毒花黒樹 その8
巨花の防衛範囲は広く、迂闊に接近する事を許してくれなかった。
ならば、遠大な距離から攻撃を行えば良いか……と言えば、そうではない。
それはつまり、距離があるだけ軌道を読まれ易い、という意味でもあった。
「……が、試してみるか」
ミレイユは魔力を練って、魔術を制御する。
使用するのは、様子見の時に、とりあえず使う事にしている『爆炎球』だ。
弾速も遅くはなく、剣士の間合いならまず躱せない代物で、間一髪避けても爆風に煽られダメージを負う、という代物だ。
蔓で迎撃されるにしろ、二本の蔓だけでは、それにも限界があるだろう。
どの程度攻撃を防ぐのか、それを見定めるつもりで魔術を放った。
「……はっ!」
特別に魔力を大きく込め、特大サイズの『爆炎球』を作り出す。
腕を頭上で掲げ、両手を広げた程の直径になったそれを、手首にスナップを利かせて投げた。
この『爆炎球』、特大サイズには違いないが、巨花に対しては余りに小さい。
いっそ、豆粒よりも小さく感じられる程だ。
直進した『爆炎球』は、程なくして蔓に迎撃され、そして接触と同時に爆発を撒き散らした。
元々の大きさが大きさなので、爆風の威力もそれなりに高い。
その煽りを受けてドーワも揺れた。
今度はアイナから悲鳴は上がらず、代わりに必死に押し殺した悲鳴が漏れる。
『爆炎球』は迎撃されたものの、蔓の先端から中程まで損傷したのが見えた。
しかしそれも、既に再生が始まっている。
完全な元通りにはまだ時間が掛かりそうだが、一分と経たずに完了するだろう。
「……予想通りの結果ではある」
「というか、距離があり過ぎるのよね。命中するまでどんだけ時間掛けてんの、って感じ。正直……遠近感、狂うわ」
「まぁ、そうだな……」
結局のところ、蔓の防衛範囲が広すぎる事が問題だ。
しかも恐らく、再生に使えるエネルギーは無尽で、それどころか再生させる毎に、大地が損なわれる厄介さだ。
だから一気に巨花を滅し、それから即座に『核』を見つけ出し、滅ぼしてしまうのが最善策だろう。
しかし、この世で最も速く空を飛べるドーワでさえ、あの蔓を掻い潜るのは容易ではなかった。
「だが幸い、蔓も巨大だからこそ、その再生には時間が掛かる。第二射、第三射と続ければ、どうにかなりそうにも……」
「ちょっと思ったんですけど……」
ルチアが杖を所在なさげに弄りながら、遠く巨花を見つめて言う。
「あの花を損傷させられたとして、ですよ? また再生されちゃったら、どうするんです?」
「蔓でさえ、そこそこの時間を掛けるんだ。あのサイズとなれば、そう簡単には無理だろう」
「あれが本体、という可能性は?」
「激しい抵抗を見る限り、有り得そうに思えるが……」
最初こそ無反応に近かったが、いざ攻撃されてからは、異常な程の広い防衛圏を築いている。
今では常に蔓を持ち上げ、迎撃体制を整えている程だ。
それを思えばあるいは、と思えるものの、やはりミレイユは首を横に振った。
「黒粉を吐き出す所と言い、実に
「あぁ……、堂々と姿なんて見せない……。だから、一番目立つ所にポンと自分を置くとは思えない、と……」
「そうだ。だから、あの花が本体じゃない、と考えている。それなら、実は土の下に埋まってる、という方を採用したいぐらいだ」
「ですね、そっちの方がしっくり来ますか」
実際のところは知りようのない事だ。
しかし、最初は根本を攻撃していたモルディには、殆ど無関心だったという。
そして、そこから上昇するほど、抵抗が強くなり始めた、とも言っていた。
ならば、やはり幹の中腹か、あるいはそれより上に居る、と考えるのが妥当そうではある。
「それに、あの巨花が奴の野望を叶える、
「……その割に、積極的に攻めては来ないのよね」
ユミルが花と蔓の両方を見ながら、猜疑心たっぷりに嘯いた。
「あれだけ警戒心たっぷりなのに、防御一筋ってのが本気でイヤになるわ。勝ち逃げを狙ってるって、本当に本気なの……?」
「だが、我々だって死ぬまで攻撃を止めない」
「そうよね。ここまで接近させた時点で、そんなのアイツにだって分かってるでしょうに」
「遠くの相手を攻撃手段を持たない……? つまり、そういうことか?」
アヴェリンもまた、猜疑の視線を強くさせながら、呟く様に言う。
「あるいは、何かを待ってるとか……」
「イヤだ、イヤだ。ホントにそうなら、絶対ろくでもないってば。様子見も大概にしとかないと、後で痛い目見るわよ」
「……そうだな。負けられない戦いだからと、少し慎重になり過ぎていたかもしれない」
ミレイユは素直に認めて頷く。
しかし、現実問題としてどう戦うか、という難題が立ち塞がっていた。
――あの巨花に通用する魔術はある。
しかし、それは最終手段とまでは言わないものの、なるべく使いたくない魔術でもあった。
「……とはいえ、有効と言える魔術は現状、あれしかないか……」
「……使うの?」
「あぁ、どうやら他に手段もないようだしな。魔力を根こそぎ持っていかれるから、なるべく使いたくないんだが……。そうも言ってられない状況だ」
命中すれば、一つの街程の大きさを持つ巨花だろうと、間違いなく消滅させられる。
巨花だけに留まらず、樹冠とその枝葉に至るまで、全て蒸発させられるだろう。
幹については、その頑丈さが未知数なので、どこまで波及するかは分からない。
しかし、無事で済まないのも確かだった。
「……問題は、命中させられるかどうかだ。弾速は決して遅くないが、『爆炎球』と比べても僅かに速い程度だろう」
「蔓で防がれるでしょうねぇ……」
「……恐らくな。そこで爆発しても、巨花全体を巻き込めるかは微妙な所だ」
「どちらにせよ、無事では済まされないと思うけど?」
「あっちもどうせ再生持ちだ。花弁なり、中心の口を少し削ったくらいじゃ、完全に滅したりしないだろう」
「……つまり、直接ブチ込む必要があるってワケね」
ミレイユは無言で首肯する。
一般的に大規模魔術と言える範囲は、軍に対して使える規模を指す。
数千人が集合している状態で、その範囲を攻撃できるのが条件とされるし、一般的には数百人規模でも十分と見做される。
ミレイユが使おうとしているのは、その規模すら越える最上級魔術で、都市一つを陥落させ得る代物だ。
だから、それに応じて爆発の余波も大きい。
本来、使うとなれば、今の距離より更に離れて使うべきなのだ。
しかし、それだと途中で迎撃され、爆心地の外れた攻撃では、巨花を打ち倒すのは不可能かもしれない。
一度失敗したからと、二度目がある魔術でもないので、確実に命中させる方法を模索しなくてはならなかった。
「直接ブチ込むのは良いが、問題は蔓だ。掻い潜るのは簡単じゃないぞ」
「一度、逃げ帰っているワケだしねぇ」
「おや……、あまり愚弄おしでないよ。一度やられて軌道は見えた。次は躱してみせるさ」
その自信は頼もしいが、万が一を考えると、警戒しない訳にもいかない。
そして確実に到達できるか、と言えば……やはり無理があると思わざるを得なかった。
「どうせなら、囮が欲しいな……」
「一体に的を絞って攻撃してくるから、躱し辛いんだものね? 確かに他にも的があれば、話は違って来るかもしれないわ」
「でも、優先的に狙うのはドーワであるのは、変わらないんじゃないですかね? 何しろここには、ミレイさんがいる訳ですし……。他を無視して攻撃する意味は大きいですよ」
「そうか、囮としての価値がない。……あぁ、いや! 先程、多くのドラゴンを失わせてしまった手前、こんな言い方は悪かったが……」
ドーワは鼻から炎混じりの息を吐き出し、否定の声を上げた。
「気にする必要はないさ。大神の為に命を掛け、世界の命運を護る為に散ったんだ。そして、そういう覚悟をして戦場に出て来た。些かも問題ないね」
「そう言ってくれると有り難い……」
「だが、そういう事なら、他の竜らに中止を掛けずにいたのは正解だったね」
「中止……?」
ミレイユが首を傾げて尋ねると、小さく笑いながらドーワが答える。
「さっき言ったじゃないか。手近な者から呼び寄せる、ってさ。……だから今、その手近に居なかった奴らが、集合しようとしてるよ」
その言葉を証明する様に、一方向から色とりどりのドラゴンが姿を現した。
しかも、ただドラゴンの数が多いだけでない。
その先頭集団の中にはハイカプィとその神使が乗っており、更にはインギェムまでいた。
神々を乗せたドラゴンは、滑る様に近くまで来て、ミレイユと話し易い位置で速度を一定に保った。
「……何でお前らまでここに?」
「何でも何もないでしょう? 庇護すべきあたくしの兵が、あの黒粉によって奪われたのよ。到底、看過なんて出来ないわ」
「己はオマケみたいなもんだがよ、どうやら価値ある囮ってのを欲してるみたいじゃないか。だったら、己らが乗った竜は、襲う価値ありって思われねぇか?」
ハイカプィとインギェム、それぞれから澄まし顔で言われ、ミレイユは微笑して返す。
「随分、殊勝なことを言ってくれるな。……あぁ、確かにお前達は落とすに足りる囮だ。奴に一泡吹かせる為に、どうか協力してくれ」
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