嘘つきたちのアリア

月野 蒼

第一章 廻る歯車

第1話 家族の秘密

「リアム、エリック。こちらにきなさい」



普段よりも幾分顔を暗くされた父様が俺と弟のリアムを応接間へ呼び出した。


そこには父様と同い年くらいの男の人と腰に長い薔薇色の剣を刺した怖い顔をした人が座っていて。



「君たちがゼアライト兄弟だね。私は宮廷医のエマ・フィルノットよ、よろしく。そしてこちらは王国騎士団長のロドリック・キーン」



優しそうな微笑みをたたえて、握手を求めるフィルノットさんに軽く会釈を返した。



「父様、これはどういうことでしょう?俺たちに何か問題でも?」


「話すのが遅くなってしまったが……エリック、それからリアム。お前たちに検査の必要があってな」



検査か、何の為だろう。


俺には特に悪いところはないし、リアムだって元気そのもの。


ただ……父様の言いにくそうな重い口調も気になる。



「私が説明するわ」



視線を父様からフィルノットさんに移せば、にこりと人好きのいい顔で笑って、優しい声で説明を始めてくれる。



「君たちの血液に、吸血鬼の血が順応しないかどうかを検査させてもらうの。


王国令で10歳〜15歳の間に国民全員に行うと決められていることなのよ、ごめんなさいね。

特にまだ小さいリアム君は怖いかもしれないけど、我慢してほしいわ。


それじゃあ、始めてもいい?」



吸血鬼……そんなの小説の中だけの存在じゃないのか?



「リアム、怖いか?大丈夫か?」


「兄様、大丈夫です。ちょっと考え事をしていただけで」



「そっか。とりあえず兄さんが先にやるから、な?」


「頑張ってくださいね、兄様」


少しだけ不安そうなリアムの頭をぐりぐりと強く撫でてやる。


へらりと笑った顔に、俺の肩の力も抜けた。



その途端、視界の隅に映る鮮血。


…………あれが、吸血鬼の血なのか。反応しないといいけど。



「それじゃあエリック君、失礼するよ」



フィルノットさんの声と共に兄様の筋張った腕に注射器が刺された。



ジュワッ……!!



その瞬間、注射器の中の血が弾かれ床にこぼれ落ちる。


焦げ臭い匂いだけが残り、すぐに消えた。



弾かれた、ということは俺は大丈夫だったってことか?


小さな刺傷がついた腕は今までと何ら変わらない。



「ゼアライト侯爵、彼には王家の血が流れています。それもとても濃く強いものよ。どういうことです⁉」


そんな俺の横をフィルノットさんが父様に掴みかかりそうな勢いで、声を少しだけ荒げた。


……俺に王家の血が流れてるってどういうこと、だ?



力強く揺さぶられている父様の顔は少しだけ曇っているように見える。



「エリックは王家とは何の関わりもない。


私、ウィル・ゼアライトと亡き妻、レイア・ゼアライトとの子です」


「吸血鬼の血を弾くことは誰にでもある反応です。というかそうでないと困る。

しかし!吸血鬼の血を喰らうように弾き、その後消えるのは、王家の血と混じった時だけなんです!」


「ですから!関係ないと言っています、何かの間違いでしょう」



父様とフィルノットさんの語気が強まり、部屋の空気は一段と重くなった。


……母様が、王家と関係があったりしたのだろうか。

俺が小さい時に亡くなったとしか聞かされていない母様の存在。


父様があまり話したがらないから聞いてこなかったけど、間違いだったかもしれない。


その時、母様の写真立ての前でロドリックさんが立ち止まった。



「失礼、侯爵。今仰った奥様は、この写真に映るレディで間違いありませんか?」


「えぇ、そうですが……」


「では、奥様の旧姓をお伺いしても?」



コツコツコツ



時計が時を刻む音だけが響き渡る静かな部屋。


さっきまで普通に応答していた父様がいきなり黙ったことに俺の背中がスッと冷えた。


どのくらい時間が経っているのかはわからないけど、当事者の俺がこれ以上黙ってるのは何か違う気がするな。



「父様、ロドリックさんの質問にお答えください」


「エリック……」


「侯爵、権力を振りかざすわけではありませんが、このまま無視を決め込むようであれば、それ相応の措置が取られることは覚悟の上、ということですね?」



二人の勢いに気圧された父様は、肩をわかりやすく落とした。



どうしてだろう。暖炉がついているはずなのに、寒い。


自分の両腕をギュッと握っても、あまり変わりはしない。



俺たちはただ父様の話を待つしかできなかった。



「父様!!」


「………妻の旧姓はドロテアと言います。レイア・ドロテア」



苦しそうな顔をした父様がそっと呟いたのは、今は亡き母様の名前。



「ドロテア……まさか」



なに。何が起きているんだ。


こわい。なんだか、家族がバラバラになってしまいそうな……。



「にい、さま?」


「だいじょうぶ、大丈夫だよ。リアム」



すごく不安そうなリアムが俺の手をぎゅっと掴んだ。


この温かさだけが、この暗い部屋の中で安心できる唯一。



リアムのこと守らないと、兄としてしっかりしなきゃ。


いつも通りリアムの頭を撫でようとした時、反対側からロドリックさんに引き寄せられた。



「侯爵、つまりエリックさんには王家の血が流れている、そういうことですね?」


「それもリュクシー最後の一族の血よ!」



先ほどよりも声色を明るくしたフィルノットさんは、さっき俺から取った血に何やら呪文をかけて、電気に透かしてみたりと忙しなく動いている。



「……リュクシーとはなんですか」


「光の眷属に祝福を授けられた者たちのことよ。

彼らは吸血鬼に血を吸われた人に、自分の血を垂らすことで人々を救っていたと言われているの。

Mr.ロドリック。貴方の一族もそうなのよね?」


「はい。リーズ王国にまだ吸血鬼が存在していた時代、彼らの持つ血液は貴重とされ、王家から特別な恩恵を受けていました。

中でも私達キーン家は身体能力に長けているので、こうして代々騎士団に所属し、吸血鬼から国民を守っていました。


現在では、吸血鬼は残存していないとされているので王国全てを守っていますが」



「ドロテア家はその中でも治癒の能力に長けていたそうよ。だからきっとあなた達の母君は多くの人を助けたのでしょうね」



今まで聞いたことのなかった母様の話。

……どうしてこんないい話をずっとしてくれなかったんだ。



「ねぇ兄様、検査頑張ったらもっとお話聞けるかな?」


「そうかもな、頑張ってみるか?」



「うん!フィルノットさん、僕もお願いします」


「あぁ、君も検査をしなくてはならなかったわね。さぁ、こちらに」



細い注射器から真っ赤な血が一滴溢れた瞬間、




「危ない!!」



フィルノットさんが目の前から消えて、キーンさんの緊迫した声が耳に届いた。



「……『クレール・ド・リュヌ』」



バサッッ



「ぐ、ああぁぁあぁッ!!」


「リアム!!」



いたい、いたい、いたいッ!!



「たすけ、て……父様、にい、さ……ま……っ!」


「お下がりください、侯爵!彼は今、危険です!」



「リアム、!」


「エリック様、ダメです。あなたは王家の跡取り、こんな吸血鬼に傷つけられていい存在じゃありません……!」



リアムが、吸血鬼……?そんなの嘘に決まってる!


だけど、リアムの目の前には険しい顔のロドリックさんが立っていて近寄れない。



「……助けて、!」


耳に届く悲痛な叫び声が痛々しい。


俺にできることは何だ、考えろエリック。



「これは一体どういうことですか…!リアムが吸血鬼?あり得ない!」


「いいえ、これは吸血鬼化以外のなにものでもないわ!エリック様を連れてはやく逃げて!」



まずい、このままではまた行動を制限をされてしまう。


あぁ、もう形振りかまっていられない!


「どいてください、ロドリックさん!!」


「駄目です、エリック様!」



「やめろ、離せ!リアムは僕の弟だ。はやく助けないと、!カーテンをしめて、」


「なりません!今、月光がなくなれば、彼を制御できなくなる。貴方の身になにかあれば……私は」



立場とか、今はそんなのどうだっていい。

俺が家族を守るんだ。



「……王家の跡取りだとか、リュクシーの末裔だとか、そんなこと僕には関係ない!

僕は父様の息子で、リアムの兄です!


苦しんでいる大切な家族に手を差し伸べないなんて、そんなの……!」



ごめん、もうすぐだからな、リアム。兄様が助けてやる。


右側はロドリックさんの静止があるから、左側で……クソッあと少し届かない。



「ロドリックさん、放してくださいッ!」


「……あのね、エリック君。この検査で吸血鬼の血に順応し、吸血鬼へと変貌してしまうのはここ100年無かったことなの。だから、」


「まさか……!


『ラルム・ドゥ・ヴェール』


エリック様。ここから動ごかないでください」



「出せ!リアムが、!」



俺の前に貼られたドーム型のバリア。

ドンドンと壁を叩いてもびくともしない。


誰も状況がわかるように話してくれない。



苦しむリアムのために何もできないのか、俺は。


「リアム……!!」


「う、あぁぁぁぁ!!」



バンッッ!!



「……これは、まさか」


「闇の祝福を、この目で見る日が来るなんて」



ドームにべっとりとくっついた黒い液体。


俺の右手も同じように真っ黒に汚れている。






その瞬間、大きな音を立ててリアムが床に落ちた。



「『ロワン・テネーブル』」




今の声、リアムじゃない。誰だ……!

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