腹の奥から湧き出す悪意 その2
「くぅっ……!」
ルチアが準備していた魔術を展開する。
三方向から襲って来た蔓は、的確かつ同時に発生した防壁によって阻まれ、大きく弾かれた。
しかし防ぎ切ったものの、防壁もまた無事ではない。
他の追随を許さないほど強固な筈の防壁は、その一撃で大きくヒビが入ってしまっている。
ルチアは即座に防壁を解除して、また新たに張り直した。
続く攻撃を防御し切ると、ドーワは自らも蔓の攻撃を乱高下しながら躱していく。
「うわっ……!」
「ひぃぃん……!」
ただ見守る事しか出来ないレヴィン達は、背棘を掴んでいるだけで必死だ。
時に急降下し、時に急旋回する動きに翻弄されて、周囲を窺う余力すらない。
その間にも、ミレイユは魔力を練り続け、魔術の制御を続けていた。
ドーワの動きに振り回されず、むしろ一体となって動きに合わせている。
巨花への距離は、ぐんぐんと迫る。
だが、それを追って背後から、先ほど弾いた蔓が叩き落とそうと迫っていた。
ドーワの速度が更に増す。
その時、前方から雲を突き破って、更に三本の蔓が顔を出した。
「どれだけ用意してるんだい、全く……ッ!」
ドーワからも、思わずといった悪態が漏れる。
速度を落として急旋回し、大きく迂回しようとしたが、背後から迫った蔓がそれを許さなかった。
「お任せを!」
ルチアが防壁を張って、これを阻止する。
ダメージは防壁が肩代わりしてくれるが、衝撃までは逃がせない。
蔓が叩き付ける質量は、防御しても空を飛ぶドーワには何かしら影響を及ぼした。
衝撃波が身体を激しく揺らし、その上に乗る者達も激しく揺さぶられる。
「ひっ、ひぃぃ……!」
その時、またも悲痛な悲鳴が漏れた。
アイナが背棘から手を滑らせてしまったからだが、その腕を咄嗟にヨエルが掴んだ。
「――おっと、いち抜けは無しだ」
完全に足が離れて、宙に浮いていたアイナを引っ張り、そのまま元いた背棘へと誘導する。
震える両手でそれを掴むと、精一杯の感謝を口にした。
「あ、ありがとうございますぅぅ……!」
その間にも、蔓は諦めることなく、更にしつこく追ってくる。
正面から迎撃しようと動く蔓もあり、これ以上迂闊に近付けない程だ。
「厄介だね、こりゃあ……!」
更に側面へと逃げて、巨花の背後方面へと回る。
しかし、どこを向いても蔓は乱立しており、近付く隙を与えてくれなかった。
「撹乱してくれている、ドラゴン達とも離れてしまった……。これでは囮の意味がない」
では戻るか、と考えても、事はそう単純ではなかった。
「上手く誘導されてしまったのかもね……」
ドーワの口調が固くなり、苦しげな息が漏れる。
防壁は確かに蔓の攻撃を防ぐが、その時に減速は免れない。
そして、攻撃が当たるかどうかに関係なく、巨大な質量の通過は気流を乱すのだ。
それが誘導になっていたとも言え、ドーワの発言は間違いとも言い切れなかった。
ミレイユが制御を続けながら、眼下を見つめながら声を飛ばす。
「ドーワ、何とかもう少し近付けないか」
「もう少し、と言われてもね……」
巨花への距離は、まだ半分近くも残っている。
そして、その間には更に幾つもの蔓が乱立していた。
背後に回っただけあって、正面よりはその数も少ないが……しかし、視界に入っている物だけで、まだ五本もある。
「正面のドラゴン達も辛いところだろう。墜とされた数も増えてきた筈だ。そうなれば、こちらに回ってくる蔓の数も増えるだろう」
「神の二柱が、上手く囮として機能しないかね」
「奴としては、何よりこっちを墜としたいだろう。この蔓の数が、その証明みたいなものだ」
一度抜き去ったからといって、諦める蔓ばかりではなかった。
定位置と思われる場所へ戻る蔓がある一方、追い縋る蔓の数もまた多い。
この場で必ず仕留める、という執念が見えてくるかの様だ。
「やってはみるが、これを掻い潜るのは……!」
その時、正面から一本の蔓が覆い被さる様に振り落とされた。
月光が巨大な質量に遮られ、夜の中に影が出来る。
「――拙いッ!」
ドーワはそれを急旋回して回避したが、その先にもまた蔓が待っていた。
「――防ぎます!」
ルチアが防壁を展開し、これを弾く。
防ぎはしたものの、防壁との距離が近過ぎ、一度の打撃で壁が割れた。
その衝撃に煽られ、ドーワの身体がきりもみ回転する。
「グゥ……ッ!」
それでもドーワには、空の支配者としての矜持がある。
素早く態勢を立て直したまでは良かったが、その時には、また別の蔓が側面から迫っていた。
それも一方向からではなく、更に時間差を設けて襲って来る周到さだ。
ルチアも油断していた訳ではないが、判断を間違い、防壁の展開が遅れた。
「――あたしがッ!」
アイナが咄嗟に防壁を張る。
しかし、ルチアに比べて遥かに性能の劣る防壁は、一瞬の均衡を生んだだけですぐに砕けてしまった。
「いいぞ、任せろ! ――ドーワ、耐えろよ!」
その時、一瞬の隙を突いてアヴェリンが間へ入り、メイスを下方に構える。
そして、一歩踏み出すると、掬い上げるようにメイスを振り上げた。
その踏み出した衝撃で、ドーワの身体が一時沈み込むも、アヴェリンの一撃が蔓を弾き飛ばした。
防壁で受けた時より、更に激しい衝撃が皆を襲った。
激しく上下しながらも、ドーワの高度が落ちる。
翼をはためかせて高度を維持しようとするが、迫る蔓が尻尾をかすり、それも難しかった。
ドーワの足の爪先が雲に掛かって、そしていよいよ雲中に沈んだ。
「いいぞ、そのまま行け……!」
ミレイユがドーワに現状の維持を指示する。
雲の中では視界が悪く、手の先すらも見えない程だ。
ドーワの上では、それぞれ手が握れる程の近くにいるのに、誰の姿も見えていない。
隠れ蓑として利用できると思ったのだが、背後から叩き付けてくる蔓は、ほぼ正確にドーワの位置を特定していた。
見失ったというには、攻撃に躊躇いがなさ過ぎる。
「場所が割れちまってる! このままじゃ、雲の中にいるだけ不利だ!」
何しろ、真っ直ぐ進んでいるかどうかも、分からない状況だ。
前方から襲って来るだろう蔓も、これでは当たってみるまで分からない。
「上昇するよ!」
「いいぞ、
ミレイユの指示通り、ドーワは上昇して雲を抜け出した。
先に翼、次に頭と、それぞれに雲の線が引かれる。
そうして抜け出した先には、三本の蔓が待ち構え、今まさに叩き潰さんと振り下ろされる所だった。
「拙い……ッ!」
ドーワは身体を大きく傾け、外側へと逃げる。
巨花への距離は遠退き、更に追撃で襲って来る蔓から逃げる為、また距離を離すしかなかった。
「ここでちょいと、暴れてみるかい」
速度を重視して飛ぶ際に、
だからここまで攻撃して来なかったのだが、ここに至っては有効な戦術になった。
巨花への距離は未だ半分――しかし、それは遠退いたから、そこまで戻った、という事でもある。
先程までは、更に距離を詰めていた。
「魔術を使える奴は、派手に撃ち込みな! 雲には向けるんじゃないよ!」
ドーワの掛け声で、ルチアとユミルが魔術を放つ。
手近な蔓を攻撃し、時に凍らせ、時に雷撃を見舞った。
そこへドーワがプラズマが発生する程の高熱線を口から放ち、蔓の一つを焼き切った。
しかし、そうして蔓を攻撃しようとも、精々が雲から見えている部分を損壊させたに過ぎない。
植物の成長を早送りして見るかのように、すぐさま蔓は元通りの姿を取り戻す。
「さて、逃げるよ」
「え、逃げ……!?」
レヴィンが驚愕の声を上げ、それで良いのか、と顔を動かす。
そして、唐突に気付いた。
いるべき筈の人物が、竜の頭に乗っていない。
「あ、あれ!? ミレイユ様、落ちちゃってませんか!?」
「落ちてるワケないでしょ。――ほら」
ユミルが指差した方向には、丁度雲から飛び出した、一つの人影があった。
月光に煌めくその姿は、間違いなくミレイユそのものだ。
巨花への距離は、もう目と鼻の先にまで迫っている。
そして、ここまで来れば、何をしたのかレヴィンの頭でも理解できた。
ミレイユだけは雲の中を隠れて飛び続け、そして今度はドーワこそが囮役を買って出ていたのだ。
ミレイユの両手には極大の光玉が掲げられており、光が尾を引く姿は非常に目立つ。
だから敵も当然、すぐに気付く。
だが、蔓が迫った時には、もう遅かった。
振り被ったミレイユが、その光玉を背中を反りつつ全力で投げ付ける。
「目を閉じなさい!」
ユミルの警告が聞こえた直後、視界が白一色に塗りつぶされる。
巨花に直撃した魔術の名前は、『禁忌の太陽』という。
たった一発で、国すら消滅させる極大の魔術だ。
一瞬にして爆発が周囲数キロに渡って起こり、凄まじい衝撃が天を走る。
ドーワもそれに吹き飛ばされたが、次いで始まる爆縮で、強制的に爆心地へと引き込まれそうになった。
「――今、結界を!」
外界と完全に切り離されてしまえば、爆発の規模は関係ない。
直後にキンッ、と澄んだ音がして、ドーワの周囲を完全に切り取ると、それでようやく全員が安堵の息を吐いた。
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