次元の狭間の勇者 〜悪の大魔導士、異世界にて勇者となる〜

@akimori111

第1話 悪の魔導師の最後の日

 大地に満ちていた草木は枯れ果て、広大な大海の水すらも乾いて砂へと変質してしまった惑星。


生物が生存するには過酷過ぎるそんな死の惑星に、旅行をしているにしては強堅きょうけん過ぎる鎧を身にまとった数名の人間が降り立った。


フルフェイスの兜に覆われた顔面からは彼らの表情を読み取ることはできない。


だが、その雰囲気は死地におもむく戦士のまとうそれで間違いがなかった。


事実、彼らは皆、一つの目的のためにこの死で満たされたボロボロの惑星に訪れているのだ。


「──おやおや、たった一人の老人ごときに、わざわざこれだけの人数を集めて来るとは……。君たちも随分と暇しているようだね」


 決死の覚悟を胸に焼き付け、辺りを満たす死の気配にも一切怯む様子のない鎧姿の戦士たちの耳に、不気味なほど軽く、そしてどこか馬鹿にするような声音でそんな言葉が掛けられる。


 鎧の戦士たちが声のした方向へと視線を向け、一斉に武器を構える。


そんな彼らの姿を見ても、声の主である老人は特に警戒する様子も見せずに、まるで遠くから来た孫でも迎え入れるような穏やかな笑顔を浮かべていた。


「それにしても、よく私の居所が分かったね? ここは本星からかなり離れた場所にあるはずだったんだが……、こんなに早く見つけるとは、一体どんな手を使ったんだい?」


 老人が穏やかな笑顔を浮かべたまま、本当に疑問に思ったのであろう質問を前方にいる鎧の戦士たちに投げかける。


その質問に答えるためであろうか。


鎧の集団の中心から、一際重苦しい威圧感を纏う一人の戦士が老人の方へ歩み寄った。


「……はっ、愚問だなマギア・ブーティス! かつては賢者とまで称された貴様が、まさかそんな単純なこともわからないとは。我らからの逃亡の果に、とうとうボケてしまったのか? やはりペテン師、賢者などとは程遠い」


「んっ? 誰かと思えばその声は、もしかして勇者くんかい? 随分とまた厳つい鎧を手に入れたようだね。そんなに金と労力を費やして、こんなか細い老人を捕らえることに意味などあるのかな?」


 マギアと呼ばれた老人は、自身が勇者と呼称した男の挑発を全て無視してマイペースに会話を続けた。


「あぁ、そうだ。話を流さずに私の質問に答えてくれよ。どうやってこの場所を特定したんだい?」


 首をかしげて先程の質問の答えを求めるマギア。


そんなマギアの態度に、勇者は酷く苛ついた様子で舌打ちをする。


「……この世界で巻き起こる、ありとあらゆる死と破壊の痕跡をたどれば、嫌でも貴様にたどり着く。貴様は、実験と称して世界に害悪を撒き散らす、災害以上に厄介な存在なのだよ。いい加減、自覚していると思っていたが?」


「ふむ、そうか。私はまたやりすぎてしまったのか。研究に夢中になりすぎるとなりふり構わなくなってしまうのが私の悪い癖であると、自覚はしているのだがね。だがまぁ、全ての死も、破壊も、この私が魔導の真髄に至るための必要な犠牲として受け入れてもらうしかないのだよ」


 マギアは勇者の言葉に対し、両手を広げて尊大な態度でそう言い放った。


「──ふざけんじゃねぇーよ!! てめぇのくだらねぇー実験のせいで、俺の姉貴は化け物に変わっちまったんだぞ!? それを必要な犠牲だと!? 馬鹿にするのもいい加減にしやがれ!!」


 マギアの言葉に逆上した鎧の戦士の一人が、両手を広げて棒立ちする彼に向かって、手にしていた先端が鋭く尖った巨大なランスを投げ飛ばした。


それを皮切りにして、マギアに向けてダムが決壊したかのように多種多様な攻撃の濁流だくりゅうが鎧の戦士たちから放たれる。


その場にいる戦士たちは皆、マギアの自分勝手な実験の被害者やその親族たちであった。


戦士たちの胸の中では、マギアに対しての復讐の炎が激しく燃え上がっていた。


「勇者くん、今回は随分と血の気の多い連中を集めて来たみたいだね。私に復讐することで頭が一杯で、統率も何もあったものじゃない。悪いことは言わないから、一緒に行動する友達くらいは選んだほうがいいと思うよ?」


 逃げ場のない攻撃を前にしても、尊大な態度を崩すこともなく、そんな軽口を勇者へと叩く。


事実、マギアにとって、彼らの攻撃など驚異にはならないのだ。


波のような攻撃全てが、マギアに命中する1メートルほど前の位置で見えない壁にでも激突したかのような衝撃音を出して弾かれ、打ち消されていく。


そんな光景を目の当たりにしても、鎧の戦士たちは攻撃が一切通じないことなど構いもせず、それぞれが胸の中にくすぶっていたマギアに対する復讐という感情を爆発させながら一心不乱に攻撃を続けた。


「……クソが。やはりこの程度では奴の魔障壁マジックバリアは破れぬか。皆、落ち着け!! 闇雲に狙うのではなく攻撃を一点に集中させよ!! そんな攻撃ではやつには届かんぞ!!」


 その場の指揮官たる勇者が声を張り上げて場をまとめようと努めるも、そんな彼の声など聞こえていないかという勢いで、次第に攻撃の激しさは増していく。


「せっかくの人数も、そんなに無駄打ちを重ねていたらあっという間に弾切れになって役立たずになってしまうよ? まぁ、煽っている私が言えた義理もないけどね。……さて、重ねて掛けるよ──”集団狂化マスクラジネイション”」


 マギアは勇者に見えない角度で素早く”魔法陣”を形成し、彼の得意とする精神干渉系の大魔術を発動させる。


それをきっかけにして攻撃の激しさが更に加熱する。


 対象の精神を興奮しやすい状態へと活性化させ、少しの揺さぶりを与えることで火山が噴火するかの如く激しい感情の流れを強制的に作り出す。


そして、正常な思考を阻害し狂わせ、行動を限定させるという、マギアの性格の悪さが滲み出ている魔術である。



 波のような攻撃を全て弾く”魔障壁”や、”精神を狂わす大魔術”を一瞬で発動させる技量。


マギア本人が言っていた”魔導の真髄へ至る”という言葉からわかる通り、マギア・ブーティスという老人は、自他共に認める大魔導士であった。


他者からの評価には、大魔導士の前に”悪の”や”邪悪な”などの物騒な言葉が並べられるのだが、マギア自身にしてみれば、純粋に魔導の道を突き進み、自身の願望のために研究と実験を重ねてきたに過ぎない。


その実験の過程でどれだけの命が犠牲になろうと、いくつもの星が滅びようと、彼の知ったことでは無いのだ。


彼にとっては全ての犠牲が自身が魔導の真髄へと至るための必要素材であるのだから。


 そんな自己中心的で自身の欲望に忠実であったマギアであったからこそ、神と自称する、高度な知識ととてつもない魔力を内包した存在に力を与えられた、勇者と呼ばれる存在に目をつけられた。


マギアは長きに渡る人生の中で、幾人もの勇者を名乗る人物たちと相まみえ、自身の開発した魔術を駆使して一人も残すことなくそれを撃退してのけた。


 しかし、今代の勇者はそれまでの勇者たちとは一線を画する知性と強さ、そして何より勇気と言う名の異常なまでの粘り強さを兼ね揃えていた。


今代の勇者に代替わりしてから、マギアが彼の勇者と相対するのはこれで5度目になる。


一度目は勇者の経験不足をついて返り討ちにした。


二度目は勇者の従者を狙い、足を引っ張らせることで多大な被害を与えて追い返した。


三度目は星を1つ破壊して多くの命を犠牲にすることで余裕を持って逃走した。


四度目は周りを勇者の従者どもに囲まれ、その身に多くの傷をつけることで命からがら逃げ出した。


 一度目と二度目の戦闘以降から、マギアは勇者に勝つ手段がなくなっていたのだ。


失敗を反省し、どれだけの傷を負っても、どれだけ心を折っても、勇者は勇気を振り絞り、マギアの元へと挑んで来た。


長きに渡る人生の中で、勇者や英雄と呼ばれる自身の研究を邪魔してくる者たちと数多く出会ってきたが、ここまで何度も同じ相手に挑まれると言うのは初めての経験だった。


「──“集団精神回復グレップマインドヒール”!! 皆、落ち着け!! 狡猾な奴の術中になど嵌るでない!! 攻撃を一点に集中し、魔障壁の破壊に注力するのだ!!」


 勇者が精神を正常に戻す魔術を発動し、鎧の戦士たちの思考能力を回復させて攻撃の指揮を取り直す。


「……相変わらず、今代の勇者くんは本当に面倒な子だね」


 尊大に笑みを浮かべていたのを一転させ、不機嫌そうに表情を歪めてそう吐き捨てる。


攻撃を一点に集中させられ、魔障壁を強固にするため展開角度を微調整するために意識を逸らす。


それは一瞬とも呼べない刹那の時ではあったが、集団の一歩前に出ていた勇者がマギアに近づくには十分過ぎる隙きであった。


神によって与えられた加護の力を十全に発揮して、勇者は疾走する。


「──はあぁぁっ!!」


 音をも置き去りにする速度で放たれた、勇者による上段からの鋭い斬撃。


神剣とも呼ばれる彼が手にした長剣は、神によって莫大な魔力を注がれた、世界でも最高峰の攻撃力を誇る兵器である。


どんな剛鉄をも豆腐の様に軽々と切り裂き、邪なる魂を、その核ごと消滅させるという神剣の一撃。


 しかし――、


「……おいおい、勇者くん。魔導士相手に剣術で勝負を挑むなんて、マナー違反にも程があるよ? それに、こんなヨボヨボの爺さんに全力の一撃を見舞うなんて、明らかに老人虐待だ」


 ――勇者の繰り出したその確殺の一撃は、ガッ! という重く鈍い音を響かせて、マギアがどこからとも無く取り出した、大杖によって止められた。


「……老人虐待、か。貴様がただのご高齢者であればどれだけ世界は平和になったのだろうな。それに、マナー云々に関しては、貴様にだけは言われたくないッ!!」


 語尾に力を込めると同時に、大杖を神剣で叩く衝撃を利用して勇者が距離をとる。


その直後、それまで勇者の立っていた位置に氷と岩の槍が虚空から突如として現れた。


「おぉ、よく見切ったね。魔力の予兆を一切出さなかったのに」


 マギアの放った奇襲による必殺の一撃を難なく回避した勇者に賞賛を贈る。


実際、今の魔術は英雄と呼ばれる人間であっても殺せるだけの攻撃だった。


「貴様の礼儀を欠く奇襲には、嫌という程苦肉を味合わされたからな。そんなことより、その大杖はなんだ? この神剣の一撃を真っ向から防ぐなど、禄な武器ではあるまい」


 苦いのもでも口にした様な表情を顔面に張りつけながら、勇者がマギアに質問をする。


追撃にいつでも反応できるよう、会話中であっても緊張を張り巡らせ、一切の隙を晒さぬ姿は歴戦の猛者と呼ぶに相応しい姿であった。


「――あぁ、これかい? 実にいい質問だよ勇者くん!」


 そんな勇者とは対照的に、穏やかで優しげな笑顔を浮かべながら、嬉々としてマギアは自身の新たな武器の説明を始める。


「これはね、君の持つその神剣を見て着想が沸いた特別な大杖なんだ。君のそれは神を自称する哀れな魔法生命体がめちゃくちゃな魔力を込めて作った物理法則を無視したインチキ武器だろう? それに対して私のこれは理論的にしっかりと計算して実験を繰り返して作成した、物理法則を守った正真正銘の武器なんだよ。魔力を込めるのにも、その魔力に耐えうるだけの器を手に入れるのにもかなり苦労したけど、その分、苦労したかいがあっただろ? 何しろ神の込めた魔力と互角に渡り合えたのだから」


「――それで。その新しい武器とやらを手に入れるのに、どれだけのモノを犠牲にしたのだ?」


 怒りに満ちた表情で、低く唸るように勇者が問いかける。


そんな彼の姿など気にする様子もなく、マギアは楽しげに語る。


「――あぁ、対した犠牲じゃないさ。星2つ分位の生命に、星3つ分の星核ステアコア。まぁ、星核を奪えばその星はダメになるから、しっかりカウントすれば星5つ分の命を使ったことになるけど、実際に役に立ったのは2つだけだったから、今の私の説明に誤りはないからね? 揚げ足取りは勘弁してくれよ」


「貴様は、そんなくだらない目的のためにッ! また多くの生命を奪ったのかッ!?」


 話を終えたマギアの元に、勇者が素早く肉薄して斬り掛かる。


「くだらないとは失礼な。これでも、神とやらを超えるために一生懸命作り上げたんだよ? まぁ、確かに、大魔導士たる私には、今更武器なんて必要ないというのも事実なんだけどね」


 おどけた様にヘラヘラと笑うマギアに勇者は怒りと闘志を最大限に引き上げて、神剣を振るう速度を加速させていく。


英雄と呼ばれる者達ですら目で追うのも不可能なレベルの勇者の剣速を、しかしマギアは、孫のチャンバラごっこに付き合う祖父の様な笑顔を顔面に貼り付けて大杖で受け止める。


「勇者くん、頭に血が昇った状態で私に挑んでくるなんて君らしくないじゃないか? ここに来るまでに一体どんなを見てきたと言うんだい?」


 穏やかな笑顔を邪悪なモノへと切り替えて、勇者の感情を煽るようにマギアは言葉を発する。


「貴様ァ!」


 マギアの元に辿り着くまでに見てきた、破壊と死が蔓延る残酷な記憶が脳裏に浮かび、勇者の心がさらなる怒りに染まる。


だが、それこそがマギアの作戦であった。


彼は怒りで動きが単調になった勇者の攻撃の最中に、彼の胸元へと左手を当て、魔術を行使する。


「そんな大振りじゃあ、隙だらけだよ。“大衝撃メガロインパクト”」


「ぐあッ!?」


 勇者の胸元に巨大な何かが激突してきたかのような衝撃が走り、大きく後方へと転がされる。


勇者は咄嗟とっさに神剣を地面へと突き刺し威力の軽減をし、追撃が来る前に体勢を立て直した。


しかし、転がる勇者を前にしたマギアには追撃の意志など無いかのように、尊大な笑顔を浮かべて眺めていた。


「安心してよ勇者くん。僕は今、とても機嫌がいいんだ。だから、君はそう簡単には殺す気は無いよ。なんと言っても、こんな大杖などどうでも良くなる程素晴らしい術式を開発してしまったんだからね! そのお披露目に、観客がいないなんて寂しいだろ?」


「……なん、だと? 一体何を言っているんだ!?」


 楽しそうに語るマギアに、勇者は不愉快なものを見る目で質問を発する。


「なぁに、すぐに分かるよ。なんたって、術式はもう完成したからね。後は発動のための魔力を込めるのと、君が私から離れてくれればそれで準備は完了さ」


「なっ!? させるかっ!!」


「“空間断絶ラウムシュナイデン”」


 接近する勇者とマギアとの間の空間が断たれ、絶対不可侵の結界が構築される。


神剣を振るうことで勇者がその結界の破壊を試みるも、空間そのものが隔離されているため、山脈をも一撃で平野に変えてしまうほどの威力を持つ剣戟であっても効果がない。


「大魔導士たる私を相手に、一瞬でも距離を空けてしまったのは大きな失態だったね。君はそこで大人しく私の新術式を見物しているといいさ」


 ニヤニヤとした、見るものを不快に感じさせる笑みを浮かべながら、マギアは新術式を発動させるため、手にした大杖を地面に突き刺し、そこに内包させた膨大な魔力を練り始める。


神の創りし神剣と互角に渡り合った大杖も、マギアからすればこの新術式を発動させるための道具に過ぎなかった。


「さぁ、とくとご覧あれ。これが誰もなし得なかったへの答えアンサーさ。“魂魄新生ソル・リジェレイション”!!」


 マギアが呪文を唱えた瞬間、彼の足元を中心にした巨大な魔法陣が発生する。


そして、その場にいた誰もが咄嗟に目を覆ってしまう程の眩い青白い光が荒廃した滅びの星を包み込んだ。


「──ふっ、ふははははははははっ!!! やった、やったぞ! ついに成功したんだ!!」


 狂ったようなマギアの笑い声が、滅びの荒野に虚しく響き渡る


眩い光に目を潰された勇者ではあったが、常人よりも遥かに発達し敏感になった感覚で、馬鹿笑いを続けるマギアの変化を鮮明に感じ取っていた


内包される魔力の質は、まるでマグマのように激しく高密度の熱を持つかのように研ぎ澄まされ、その量はそこに存在するだけで空間そのものを歪ませるほどに強大なものへと変質していた。


そして、なによりも特筆すべきは、マギアが放つその魂の輝きであった。


これまでのマギアから感じた魂の気配は、他者から奪った生命力を無理矢理に自身の延命に使い続けてきたことで、激しく摩耗し、暗く濁った粘着質なヘドロのような気配だった。


しかし、今はどうだろうか。


溢れんばかりに透き通り、ささやかな小鳥のさえずりすらも騒音と感じてしまうほどに穏やかな魂。


それは先程までの老人から感じる気配とは大きく異なっていた。


「──……貴様、肉体だけでなく魂までもを若返らせたのか。一体、どこまで生に執着するつもりなのだ……!?」


 視力が回復し、マギアの変化を目撃した勇者が叫ぶ。


その叫びの先には先程までの老人の姿はもうなかった。


勇者の目に映るのは、おおよそ15歳位の非常に整った顔を、狂気の笑みに歪ませた黒髪黒目の少年。


先程、マギアが話した新たな術式というのが、若返りのためのものであったと勇者が理解するのに、時間はそうかからなかった。


「──生に執着する? 勇者くん、なにを当たり前のことを言っているんだい? この世界は多くの謎に満ちている! 研究や実験したいことに満ちている! 人間如きの貧弱でちっぽけな人生じゃ、俺の好奇心を満たすには短過ぎるんだよっ!! この世は俺の実験場! この世界の全てが俺の欲を満たすための遊び場なのさっ!!」


 狂ったような狂気の笑みを止め、勇者へと真っ直ぐに視線を向けてそう言うマギアは、見た目通りに幼く、まるで将来の夢でも語っているのでは無いかと錯覚してしまうかのような無邪気な笑顔を浮かべていた。


そんな彼を、勇者は苦虫を噛みしめるような表情を浮かべて睨みつける。


神剣を握る手はさらに力が込められ、勇者から戦意が消失していないことが伺えた。


しかし、そんな勇者のそばに、戦の友としてこの星へと連れてきた、鎧の戦士の一人が駆け寄ってきた。


彼は勇者に向かって言う。


「……勇者様。こうなってはもう、マギア・ブーティスの討伐は諦めるべきです。奴のあの様子では、どれだけこちらが粘っても、これからの戦闘に、この星そのものがもちません」


「くっ……、しかし、ここで奴を滅ぼさなくてはッ──!」


 諦めとも取れる戦友の言葉に、勇者が歯噛みして否定の言葉を述べようとするも、マギアに向けての攻撃を止めてしまった他の戦士たちの姿を見て、その言葉を呑み込んだ。


「なぁんだ。この体がどれほどの力を有しているかを確認しようと思ったのに、もうお遊びは終わりなのかい? 勇者くん、今回は随分と臆病者を揃えて来たんだね。俺に無様に殺されてきた、これまでの役立たずどもとは大違いだよ」


 これまで苦楽をともにし、喜びも悲しみも全てを分かち合ってきたかつての戦友ともたち。


そんな戦友たちの生命を、尊厳の欠片もない残虐な方法で奪った仇が目の前にいた。


しかも、彼らの存在を否定し、あまつさえ役立たずとまで罵った。


怒りで目の前が真っ赤に染まる。


自身の血液が激しく沸騰しているかのような感覚に襲われる。


今すぐにでも斬りかかり、無限の痛みと永久の苦しみとともに地獄のそこへと叩き落としてやりたいという思考に染まる。


 だが、それと同時に、歴代勇者一賢く聡明と言われた頭脳が、世界中の人々を絶望から救いたいと言う正義の心が、怒りに染まった勇者の思考を解きほぐし、冷やしていく。


そして、勇者は討伐を諦め、決して発動をしたくなかった、最後の手段を選択することを決意した。


 勇者は一度大きく深呼吸をすると、鎧の戦士たちに向けて事前に決めていたサインを送る。


「んっ、なんだ? ──……その術式は”転移トランジション”、か。おいおい、本当に逃げ出すのか。あっけないにも程があるぞ」


 勇者の合図により一斉に鎧の戦士たちがとある術式を発動する。


マギアはその術式を見てその莫大な知識と多量の経験からすぐさま転移術式であると見抜きがっかりとした表情を浮かべた。


せっかく肉体と魂が若返り、若き日の運動能力にこれまで鍛え上げてきた魔力量まで備わったというのその力を試せずつまらないと感じたのだ。


もちろん、マギアほどのレベルになれば、転移術式を妨害する術式も一瞬で構築できる。


だが、念願の”魂魄新生”の術式が完璧に発動し、これまでの悲願であった若返りが成功した今、彼の気分はこれまでの長い人生でも経験をしたことが無いほどに高揚していた。


だからこそ、高慢に、傲慢ごうまんに、歴代でも最強と言われる今代の勇者相手に、今回は見逃してやろうなどという甘い考えが生じてしまったのだ。


「……マギア・ブーティス。貴様ははじめに”友は選べ”と私に言っていたな」


「んー? 確かに言ったが、それがどうかしたのかい?」


「──選んで来たのさ。貴様を確実にこの世界から消し去る、そんな戦友たちをなッ! 今だ! 術式を発動せよッ!!」


「勇者くん、君は一体何を──ッ!!? なっ、これはッ!? ”転移”の術式ではなかったのか!?」


 勇者とその仲間たちによる、思いもよらない不意打ちに、マギアの顔が驚愕きょうがくに染まる。


「神より与えられし我が神剣を依り代に、私たちは貴様を完全にこの世界から消し去る。永遠とも言える悠久の時を、次元の狭間にて過ごすといい!!」


 発動される魔術に妨害しようとマギアは膨大な魔力を放出するが、時すでに遅し。


魔力が術式に干渉するよりも先に、それは発動する。


『”次元相転移ディス・バドライズッ!!”』


 勇者を含む、鎧の戦士たちが同時に術式の詠唱を完了し、術名を告げる。


その瞬間、星を揺るがす程の魔力の渦が発生した。


それは空に漆黒の暗雲を生じさせ、空気を切り裂く眩い雷を呼んだ。


激しい揺れは朽ちた大地を割り、星の核たる星核ステアコアを剥き出しにさらけ出し、滅びの星に終止符を打ち込んだ。


 神の創造せし剣を依り代にし、莫大な量の魔力を使用して発動した術式は、星に激しい爪痕を残して今だ抵抗をしようとするマギアを次元の狭間という永久の牢獄へ引きずり込む。


「ぐぅッ!!? き、貴様らぁッ!! こんな程度の術式で、この俺を殺せると思っているのかぁッ!!?」


 空間を抉り取るように開いた次元の狭間へとつながる門に、体の3分の1を呑み込まれながら、マギアは絶叫する。


限界を超えた魔力を行使ししたことの影響で、仲間たちが次々と倒れゆくのを見届けていた勇者は、そんな悪の大魔道士の最後とも呼べる姿に、にこやかに、しかしどこか悔しげな表情を浮かべながら言葉を紡いだ。


「願わくば、こんな手段は使いたくなかった。貴様はこの私の手で、首を刎ね、確実なる死を与えたかった。だが、それももう叶うまい。貴様はこの先、新たに手にしたその約にも立たない”不老”の力で、なにもない無の空間を永遠に彷徨さまよい続けるのだ。そして、死ぬことも老いることもない悠久に絶望し、心を壊して生き続けるがいい。それが我ら、貴様が弄び、破壊し続けてきたこの世界の者たちが与える、貴様への罰だ」


 自身の隣に立つ最後の仲間が倒れたのを見届けた勇者が、ゆっくりと膝を折り、天に祈るようにして目を瞑る。


「お、れは……こんなところで終わりはせんぞッ!! 絶対に戻って、この世の全てをおもしろおかしく遊び尽くしてやるのだッ!!」


 世界から消失した悪の魔道士の憎悪に溢れた瞳に写った最後の光景は、力尽き地に倒れ伏す最強の勇者の姿と、そんな彼を囲むように穏やかな笑みを浮かべる、彼のかつての戦友たちの姿であった。


それが幻想であったのか、それとも神と呼ばれる魔法生命体が、戦い抜いた勇者に与えた最後の褒美であったのか、憎しみと怒りの感情に思考を支配されていたその時のマギアの脳では、理解することも出来なかった。


しかし、その日その世界から、マギア・ブーティスという最凶最悪の災害が消失した事実は、嫌々ながらも理解せざるを得なかったのだった。

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