大銀杏

黒月

第1話

 今から30年前、私が小学校6年生の頃の話だ。当時、私の通っていた小学校は修学旅行先が鎌倉だった。前年度までは日光だったので行き先が変更になったことに不満はあったものの、修学旅行は最も楽しみな学校行事であった。

 

 ちょうどその時期は社会の授業で「鎌倉幕府の成立」を習った。当時はまだ「1192(いいくに)作ろう鎌倉幕府」の語呂合わせの年号が正しいとされており、そう覚えさせられた。

 

「この、鎌倉幕府所縁の地に修学旅行で行きます。どこかわかりますか?」

 担任のS先生がクラス全体に尋ねた。眠気覚ましに、と先生は修学旅行の話題を持ち出したのかもしれなかった。

「ハイ」

一人の女子の手が挙がった。

「鶴岡八幡宮です。」

「そうだね。鶴岡八幡宮は源頼朝が現在の場所に建てました。かなり大きな神社だから見応えあると思うよ」

「先生、行ったことあんのー?」

クラスのお調子者が発言した。


「あるよ。じゃあ、ここにまつわる怖い話をしようか。」

クラス中がざわついた。私たちの世代は所謂「学校の怪談」ブームだったので、怖い話と聞くと強く興味をそそられるのだった。

だが、普段温和なS先生の口から怪談とは意外だった。


 先生の話はこうだ。1219年、3代将軍実朝が、参拝のおり石段脇の大銀杏に身を隠した甥の公暁に暗殺された。今でも写真を撮ると、石段の13段目あたりに顔らしき白い靄が写るという。


 それを聞いたクラスのお調子者連中は「心霊写真じゃん!」と大騒ぎになった。修学旅行では我こそが幽霊をカメラに納めるべく、皆が使い捨てカメラを持参し、父親から高価なカメラを借りてきた者まで現れた。

 そして、当日は社会の授業で習ったことなどそっちのけで「心霊写真撮影大会」となってしまい、先生方に「真面目に見学しろ」と大目玉を食らったのは言うまでもない。


 結局、旅行を終え現像された写真にはどこにも心霊写真と思われるようなものは写り込んではいなかった。石段と大銀杏、そしてお調子者たちのばか騒ぎがおさめられていた。

 クラスメイトは皆、「先生の言ってたのは作り話かよ」と落胆していたが、徐々に忘れ去られていった。


 後日、私の家を整理していると古い旅行雑誌が出てきた。おそらく両親が購入したものだ。タイトルは「鎌倉」。良く見ると表紙に見覚えがあった。銀杏、石段。鶴岡八幡宮だった。やや中央に巫女さんの歩く姿。先生の話を思い出した私は階段を数えてみた。

 思わず、背筋がぞくりとした。13段目に小さな、顔とも思える白い靄があったのだ。


 私は再びここを訪れた際には石段の写真を撮ってみようと長年思っていたのだが、大銀杏は2010年の強風により倒れてしまった。

 件の旅行雑誌も引越の際に処分してしまったので、S先生の話も確める術がなくなってしまった。

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大銀杏 黒月 @inuinu1113

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