いたずら Another

やざき わかば

いたずら Another

 褒められたものではないどころか、怒られるかもしれないが、俺の最近の楽しみは『昔の兵隊のコスプレをして、近所の山道を深夜に歩く』ことだ。


 最初は、単に着ていく服がなく、まぁ人通りもないだろうから平気だろうと、コスプレ衣装を来て夜の散歩をしていただけだったのだが、目撃者がいたのだろう。俺のことを幽霊だとして、噂になっているようなのだ。


 まぁ、悪いことをしているわけではないし、退屈な現代に一滴のエンターテインメントを提供していると思えば、なんとか許してもらいたいものだ。


 不定期に、そんな夜中のコスプレ散歩を続けていたら、なんと俺が推している心霊系YouTuberが、俺を特集取材するというのだ。正しくは俺ではなく、俺が扮した兵隊の幽霊なのだが。


 これは張り切って幽霊になり切らなければ。


 果たしてその日、そのYouTuberは撮影をしながらも本気で怯え、早々に走って逃げていった。俺はやり遂げた。あの山道は、さらに心霊スポットとして名を馳せることになるだろう。


 そして、待ちに待った日が訪れた。あのYouTuberが、動画を更新したのだ。俺はじっくり鑑賞しようと、シャワーを浴び、酒を用意して、ヘッドホンを装着し、心の底から楽しみにしていたその動画に見入った。やはり俺のコスプレは完璧だ。


 しかしながら、さすが心霊系で有名な大人気YouTuberだ。恐れ慄いているが、ちゃんとカメラはこちらに向いているし、何より同行者の動きもカメラに入れている。しかしここまで観て、ある違和感を覚えた。


 カメラが微妙に、俺自身を捉えていない。俺の少し上を撮っているように見える。


 よく見ると、同行者も俺の顔ではなく、少し上を見ている。俺ではない。俺の後ろにいる何者かを恐れているようなのだ。


 考えてみたら、今まで俺が驚かせてきた人々の中で、ここまで俺に近付いてきたやつはいなかった。俺が気付いていなかっただけで、もし、他の連中も『俺の後ろにいるやつに驚いていた』としたら…。


 そこで俺は気がついた。背中に何かいる。何かの気配がある。冷や汗が垂れ、一切動けない。気配が強くなってくる。テンションが張り詰めていくように、恐怖心と緊張感が強くなっていく。耳鳴りが酷い。冷や汗がとまらない。


 後ろから声がした。



「ねぇ、聞いてる?」





「え? 女? え?」


 俺はもう完全にパニックになっていた。自慢じゃないが、俺にはしばらく彼女はいないし、周囲に女の人なんて住んでいない。


「あ、やっと聞こえた? もしもーし?」


 心臓が破裂しそうなほどに恐怖を感じているというのに、聞こえたのは気の抜けた女の声だった。後ろを振り返ると、普通に可愛らしい女の子が、ふわふわと浮いていた。


 しかも少し透けている。


「か、勘弁してくれ。俺はあんなイタズラをしておいてなんだけど、幽霊とかお化けとかが死ぬほど苦手なんだ」

「なに言ってんの。私は貴方を助けてあげてたのに」

「へ?」


「貴方、いつもドヤ顔で兵隊さんの格好で歩いていたけどね」

「うん」

「お尻、破れてるよ。パンツ丸見えで恥ずかしいから縫ったほうが良いよ」

「は?」


 鏡で見てみると、たしかにズボンが派手に破れて、殆ど尻が見えている。これは恥晒し以外の何者でもない。


「私、浮遊霊なのに貴方の後ろについて、見えないようにしてあげてたんだから」


 幽霊はドヤ顔をする。


 ああ、そうか。今までの深夜のコスプレ散歩で、恐れ慄かれていたのは俺ではなく、彼女だったのだろう。


 俺はあくまでも、幽霊に取り憑かれた可哀想な残念コスプレ徘徊男、として見られていたのだろう。


「何を落ち込んでるの? とにかく、それからずっと話しかけていたのに、全然聞いてくれなかったから困っていたけど、もう大丈夫だね。ちゃんとズボン直してね。それじゃあ」


 俺はホッとした。見た目や俺に取り憑いた理由がなんであれ、幽霊なんて恐ろしいものと今までずっと一緒にいたなど、幽霊がとにかく苦手な俺はゾッとする。


 こういう存在は、話に聞くだけでいいのだ。実際に見たり取り憑かれたりするのは、ごめんだ。心底そう思う。


「あ、あれ?」


 幽霊がなにか戸惑っている。


「ごめん。しばらく貴方に取り憑いていたものだから、離れられなくなっちゃった。本格的に憑依霊になっちゃったみたい。ということで、しばらくよろしくね」


 今まで、他人を脅かしていた罰があたったのだろう。俺はこれから幽霊と生活を共にする恐怖に、心身から震え上がった。


 最初からいたずら心なんて、起こさなければ良かったのだ。賢明な皆さんは、俺に習い、こんなことは最初からやらぬようにしてほしい。


 幽霊を騙っていたものが、幽霊に取り憑かれる。

 自分で言うのもなんだが、世の中はいろいろ間違っている。

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