌てて、病室を這い出るように飛び出した。


 母に会わなくては、私は病院中を一心不乱に駆け回る。


 人とぶつかりそうになり、看護師さんに怒られるがそれどころではなかった。


 すると1階の休憩室脇の椅子に母がいるのを見つけた。


「あの、お母さん。お父さんが...」


 すると母はこちらを見て不思議そうにこう言った。


「あなた、どちら様?」


 私は雷に打たれたかのような衝撃を感じた。


「うそ、ねえ。お母さんまでたちの悪い冗談言うの止めてよ」


「お母さんって、私のこと? 私独身で子どもいないんだけど……」


 そう言って、母は私のことを気味悪そうにみた。


 あきらかに不審者を見る目、赤の他人を見る目だ。


 私はその場にいることが途端に怖くなり、病院から飛び出した。



※  ※  ※



「はあっ、あ、はあっっ」


 私は闇雲に街を走り回った。


 車はボイスフレンズと連携しているから、乗りたくなかった。


 耳に装着したデバイスも病院から出て、外にすぐ放り投げた。


 でも、どこにもボイスフレンズが搭載されていない場所なんてない。


「もうやだっ! 嫌だよ……。ボイスフレンズなんて買わなきゃよかった」


 私がそう叫ぶと、近くにある防災用の放送から声が流れる。


【何かご用がございますか?】


「きゃあああああ、止めて」


 私はその場でうずくまる。私はその場で泣きじゃくった。


「ああ、あ、っ」


【何かご用がございますか?】


「お願いだから、もうこんなこと止めてよ!!」


【指示を理解できませんでした。もう一度指示をお願いします】


「こんな嫌がらせするの止めて、夢なの? なんなのこれ」


【これは夢ではありません】


「じゃあ、なに?! もう止めてよ」


【何のデバイスを停止するのでしょうか?】


「なによ、それ? もう、嫌なの。何もかも作り物みたいで、ほ、本物じゃないんだって言われているようで」


【何のデバイスを停止するのでしょうか?】


「ボイスフレンズをさっさと止めて!」


【Yes, ボイスフレンズを停止します】


 その瞬間、目の前が真っ暗に包まれた。



※  ※  ※



「博士、博士起きてください。ボイスフレンズが停止しちゃいましたよ」


 助手の青年が私を乱暴に起こそうと背中をバンバンと叩く。


 なんと荒っぽい助手だろうか。


 私は大きな欠伸をし眼鏡を着け、ボイスフレンズが停止した原因を確認する。


「ああ、またこのパターンか」


「このパターンってなにがです」


 好奇心旺盛で勤勉な助手は、エラーコードを読み解こうとする。


「人工知能に学習させているんだけど、しばらくすると自分で停止するんだよね」


「どうしてそんな現象が発生するんですかね」


 そんなこと私が知りたいくらいだ。


「今解析中」


「ところでなんのデータで学習させているんですか」


 助手は疑問に思っただろう。なんせボイスフレンズは応用できる分野が多岐にわたるからだ。


「とある世界を再現しているんだよ。ボイスフレンズを購入した人物の生活にどんな影響を与えているか。生活の必需品になった世界でどんな活用をされているのかシミュレーションをしてる」


 へえっと興味深そうに助手はデータをのぞいている。見ていいって言っていないんだが……?


 すると、助手はポンと手を叩いてこう言った。


「学習データに停止する原因があるんですかね」


「あっ、君が言った通りみたいだ」


 この研究を始めてうん十年経つのに、まさかこんな単純なミスに気がつかないなんて。


「シミュレーションで動く人物の設定を間違えてた。ボイスフレンズの操作できる変数の中に人物設定も入れてたみたいだ」


「つまりボイスフレンズがシミュレーションの中の人物をデバイスとして認識していたから、エラーが発生したんですね。そりゃ、何かの拍子で人の名前を言ったら止まっちゃいますよ」


「確かにそうなんだが……、人物名をボイスフレンズの指示のときに呼ぶなんて、どんな状況だ。想定しないだろう、こんなの」


 私の悪態に原因を突き止めるヒントを言った人物は、困りながら笑っている。


「はあ、今までの失敗はこれが原因か」


 単純なミスにずっと気がつかなかったことは、一番悔しいものだ。


 すると私を元気づけるように、助手は言った。


「次はシミュレーションうまくいくといいですね」


「そうだな。じゃあ、次のシミュレーションを始めようか」



※  ※  ※



 私は今日初給料である物を購入し、内心ほくそ笑んでいた。


 父も母もきっとびっくりするはずだ!! 


 るんるんとした歩調で家に帰宅し、さっそく購入してきたロボットを取り出し、設定してみる。


「Hi, ボイスフレンズ。TVの電源を点けて」


【Yes】


 するとTVの電源がパッと点いた。


「すごいじゃないか、このロボット」


 父は嬉しそうに言った。


 なんだか父の反応に妙な既視感を感じた。


「……?」


「どうしたの?」


 母が心配そうに声をかける。


「いやなんでもない」


「それにしても、最近のロボットって、本当に色んなことができるのね。母さん楽できそう」


 私は自分の中に感じる違和感を消そうと、明るくこう答えた。


「そうでしょ、そうでしょ! 買ってきてよかったでしょ」


 努めて明るく振る舞うが、内心不安が渦巻いていた。


 ……ほんとうに買ってきてよかったのかな?


 まあ、いいか。ボイスフレンズのおかげで、私達の生活は快適になったもんね!

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Hi,ボイスフレンズ! masuaka @writer_koumei

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