ストーカーの果てに
かとうすすむ
第1話 迷宮なる犯罪
きっかけは、ごく些細なことであった。女がスマホを誤って舗道の上に落としてしまったのである。そのすぐ側で、その場に座り込んで煙草を吸っていた賀川恭一は、すぐに気づいてその上品なスマホを拾い上げて、女に手渡した。
「ごめんなさいね。どうもありがとうございます」
女が、嬉しそうに笑顔で受け取った。いい女だな。ふるいつきたくなる。小柄で、ポッチャリとした肉付きのいい女。美人だ。どこかで見たことのある顔だ。あれは、確か、えっと、AV女優の大沢由香だっけ。よく似て、肉感的な女性だ。そんなことを考えていると、いつの間にか、賀川の頭に或る悪巧みが閃いてきた。うん、これはいける。賀川は、煙草を靴のつま先で揉み消すと立ち上がって、その女に困ったような口調で声をかけた。
「あのう、すみません。実は僕、今、頭の中で、帰りの買い物の予算の計算をしてた所なんです。もし、あなたのスマホに電卓のアプリがあったら、お借りできませんか?すぐにお返ししますから?」
「電卓?ええ、あります。わたしのスマホで良ければ、どうぞ」
と、女は何の疑いもなく、素直に白く細い指で、スマホを預けてきた。賀川は受け取ると、スマホの電卓アプリを確認してから、何のためらいもなく、電話のアイコンをタップした。電話番号の画面が開いた。賀川は、まるで電卓に数字を打ち込むように装って、女のスマホに自分の電話番号を打ち込む。やがて、接続したのか、ズボンのポケットにいれておいた賀川のスマホが無音で振動し始めた。掛かった。すぐに、電話を切ると、それを女に返して、丁重に礼を述べた。すると、
「いいんですよ。困った時は助け合いですものね!」
女はそう言うと、さっさと歩き出して遠ざかる。女はショートパンツをはいていた。お尻の食い込み具合が、とても色気がある。ピンクのタンクトップも良く似合う。
しかしである。ここで、引き下がる賀川ではない。一度、狙った獲物は決して逃がすわけには行かないのである。無論、女の背後を、気づかれぬように巧妙に追跡していくのだ。こちらに向かってくる人混みが邪魔で仕方ない。慌てて人波をかき分けるように、後を追う。やがて、もと居たショッピングモールの前から、商店街の中、そして、人通りの減ってくる住宅街へと向かう。ここまで来ると、流石に賀川も、やや躊躇した。女が振り返ったらおしまいだ。少し、距離をおいて、舗道の隅の方を目立たぬように、こっそりと追けていく。女は、可愛くお尻を振りながら、革のハンドバッグを揺らせて歩いていくが、こちらには気づかないようだ。やがて、通りの角を曲がると、細い路地道がある。そこへ、女が入っていくと、手前から2軒目の一軒家の硝子戸のなかへ消えていった。
「この家か‥‥‥‥‥」
賀川は、しばらく呆然としていたが、改めて、家の小さな表札のプレートを眺めた。「咲山順子」と描かれてあった。一人暮らしだろうか?分からん。ともかくも、獲物の棲み家は突き止めたのだ。これくらいにしておこう。
古風なアパートの2階の一室にある自分の部屋の床に乱雑に敷いた布団に寝転がって、賀川は、自分のスマホを開いた。速攻で、電話のアイコンを開き、通話の着信履歴を見る。あった。さっき、女のスマホから自分に送った電話で、着信の履歴に女の電話番号が残されている。これはしめた。早速に電話を掛ける。ルルルと音が鳴って、電話が掛かった。
「はい、咲山です」
あの女の声だ。間違いない。賀川は努めて事務的な口調で、話しかけた。
「あの、恐れ入ります。こちら、KOKOMOと申します通信サービス会社のものでして、今回、お得な特典盛り沢山な家族割引サービスの件でお電話を差し上げたのですが?」
すると、順子が困った口調で答えてきた。
「あの、すみませんが、わたし、一人暮らしなもので、ちょっと‥‥‥‥‥‥‥」
「そうでしたか。それはとても申し訳ありません。失礼しました」
電話を切って、賀川はにんまりと笑みを浮かべた。やはり、独りなんだ。これはとても都合が良いぞ。
賀川はれっきとした性的ストーカーである。そして、標的は咲山順子であった。もはや肉体の生け贄は決まったのだ。そうなると話は早い。早速に、賀川は次の構想に取りかかった。
賀川恭一は、根っからの遊び人であった。地元の中学を卒業して、最初のうちは、父親の経営する町工場で真面目に勤務していたが、そのうちに段々と生来の遊び癖が顔を出してきた。仕事もろくに手をつけずに、工場の金にこっそり手を出して盗み出しては、街へ出掛けてパチンコ、競馬と遊び回っていた。そのうちに、金の横領が発覚して、父親から勘当されて家出した。それからは、借金した金でアパートを借り、好色な放蕩娘としばらく同棲していたが、その女とも浮気されて別れ、一人暮らしを余儀なくされたのである。
賀川は、非常に女好きの男であった。女となると見境がない。ストリップ劇場、ソープランド、覗き部屋、果ては、バイトで稼いで、SM倶楽部や出張ヘルス嬢とも一夜を過ごした。そして、平日ともなると、街まで出て、通りを過ぎていく若い女のたわわな胸やムッチリとしたお尻を眺めて、独りでニヤニヤと夢想に耽るのが常であったのだ。そんな折り、駅前の新しく出来た大型ショッピングモールの玄関前の広場でスマホを落としたのが順子であった。淫猥な趣味を持つ賀川が、肉欲的に魅力充分の順子を見逃す筈がなかった。ぷりんとして豊満な乳房、括れが堪らない腰つき、そしてあそこの締まりも良さそうなお尻である。思わず落としたくなる女であった。しかしである。賀川と順子の出会いが後々にあの恐るべき猟奇的犯罪の加害者と被害者になると、その時に誰が予想し得よう?しかし時は容赦なく二人をより接近させていくのであった。
その翌朝、トーストと珈琲で朝食を済ませた賀川は、焦る気持ちを抑えつつ、手にしたスマホで、再び順子に電話を掛けた。午前十時過ぎである。呼び出し音が鳴って、順子の可憐な声がした。賀川は昨晩とは声音を変えて、落ち着いた言葉遣いで言った。
「恐れ入ります。こちら、食品メーカーのKUOと申しますが、簡単なアンケートにお答え願えれば」
「今、会議中なのよ!あとにしてくれない!」
どうやら怒っている。怒った順子の声も可愛いな、と思いながら賀川は電話を切った。これで間違いない。今現在、順子は会社のなかに居る筈だ。ということは、必然的に、独り暮らしの彼女の自宅には、今、誰もいない。狙い目である。行動すべきだぞ。
軽装に着替えて、賀川はアパートをあとにした。一路、目指すのは、麗しき順子の自宅である。いったい、順子はどんな暮らしをして居るのだろうと、賀川は興味津々であった。やがて電車を降りて、目的の暗い路地道までたどり着くと、一度、深呼吸して心を落ち着けた。それが終わると、やおらポケットを探って、1本の小さな金属棒を取り出した。アンロックと呼ばれる万能鍵開け器具である。鍵穴に差し込んで回すと、カチンと音がして容易に鍵は開いた。扉を開き、家のなかを物色する。部屋は三つあった。寝室と居間と台所である。質素な暮らしをして居るようだが、きれいに整理整頓されて小綺麗にまとまっている。
良く家のなかを観察していると、各部屋と浴室とトイレの天井にはすべて小さな丸い火災報知機が取り付けられていた。これはいい。使える。それを確認すると、やがて賀川は持っている鋭い直感を働かせて、居間に置いたピンク色の化粧台の引き出しに目を付けた。ここだな。開けてみる。すると、賀川の思った通りに、引き出しの中から、たくさんの女性用のアダルト用品が置かれていたではないか。黒い男性生殖器の形をしたディルドーや電動マッサージャー、意味不明な器具まであった。やはり、順子も独り身で辛いんだな、こうやって夜にこっそりと自分を慰めているんだ。順子の世にも恥ずかしい秘密を覗いて、賀川は思わずゾクゾクしてきた。そして、想像してみた。裸の順子が身をくねらせて、髪を乱して、片手にたわわな乳房をつかんで、嗚咽の声を上げ、ぐいぐいと女性生殖器に黒いディルドーを挿入していく。声は喘ぎに変わる。激しいピストン運動。ビクンと順子の身体が震えて揺れる。そして、オルガニズムの時が来る。順子は、白目を剥いて、口から唾液を垂らして、だらしなく真っ裸で横たわっている。実に卑猥なイメージだ。しかし、あの清楚な順子からそんな印象は沸いてこない。しかし、このアダルトグッズの数々。現実はそんなものか?
綺麗に整頓された寝室には、ベッドと洋服ダンスがあった。賀川は、慎重に洋服ダンスの引き出しを引いた。中には沢山の洋服が詰まっている。その隣に、脱いだ洋服を入れた籠が置いてあった。その中には順子が脱ぎ捨てた下着もあった。下着には、順子の楕円形の女淫の茶色い染みが付着したままである。プンと女独特の匂いがした。賀川は、使用済みのパンティーを数枚とタンスから取り出した赤いワンピースを自分の上着のポケットにねじ込んでおいて、咲山順子の自宅をあとにした。
やがて、穏やかな夕陽が訪れて、いつの間にか、街は漆黒の夜となった。
そして、その夜も、性的異常者である賀川の、世にも恐るべきストーカー計画は順調に進んでいくのであった。彼には、或る狙いがあった。ただ単純に順子を追い詰めるだけでは物足りないのだ。そこには、彼独特の偏執性が秘められていたのだ。追い込まれた獲物が示す恐怖と精神的錯乱をじっくりと味わいたいのである。怯えたウサギが見せる充血した狂気の眼差しをこの眼で確かめたかった。まさに異常者であった。
賀川は、布団に転がって、スマホの通信販売で、火災報知機型のワイヤレス監視カメラを5機と、盗聴機を数台と、壁に取り付ける薄型の電磁石と小型鉄板を幾つか購入した。お金のない彼にとっては痛い出費であったが、そこから生じる性的悦びは無上のものであったから、さほど苦にもならなかったのである。
そして、購入した商品が届いた翌日になると、早速に順子の自宅へ再び忍び込み、じっくりと半日をかけて、順子の各部屋にそれぞれ機材をセッティングして、犯跡を残さぬように気を付けながら自宅から抜け出したのである。
アパートに戻った賀川は、ニタニタとしていた。嬉しくて仕方ないのだ。彼のスマホで、アプリを開けば、ワイヤレスの監視カメラに写った映像も、盗聴機から聞こえる音声も自由自在に切り替えて視聴できるのだ。もう順子の私生活は賀川の所有物であった。
もう、待ちきれない。彼は急いで監視カメラのアプリを開いてみた。
時刻は午後の八時過ぎであった。スマホの映像では、居間のテレビの前の座卓に肩肘を突いて、ぼんやりとしている順子がいた。自宅のなかで、夜も遅いせいか、順子はピンク色の下着だけの姿で、だらしなく二本の白い足を投げ出して、お菓子を摘まんでいるところである。ピンクのパンティーからお尻の肉がはち切れそうになっているようだ。どうやら順子は退屈なんだな?そこで、賀川は、別のアプリの画面にある起動ボタンをタップしてみた。
その途端、順子の居間の壁に掛けた風景画の額縁が、突如、ガタンと大きな音を鳴らして揺れ動いた。
これには、順子も驚いたらしい。パッと振り向いて額縁の方を見たが、別に異常ない。いったい、何かしら?といった様子で、辺りをキョロキョロしている。壁に仕掛けた電磁石と鉄板は見事に功を奏して、順子も何やら不安げな様子であった。立ち上がって、ウロウロし始めた。怖いのかもしれない。寒くもないのに、両腕をすくめて立ち尽くしている。そこで賀川は、再びボタンをタップした。今度は、カラン、カランと天井の長い蛍光灯が揺れ出した。順子の影も長く、短く揺れ動く。ついに、順子はその場にしゃがみこんで、微かに震え始めたようだ。怖いのだろう。心底、怖いのだろう。
やや間をおいて、賀川は、順子のスマホに電話を掛けた。すべて計算ずくである。
突如、鳴り出したスマホに、順子は驚いて、思わず飛び上がるように身をすくめて壁際で震えていたが、しばらく鳴り続けていたせいか、震える手でスマホを取り上げて電話に出た。
「‥‥‥‥‥‥、さ、咲山ですが」
「ごめんね、急に」
「ごめん、ってなんのことなの?」
「急に怒ってごめんね、僕が悪かった。許してね」
「今の、あなたなの?あなたが鳴らせたの?あなた、誰?どこにいるの?」「何を言ってるんだい。僕はいつだって君のそばにいるよ。今もね」
「悪い冗談はやめてよ。あなた、誰なの?どこにいるの?」
「また、僕を怒らせるのかい?」
賀川は、起動スイッチを押した。今度は、壁際の薄型テレビがガタンと勢い良く倒れて画面が割れてしまった。
「きゃ、やめて!許して。あなた、人間じゃないの?本物の透明人間なの?ねえ、お願いだから、言って」
「このポテトチップス、美味しそうだね!でも無理か。僕は、そばにいても話はできないんだ。だから、君のスマホにパワーをかけて会話してるんだよ。でも、僕たちはいつでもそばにいるから大丈夫だよ。怖がらなくてもね。何で、震えてるの、そんなに?」
「そうなのね。あなた、本当にこの部屋にいるのね。そうなのね。‥‥‥‥‥‥‥、ごめんなさい、怒らせてごめんなさい、あたし、謝るから、もう堪忍して、あたし、怖いの、本当に怖いの、許してね、もう無視しないから、許してね、あなたを信じるわ、あたし」
「それでいいんだ、それで。でも、セクシーだね、君はいつも。ピンクの下着だなんて、魅力的だよ」
「すべて分かるのね、あなたには。まさか、私の心の中まで?あなたにはすべてお見通しなのよね。‥‥‥‥‥‥‥、でも、いつから?いつからわたしに気づいたの?それに、何であたしなの?」
「君がとても魅力的だからさ。僕は何でも知っているんだ。君のことは何でもね。僕には君しか見えないよ。美しい君の姿を、こうやってそばで見ているだけで、僕はこの上なく満足なんだよ、君は素敵さ」
「でも、何だか不思議な気分ね。見えないあなたに見られてるって、こんな気持ちになるのね。何だかあなたが気になって仕方がないわ。あたし、どうすればいいの?」
「今さらなんのことなんだい?いつだって僕は君のそばにいた。会社に行く電車で揺られている時も、会社の会議で電話していた時も、食事の時も、家でテレビを見ている時も、僕は君のそばにいた。だから、いつものようにしていて良いんだよ。さあ、夜も更けてきた。いつものように、君のお楽しみの時間じゃないか?もちろん、いつだってそばにいるからね。知ってるよ、アレだろ?、そろそろね」
「分かってるわ。もういい。どうすればいい?脱げばいいの?」
「いつものようにね。大胆に、君らしくね。さあ、見せてくれるかい、君の生まれたままの姿を?綺麗だよ、とっても」
ゆっくりとした仕草で、順子は膝立ちのままで、ピンクの下着を脱ぐと、裸になって、どうやら恥ずかしいのか、乳房を両手で隠していたが、やがて諦めたようにさらけ出すと、そのまま、布団の上で、大の字に寝そべった。そして、そばに置いたスマホに言った。
「さあ、あたしはあなたのものよ。好きにして。思う存分に犯してよ、やりたいんでしょ、あなた?」
「いつものように、オナッてご覧よ。それを見ていれば、僕は満足さ」
順子の顔が紅潮した。恥ずかしさのあまりに紅潮したのだ。しかし、男に裸を見られていると言う気持ちが高揚してきたのか、次第に順子の行動がエスカレートしてきた。寝そべったまま、大きく両の足を広げると、女淫を開いて、やや腰を浮かせるようにして揺らせてみた。淫靡なポーズであった。
「どう?あたしのビラビラ、綺麗?それとも、こんなのはどう?」
そう言うと、順子は背中を向けて、思い切りのけぞってみせた。丸いお尻がキュートな感じで、突き出している。
「さあ、ぶち込んでよ。あなたの熱い煮えたぎったペニスを、あたしのここへ、グイグイとぶち込んで、とろけるように甘い精液をドクドクと注ぎ込んでくれない?」
もう、この女は、かなりイカれてるな、と賀川は思った。既におかしくなっているのだろう、両手で外陰部をギュウと広げてニッコリと嬉しそうに笑顔まで見せているのだ。
そして、そばにある引き出しから、1本の黒いディルドーを抜き出すと、それを勢い良く陰部の奥深くへとピストンしていく。もう暴走は止まらないな、と賀川は考えて、この辺で止めてあとは放っておくか、と思いながら電話を切った。後でどうなったかは、明日の朝にでも、また監視用のカメラを見れば分かることだ。そして、布団にくるまれて、寝返りを打ちながら、賀川は、このあとどうしたものかと、順子の処分について思案して、なかなか寝付けなかったのである。
翌日の朝が来た。
ゆっくりと瞳を開いて、順子は眠りから目覚めた。間だ、若干の眠気が残ってはいたが、昨晩のことを突如思い出して、思わずそのまま声に出して言った。
「そこにいるんでしょ?ねえ、返事してよ。あたし、もう怖くはないのよ。あなたがいるのなら、それでもいい。あたしなら大丈夫よ。ねえ、何か答えてよ?返事して頂戴、お願いだから」
返事がない。それに、昨晩の異変めいたことも起こらない。何かが違う。
仕方なく、順子は布団から起き上がった。気づくと、裸のままである。何もかも丸出しの裸だ。起き上がる拍子に、両の白く血管の浮いた乳房がプルプルと揺れた。
「ねえ、そこにいるんでしょ?返事して頂戴、お願いだから?」
どうやらいないらしい。訳が分からない。昨晩は恥態の夜であった。有らん限りの力を出して、透明人間を悩殺したのだ。その名残で、順子の、黒々とした茂みのある股間は、ズップリと濡れているのが分かった。でも、ちょっと待って、と順子の頭のどこかから自分の声が聞こえてくる感じがするのだ。よく、聞いてよ、順子。今、本当に、あなたは現実に生きているの?あなたがいるのは現実の世界なの?本当に透明人間なんているのかしら?そう言われて、順子は自分でも不思議な気持ちになった。そう、実際にそんなものが居る訳がないのだ。すべてがおかしいわ。何かあるのよ。そう思い当たって、順子は我に返った。正気になったのだ。そして、冷静に考えてみた。もしも、この家に何かの仕掛けがしているのなら。そして、あたしがまんまとその罠に嵌められているとしたら‥‥‥‥。思い立ったかのように、順子は奮い立つと、全裸のままで、裸体を振り乱すようにして部屋を細かく調べてみた。あの額縁だ。何かある。そう確信して、順子は例の額縁に歩み寄ると、その裏側を調べてみた。すると、やっぱりそうであった。額の裏側に、見慣れぬ鉄板と、妙な薄い器具が取り付けてある。これだ。それで、すべてが分かった。すべて透明人間なんかじゃない。巧みに仕掛けられた罠が潜んでいたのだ。生身の人間の仕業なんだわ。。そして、順子は、その勢いで、天井の火災報知機に思わず眼が入った。良く観察する。すると、眼を凝らしてみて、そこに極小さなカメラのレンズを発見した。間違いじゃない。あたしを落とし込もうとしているのね。この家は誰かに監視されて、罠を仕掛けて、このあたしを狂わせようとしているんだわ。そうなると、また違った恐怖が沸き上がってきた。いったい、どこの誰が?何のために?順子は思わず次第に鳥肌が立ってきた。それで、薄いシースルーの上着を着込むと、躊躇いもなく、座卓に置いたスマホを取り上げて、ダイヤルし始めた。警察に通報するのだ。急がなくちゃ。
電話の発信音が鳴る。
その時、突如、スマホを握った彼女の手を、男の大きな片手が掴んだ。
驚愕した。
見上げた。
ひとりの若い男が、いつの間にか、部屋に侵入して彼女の手を押さえ込んでいたのだ。
「あ、あなた、誰?いつの間に、ここに居るの?勝手に入り込んで、なんのつもりなの?」
「まずいなあ。とっても、よくないよ。そのスマホは僕が預かるよ」
そう言って、男は無理矢理に、順子のスマホをむしり取って、自分のズボンのポケットにねじ込んでしまった。
以前に、どこかで見たことのある男だったが、よく思い出せない。男が言った。
「すべて、ばれたようだね。まずいよ。こうなったら、もう、君には消えてもらおう。この世からね」
順子の薄いシースルーから、たわわな乳房がはみ出していた。欲情をそそる。溢れんばかりのボリュームのおっぱいだ。
男は立ったままで、座り込んでいた順子の細い首筋に、思い切り力を込めて締め上げてきた。思わず順子は後ろに倒れると、床の上でのけぞるように、苦悶し始めた。く、苦しいよう。思わず、苦しさのあまりに、両手の指先が、畳に食い込んでまさぐった。身体がのけ反って、そのままうしろの床に倒れ込んでいく。徐々に、意識が遠退いていく。順子は唇をパクパクとさせて、やがて透明の
唾液が流れ落ちた。そして、そのまま全身をピンと突っ張って、床の上で大の字になったまま動かなくなってしまった。乱れたシースルーの間から、だらしなく開いた両足の間で、ぶざまに濡れた女性器が、パックリと口を明けて、黄色い尿を漏らしている。ぶざまな格好だった。
死んだのだ。
急いで処分しなくては。
賀川は、小さな順子の肢体を抱き抱えて持ち上げた。さほど重くなかった。そのまま、隣の浴室に運んでいく。
浴室のタイル張りの床に、裸体の順子を静かに横たえた。準備は万端だった。用意した1本の肉切り包丁を使って、次々と、順子の死体を解体していく。
青白い太もも。白い腕。生首。すべてをバラバラにしていく。見事に細かくなる。6つの血まみれのおいしそうな肉の固まりだ。グッと食い込む肉の感触と、固い骨が割れる感触が印象的だった。
分厚い黒の大型ゴミ袋を二つ用意すると、グイグイと肉片を詰め込んでいく。口を縛ると、何だか、呆気ない気がした。この中の順子が居る。静かに眠っているのだ。安らかに。
血痕で濡れた床は、あらたかに白い2枚のバスタオルで拭いておいた。こいつは、自分のアパートの押し入れの中にでも突っ込んでおけば分からんだろう。そして、肉袋を二つ、背負うと、賀川は一軒家を忍び出た。そして、あらかじめ借りておいたレンタカーの後部トランクに、肉袋を押し込むと、車を急発進させた。一路で、都内の郊外にあるN湖に向かう。道は住宅街を抜けて、国道沿いに走り、やがて林道を潜り抜けて、人気のない湖畔に出てきた。誰ひとりいない。鬱蒼とした森に囲まれて、波のひとつもない湖面は静かに広がっている。賀川は深呼吸して、気分を取り戻した。そして、急いで貸しボートの管理事務所の居場所を見つけると、まだ寝ぼけたような顔つきの管理人の中年男に金銭を払って、ボートを一台、漕ぎ出すと、肉袋を乗せて湖の中央まで、オールを漕いで出てきた。広い湖のさざ波ひとつない中央まで出てきたのだ。あとは簡単だった。乗せた肉袋を二つ、ポチャンと音を上げて、湖面から、放り込んだ。ズブズブと、泡立ちながら、肉袋はゆっくり沈んでいく。やがて姿は見えなくなって、湖底に消えていった。
死体なき犯罪。
誰にも目立たないひとりの若い女が、身体をバラバラに切り刻まれて、肉片にされて、この湖底に沈んでいると、いったい、誰が知ろう?誰にも分からないことなのだ。
陽はまだ高く昇っていた。午前中だ。賀川はポケットから、煙草とライターを取り出すと、火をつけて吸った。少しボートが揺れて、傾いた。
煙草は旨かった。そして吸い終えた煙草を黒ずんだボートの底板で揉み消すと、再び、岸辺に向かってボートを漕ぎ戻していった‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
翌日。
賀川は、ひなびた商店街の場末にあるストリップ劇場のなかにいた。暗い場内である。観客席のあちこちから、訳の分からぬヤジが飛んでいた。鮮やかなネオン色のスポットライトを浴びて、ひとりの娘が、舞台中央のポールにしがみついて、衣纏わぬ裸で、華麗にセクシーなダンスを舞っている。
両手をうしろで、ポールに握って、腰を前へ突き出して、御開帳だ。女淫の大きな紅いビラビラしたヒダが、中の腟口を見え隠れさせている。やがて娘は、腰をグラインドさせて、欲情をそそる。その時だった。
娘の陶酔したような眼差しと、昨日の順子の絶命していく最後のとろけるような眼差しが、賀川の頭の中で二重に重なって見えてきたのだ。そこに見えるのは、息の根が止まっていく順子の眼だった。死んでいく順子の眼である。あまりの一致に驚愕した賀川は、慌てて、その席を離れて、据えたような匂いのするロビーの長椅子にに腰かけて呆然としていた。
順子の亡霊か?
俺に付きまとっているのか?
ロビーの壁に掛けた、ガラスにヒビの入った丸時計は、午後一時過ぎを示していた‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
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