砂となり、塵となり その5
「……終わりだ、今度こそ。アルケス、裏切りの罰はここで受けて貰う」
「馬鹿を言うな……! 取るに足らん人間如きが、誰を裁くだと……!? 思い上がりも……いい加減にしろッ!」
「お前はその、取るに足らない人間を使って、都合の良い駒として扱い……。そして、その取るに足らない人間に、首を斬られるんだ」
疲れからか、レヴィンの言葉にも力が乗らない。
しかし、そこに籠もる意志は何より強固だった。
――決して逃がしはしない。
――ここで決着を付ける。
その思いが、レヴィンの中で渦巻いている。
「お前の計略と暗躍で、一体どれだけの人が犠牲になった? ただの捨て駒として、喪われる前提で日本人を攫って……、その人達の無念を考えた事はあったか? ――全ての人に変わって、お前の不義に鉄槌を下す!」
「ゴミクズがどれだけ犠牲になろうと知ったことか! 全ては新たな神の誕生の為! そして再臨の為! その礎となったのなら、
「あぁ、良かったよ……」
レヴィンのカタナを握る力が増し、ギュウ、と絞る音がした。
「手加減しなくて済む。お前が根っからの悪で、この世の害悪と分かったからには、良心の呵責を覚えなくて良い。……気が楽だ」
「もう勝った気でいるのか……! だから人間は愚かだというのだ、塵め! 自分達が何処へ俺を運んだか、それさえ理解していない!」
レヴィンの目がスッと細くなる。
そして、何を言いたいか理解するより早く、その足は駆け出していた。
それはエモスも同様だ。
二人掛かりで一足飛びに距離を縮めながら、焦る気持ちと共に柄を握る。
アルケスに。どのような企みがあるかまで理解していない。
しかし、何かあるのなら、先んじて潰した一心で疾走る。
エモスが跳躍して上から迫り、下からはレヴィンがアルケスへと迫る。
しかし、行動の完了はアルケスの方が一瞬、早かった。
「日本人がどうだと言うのだ!? 異世界人だからこそ、好き勝手……塵の様に扱って……何が悪いッ!」
アルケスはレヴィン達を迎撃するのではなく、その背面――壁に向かって腕を突き刺す。
貫いた穴はヒビ割れと共に割れ、穴が更に拡大した。
そして、その先には汗を流して石壁を制御する、アイナの姿があった。
強く目を閉じ、祈るように手を合わせていた彼女は、アルケスの出現に一瞬気付くのが遅れた。
レヴィンがアルケスの背を追い、その背中に一太刀入れるには……、いま一歩遠い。
歯を食いしばり、一歩の差を縮めようとしたが、間に合わない。
アイナの驚愕する表情が、レヴィンの網膜に強烈な光となって焼き付いた。
※※※
アイナに任された仕事は、石壁の生成と、その堅守だ。
エモスが一命を取り留め、そしてハイカプィ神の力で復活したその時、その様な作戦を立案された。
「厄介なのは、あの吸収する能力だ。あれをどうにかしたい」
「どうにか、と言われても……」
アイナは弱り顔で固まってしまい、それ以上気の利いた返事が出来なかった。
そもそもアイナとて、淵魔に対しては素人みたいなものだ。
エモスからすると、レヴィンと行動を共にしているから、当然アイナも討滅士と思っているのだろうが、そこからして誤解だった。
交戦経験はあるものの、それにしても逃げ回っていた様なもので、真剣に向き合った事はないのだ。
「他者を喰らって力に変えるのは、淵魔が持つ特性だと聞いたぞ? しかし、共食いするなぞ聞いてない。実はそういう生態なのか?」
「いえ、喰らうのは魔物や魔獣や人間だ、とは聞いた事あります。……それに、そうですね、共食いの話は一度も聞いたことはありません」
「では、あやつが持つ特性、と考えるべきなのかもな。対象を選ばず、その生命たる力を吸い尽くす……そういう類の」
「多分……そう、思うしかないと思います」
煮え切らない応えに、エモスは機嫌を悪くしながら問いを重ねた。
「何だ、頼りないな……! 討滅士ってのは、淵魔の専門家なんだろう? 聞いて呆れるわ」
「すみません、あたしはその討滅士じゃないもので……」
「尚更、頼りないな! では、お前に何が出来る!?」
そう言われても、自信を持って言えるのは、傷の治療ぐらいなものだ。
それもハイカプィ神と比べたら児戯に等しく、殊更口に上げられるものではない。
沈黙してしまったアイナに、エモスは苛立ちを隠さず告げた。
「お前はアレだ……。支援術とか使えるんだろう? 刻印ありきの魔術士タイプか?」
「あ、いえ……。それについては、あの……理術というものを修めていまして……」
「魔術と、どう違う?」
「極論を言うと、同質のものではないかと……」
それを聞いたエモスは、よしと頷き、今も戦闘中のレヴィンとアルケスを見やった。
「壁は作れるか? 頑丈であれば、頑丈であるほど良い」
「石壁程度なら、可能ですけど……」
「石か……、頼りのない……。が、贅沢も言っておれんか!」
アイナは次に続く言葉に不安を覚え、戦々恐々とする。
果たしてエモスの口から飛び出たものは、驚愕すべきものだった。
「奴をすっぽり、その壁で囲んで隔離しろ」
「――壁で囲む!? む、無理ですよ! そんなに大きいもの、とても無理です!」
アイナは端から無理だと、降参のポーズで手を振った。
「だが、淵魔全てを掃討するのは、現実的ではない。仲間も良く頑張ってくれているが、実際問題として抑え続けるので精一杯だろう。それでは、ヤツから餌は取り上げられん!」
「そうでしょうけど……」
「だから、お前でやるんだ。物理的に壁を作って隔ててしまえ。吸収できなくなれば、倒すこと自体は難しくない」
「そうはいっても、強度の問題もありますよ……! 淵魔だって壁を破ろうとするでしょうし、上に蓋までは出来ません!」
「……なんとか、上手く壁を積み上げて倒すとか出来ないか? 淵魔の侵入さえ防げれば……」
アイナは更に強く手を振って、強硬に反対する。
「いや、そんな乗せただけなら、いつ壊されるか分かったものじゃありませんよ……! というか、淵魔からすればズラすだけで良いわけで、それで天井が落ちてきたら目も当てられません!」
それに、とアイナは鼻息荒く続ける。
どうにか作戦を頓挫させようと必死だった。
「採光の問題もあります。真っ暗闇にされたレヴィンさん達は、どうやって戦いますか? 逆にアルケスが、夜目に慣れていたら? 助けるつもりで、窮地に追い遣ることになりませんか……!?」
「――だったら、あたくしが手助けしてやってもよろしくてよ」
唐突に横合いから声を挟まれ、アイナは恐縮して動くを止めた。
神の言葉とはそれ程に重く、そして力を持っている。
近くで姿を見られるなど以ての外で、本来ありえない事なのだ。
最近は神々を目にする機会があって麻痺していたが、それでも近距離で、その姿を認められて話す機会があれば、緊張で身が竦む。
これまで大抵は、レヴィンの付き添い程度の扱いであり、そして多くはアイナに注目すらしていなかったから、尚の事その緊張は凄まじかった。
「ご、御無礼を……!」
アイナは咄嗟に膝を付こうとしたが、それをハイカプィが押し止める。
「今はそういう事してる時間が惜しいわ。……ほら、エモスもそんな顔しない。礼儀を見せようとしてたでしょう? 今はそれで良しとしておきなさいな」
「ハッ……、失礼を」
鬼の睨み付けは、下手な魔物から見つめられるより恐ろしい。
アイナは今更ながらに身体を震わせ、そして続く言葉を待った。
ハイカプィは指を立てながら言う。
「あたくしがサポートしてあげるから、壁を作りなさい。そうしたら、こちらで上手く蓋してみせるわ」
「で、でも……。大きな壁とか無理ですよ。四角く囲むなんて、とても……」
「囲むのに四角形である必要はないでしょう。一辺が短いなら、その短い壁を大量に作って囲みなさい」
「そんな無茶な……! 数が多くなるなら、尚の事……そんなのやったことないです!」
エモスは堪り兼ねて、アイナに顔を寄せた。
今にも掴み掛かりそうな剣幕に、息を止めて強張る。
「死力を尽くしてやれ! やった事ないのだとしても、やってみせろ。今そこで、多くの同胞が、その生命を賭して戦っている……! お前も死ぬ気になってやらず、そしてこの状況でやらず、一体いつやるというんだ!」
「で、でも……やった事ないんですよ! 失敗したらどうします!?」
「失敗の事など考えるな! たとえしても、その時はこちらでケツを持ってやる! 次の作戦を考えるまでだ! 今はとにかく、淵魔と奴を突き離さねばどうにもならん!」
「はい、分かります……! 分かりますけど!」
エモスの気迫に押され、アイナは何度も首を上下させる。
そして、今まさに激戦を繰り広げるレヴィン達を見た。
――彼らの力になりたい。
それは間違いなくアイナの本心で、その気持ちこそが彼女の原動力だった。
「やります。やってみせます。……でも、成功したとしても、一つの壁あたりの力が弱くなります。長時間の維持も無理です。その事を、どうか念頭に置いてください」
「分かった、任せろ。お前はただ、タイミング見計らって、壁を作って囲めば良い。後はこちらで上手くやる」
「――はい、お願いします」
その約束を交わし、二人は分かれた。
直接的な戦力になれる彼女を羨ましく思い、そしてアイナは、自分の戦えない力だから、彼らを支援できるのだと心を燃やして理術を使った。
――そして。
気力を振り絞り、後どのくらい維持できるだろう、と額の汗を拭わぬまま、理術の行使を続けた。
石壁に穴が空いたと悟った時は、新たに石壁を出して防げたのは、奇跡だとすら思った。
もうどこにも、余分な理力は残っていない。
それでも続けられたのは、その中でレヴィン達が戦っていると分かっているからだ。
共に戦いたい気持ちは、この石壁が何より語ってくれる。
だから、その壁に穴が空き、何かが突き出た時、それが自分に目掛けた攻撃だと気付くのに遅れた。
槍にも似た人の腕が、アイナに迫るのを、ただ呆然と見つめてしまう。
せめて身体を捻るのが精一杯で、それ以上の反抗は不可能だった。
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