狂気戯曲に魔女は哭く 〜果てた大魔女と相続争い〜

束音ツムギ

序章 焦煙の魔女は死んだ

焦炎の魔女は死んだ(1)

 世界のどこか――たった一棟のお屋敷だけがさびしく建つ小さな島で、三人の女性は、円卓にて向かい合っていた。


「しっかし、あの《焦煙の魔女スクルペロスケルン》がポックリ逝っちまうとはねえ。いきなりすぎて、悲しむ間もなかったぜ、全く」

「……《法則の魔女レーゲステレン》? 久しぶりにお会いしましたが、相変わらず《焦煙の魔女》様への敬意が足りないように見えますね。一族の当主を二百年にわたって務めてきた、偉大なるお方を呼び捨てとは――流石の私も看過できませんよ」

「ッたく、うっせえなあ《虐槍の魔女シュペルヴァルト》。極東の分家ごときが、正統なる本家のトップであるこのアタシに、そんな舐めた態度を取っていいのかねぇ?」

「――どことなく小物感が溢れているので、一度引いたほうが良いんじゃないですかねー、《法則の魔女》。自分としては、本家だろうと分家だろうと、派閥が正義ですけど」


 《法則の魔女》と呼ばれた、円卓を囲むうちの一人、ゼラフィール・クラウノウトが、爽やかな声で放たれたその言葉に思わず黙りこくってしまう。


 赤髪のショートヘアに真紅色の瞳を持ち、一族の長《焦煙の魔女》とどこか似た風貌を持つ女性。似せている――というよりは、その血筋を重んじた結果、色濃くその特徴を受け継いでいった結果なのだろう。


 燃えるような真紅と、対極にある純白が混じったドレスを、まるで彼女のために仕立てられたのかと言わんばかりに着こなしている。


 そんな彼女を、爽やかで透きとおる声で黙らせたのが、《撰述の魔女ベルファッサー》と呼ばれている、シュティーレン・ツァウバティカーという女性。


 黒を基調としたあまり主張の激しくないゴシック調の衣服を纏い、卓からはギリギリ顔が出ているくらいに背丈の小さな、紫髪のポニーテールが地面に付きそうなまでに伸びている彼女。


 仕事柄、一度集中したら何ヶ月も一人で部屋へとこもりっきりになってしまい、美容室へ行く事さえ億劫おっくうになってしまう彼女にとって、ポニーテールとは――面倒くさがり故にたどり着いた、楽な髪型らしい。


 そして、円卓を囲む最後の一人。浴衣とドレスを足して二で割ったような藍色の和服(ところどころにフリルがあしらわれていたり、色々と邪道な気もするが)を着飾った女性。


 金と黒が半々の比率で混ざった長髪を下ろし、黒い双眸そうぼうで二人を見つめるのは、《虐槍の魔女》月成つきなり来瀬くるせ


 彼女ら三人は、二百年以上に渡る歴史を持つ『クラウノウト』の血筋を引いた、《祈りの顕現アウスヴェーテン》《魔法図書館グリムアルテン》《月光の工房モンドシュテン》、同じ一族ながらもそれぞれ別の信条・目的をもち、各派閥のトップへと立つ『魔女』なのだ。


 そして、今日――ここに、普段は滅多に相まみえないはずの三人が集結した理由は、ただ一つ。


「んで、これが《焦煙の魔女》の遺言書だ。分家を含めた、派閥の代表者全員が揃ってから開けろとあったからな、まだアタシも中は見ちゃいない」

「遺言書、という事は、遺産の相続についてのあれこれが書かれているのでしょうけど」

「《焦煙の魔女》様が暮らしていた、この島や建物、資産の権利……ですか。しかし、それならば順当に、本家であるクラウノウト家が継ぐべきなのではないでしょうか?」

「こんな辺境の島なんざ貰った所で、管理がメンドウなだけだがな。人より長い二百年の人生で築いたであろう、莫大な資産ってんならともかく。《焦煙の魔女あの変人》がそんな分かりやすいモノを残しているとは思えん」

「とにかく、遺言書の中身を確認しない事には話は進みません。……《法則の魔女》、読み上げをお願いします」

「そうだな。これから色々とバタバタするだろうし、ちゃっちゃと済ませるとしますかねぇ?」


 月成来瀬に言われ、赤髪の女性――ゼラフィール・クラウノウトが、白い封筒をあけ、中身を取り出して『遺言書』を読み上げる。


『私には、最後まで心残りだった事がある。それは、ここまで築き上げてきた一族が、三つの派閥へとすっかり分裂してしまった事だ。

 今も派閥間での争いが絶えない現状を、一族の長として、どうにかしようと考えてはいたが……それは結局、生きているうちには叶わなかった。

 しかし、今。私の死をきっかけに、一族がここに集まるであろうと信じて、以下を記しておく』


 そして、遺言書の下には、《焦煙の魔女》の持つ、遺産についての記載があった。

 

『私の所有する資産の全てを、代表者へと相続する。

 資産とは、土地やそれに準ずる建物、物品はもちろんだが、同時にこの島には――私の全魔力を込めた「魔石」を隠している』


 二百年以上生きた魔女の、莫大な魔力。お世辞抜きに、世界を変えてしまう事だって容易いその力。それがこもった『魔石』という単語が、やけにこの遺言書の中で、強調されているように感じられた。

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