神刀奪還 その7
あれから三日の時が過ぎ、現在結希乃は、兵器回路の護送に参加していた。
走行している場所は、周囲が見渡せる高速道路で、建物の死角や横道など、気にする必要がない。
大型トラックの前後にジープが二台ずつ配備され、そこには正規の護送グループと共に、結希乃らも搭乗していた。
基本的に運転手は用意された兵で、結希乃たち理術士は助手席か、後部座席へ座っている。
いざという時、攻撃するにしろ、防御するにしろ、ハンドルを握りながらでは難しい。
だから、結希乃も今は、助手席に座って警戒していた。
外から見て、すぐ結希乃達だと分からないように迷彩服とヘルメットを被り、手には銃火器も手にしている。
理術士が銃を使うなど笑い話にしかならないが、敵の目を欺くには有効だとして装備している。
それに、理術士は武器一本程度、『個人空間』へ仕舞って持ち運べるのだ。
咄嗟に武器が必要な場面でも、変にもたついてしまう事もない。
「それにしても……」
結希乃は前方を走る、輸送用の大型トラックを見て思う。
回路一つを乗せるにしては、随分と大きな容れ物を用意したものだ。
運送用トラックよりも、更に一回り大きくした軍用トラックで、中には自動車どころか、それ以上大きな物をすら入れられる許容量を持つ。
回路の大きさを結希乃は知らないが、それでも余りに大き過ぎるとしか思えなかった。
「まぁ、中にも護衛の兵隊を入れてるのかもしれないけど……」
護送についての立案や、実際に運用する兵数などに、結希乃は多く関われなかった。
全て事後報告を通達されたのみで、あくまで結希乃達は、そこに参加する一兵士――あるいは傭兵という扱いだった。
何しろ、相当無理してねじ込んだ要請だから、こうした扱いでも仕方がない。
だから、荷の中身についての詳細や、実は隠された兵員がいたとしても、それを知れる立場になかった。
しかし、それは別に大きな問題ではない。
結希乃達の目的は、あくまでアシャーを誘き出し、捕縛すると共に神刀の在り処を吐かせることだ。
餌に食いついてくれれば御の字で、そして姿を現せば、必ず仕留める覚悟がある。
――何しろ、御子神様の援護あっての作戦だ。
どうあっても成功させる以外、選択肢がなかった。
ここで失敗した場合、アシャーは全てのパーツを入手したことになり、“カーテン”が完成されてしまう。
売り込む為には、実演も行われるかもしれない。
そうした蛮行を許すぐらいなら、神と神使達はいよいよ動き出すだろう。
神の手を煩わせる不敬を働いてはならない、という決意と共に、絶対の成功を強く誓う。
結希乃は改めて周囲を警戒した。
護送車両は時速百キロ以上で走行しているので、背後から追って来ようとすれば、どうしても目立つ。
周囲は開けた土地で、草木などが広がっていて、高速道路と隔てるものはガードレールぐらいだ。
基本的に草原地帯側のガードレールは途切れる場所がないので、そちら側から侵入もできない。
だから考えられるのは、反対車線から中央分離帯を横切って無理に侵入して来るか、後方から高速で追い付く事くらいしかなかった。
それは事前に部下達の間で共有されている事項で、前のジープに乗っている部下も殊更注意深く警戒しているはずだ。
敢えて食い付き易いよう流した情報だが、勘が良ければ食い付かない。
果たして、来るのか。
それとも、来ないのか。
長い緊張に晒されて、結希乃の気が気でなくなった、その時――。
草原側からエンジン音が唸りを上げ、轟音を立てて横合いから飛び出してきた。
「――なッ!?」
そちら側からだけはあるまい、と思っていただけに、反応が数瞬遅れた。
ガードレールは高めに設置されていて、普通ならば衝突するだけの無謀な特攻だ。
しかし、ジャンプ台を用意するなどして、飛び越えられない高さではない。
そのことを失念していた。
「来たわよ、備えて!」
結希乃が号令を発するのと、ガードレールを飛び越して来た車が背後に付くのは同時だった。
後続を走っていた一般車が、けたたましいブレーキ音と共に蛇行する。
突然の乱入者にハンドルを取られたのだ。
中には制御し切れず、隣の車にぶつかったりしていた。
結希乃は手にしていたアサルトライフルを手放し、代わりに『個人空間』から愛刀を取り出す。
座席から立ち上がり、背後を振り向くのと、ハンドルを握っていた兵の側頭部を撃ち抜かれるのは、ほぼ同時だった。
「くぅ――ッ!?」
ハンドルを握っていたのは一般兵だ。
ヘルメットはしていたものの、背後を確認した瞬間を撃ち抜かれた。
一気に車は暴れ出し、走行が蛇行しだして言うことを利かない。
結希乃は兵士を上手く座席へ押し付け、ハンドルを握って上手く立て直そうとするのだが、兵士の足はアクセルから離れてしまっていた。
みるみる内に速度が落ち、護送車両にも、そしてアシャーにも追い抜かれてしまう。
彼らが使っているのも、また頭を出せるタイプの車で、横を通り過ぎる一瞬、そのアシャーが余裕の笑みを浮かべて通り過ぎていくのが見えた。
「ふざ、け――ッ!?」
助手席からではハンドルを握れても、アクセルまでは踏み込めない。
速度は下がり続け、後続の車にぶつかりそうになった。
「ちぃ……ッ!」
激しいクラクションと共に、背後の車に追い抜かれる。
結希乃はそこで、前方を睨み付けながら理術を使った。
声を送り出すだけの拙い理術だが、こういう時には役に立つ。
「アシャーが護送車両に取り付く! 阻止しろ!」
結希乃が言うまでもなく、部下は異変を察知し行動していたが、アシャーの手際は敵ながら見事だった。
残っていた後続のジープに、発煙筒を撃ち込みながら、その車両の尻を突く。
そのままアクセルを踏み込み、無理やり後ろから押し付けると、前のジープ諸共、護送車両へ突っ込ませた。
そして、車から飛び上がってボンネットに登り、部下二名ともども飛び石を渡るように、前のジープの上も渡る。
ジープのボンネットから護送車両へ飛び移り、驚くべき身体能力でトラックの屋根まで、あっという間に上がってしまった。
上部ハッチを銃で打ち抜き、中へと入り込むまで、十秒と掛かっていない。
結希乃の部下達も止めようとしていたが、その鮮やかな手並みに漏れなく後れを取ってしまった。
肝心の結希乃も、見たままの体たらくで妨害すら出来ていない。
結希乃は理術を用いて、ブレーキ部分を押し込む形で氷結させた。
後方の車両からは、クラクションと怒号まで聞こえたが、構っていられない。
車を放置して、結希乃は高速道路の上を全力で駆ける。
「奴らは自ら、袋の鼠となった……!」
入り込んだ手際は見事だった。
しかし、どうやって持ち出すつもりか。
あのタイプは、運転席側に繋がる扉などない。
中には――本当にいるかはどうか知らないが――回路を守る兵だっている筈なのだ。
無防備にも、中央に台座など用意して、鎮座させて置くなど有り得ない。
持ち出すには、再び上部ハッチから逃げ出す必要があるのだ。
そして、自らの足としていた車は、あの場に放置されていた。
運転手を失った車はハンドルを取られ、急旋回しようとして車体が傾く。
慣性と重力に従い、いとも簡単に横転して、結希乃めがけて突っ込んできた。
「――ハァッ!」
結希乃はそれを殴り付けて前方へ吹き飛ばし、中央分離帯へと捨てる。
そのまま勢い付けて足に理力を回し、更に速度を上げた。
護送車両まで、ぐんぐんと距離を詰めていく。
そして、いよいよ追い付いた、と思った瞬間――。
護送車両の後部ハッチが開く。
「あぁ、そう……。そうよね、内側にはスイッチがあるでしょうね……!」
確かに、わざわざ面倒な手段を取る必要はない。
だが、道路を高速で移動中なのは変わらないのだ。
生身で飛び降りれば、大怪我だけでは済まない。
後続の車に轢かれる危険だってある。
どうするつもりだ、と開いていくハッチを睨み付けていると、次に信じられないものが目に入った。
「ちょっと待って! 兵器回路って……、
非常に特殊な回路、との説明は受けていた。
そして、ただ一つの為に運用される回路でもないのだと。
多くの兵器に転用可能で、多くの制御基板に作用するチップだという事までは知っていた。
しかし、この案件に際し、どういう兵器に使われていたのかまで、結希乃は知る立場になかった。
そうして、何に使われたのか、ようやく知れる。
結希乃の目の前に姿を見せたのは、『戦車』だった。
巨大な砲塔を持つ、キャタピラを備え付けた戦車……。
それが轟音を響かせながら、開ききったハッチから滑る様に降りて来た。
アスファルトを噛み、ギャリギャリと耳障りな音を立てながら、戦車は道路の上を走る。
だが、そうは言っても、結希乃の速度に勝るものではない。
瞬時に追い付いてみせたのだが、戦車は中央分離帯を踏み越え、反対車線へ乗り込んでしまった。
「何を考えてるの――!?」
突然逆走する戦車が乱入して来て、一般車は突如、混乱の坩堝に投げ込まれた。
けたたましいクラクション、急ブレーキを踏む音、横に躱そうとして別車両にぶつかり横転する車……。
見るも無惨な大事故が、目の前で巻き起こった。
中には戦車を避けきれず、そのまま履帯で踏み潰される車まである。
怒りも顕に結希乃が駆け出すと、その砲塔がゆっくりと旋回し、狙いを定めた。
即座にその標的から逃れようと、横へ躱そうとしたのだが、横目に一般車の姿が見える。
――他の人はどうなる。
砲塔の旋回速度より早く動くのは簡単で、逃げ切るのは難しくないだろう。
しかし、その砲弾が何に直撃するか、分かったものではない。
まったく躊躇いなく一般車を踏み潰したところを見ても、アシャーは砲弾による被害など考慮にいれたりしないだろう。
一瞬の逡巡の末――。
砲弾は発射され、轟音と共に結希乃の身体へ突き刺さった。
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