第六章 そして、誰も……

「さあ、これで決まりね!やっぱり、本命だったわ!片桐エイタロウ!イジメを受けていて、それを苦にして、屋上から飛び降り自殺!イジメに関わっていた、不良の桜木タカシが、それを知って、ヤバい、と思って、トンズラしたのよ!イジメの実態を隠すために、ジャイアンは、事件を秘密にした……。バッチリ!辻褄が合うわ!」

2年A組の教室をあとにして、三人は一応、片桐エイタロウのクラス、1年C組に向かっている。階段を降りながら、ルミが得意そうに、結論を下したのだ。

「あまりに、ピッタリし過ぎて、僕は疑問だな……」

「でも、九人のリストで残っているのは、片桐だけよ!まあ、今日、欠席者は三人いるけど、番長は、北海道にいる。不良は、京都の知り合いのところ。妖怪マニアは、大叔父さんのところよ!」

「リストが間違っていたかもしれない!だって、山崎カヅオは、欠席していなかったんだから……、反対に、リスト抜かりがあったかもしれないだろう?」

「まあ、1年C組に行けば、わかるわ……」

 と、みどりがふたりの会話に入った。

 その時、階段を反対に上ってくるふたり連れがあった。ひとりは、大人の女性。ひとりは男子生徒だ。女性は、見覚えがある。家庭科教師の『砂かけババァ』だ。男子生徒は、俯いていて、顔は見えない。

「片桐君!イジメにあったら、すぐに、わたしに相談しなさい!って、何度もいったでしょう?万引きを強要させられて、二回目だから、警察に通報されたんでしょう?事情を説明したら、警察もわかってくれたけど、もう絶対、しちゃダメよ!」

 そういいながら、砂かけババァは、ヒロたちの横を通り過ぎた。

「片桐エイタロウ?自殺したんじゃなかったの!」

 ルミの声は、幸いにも、踊り場を回って行ったふたりには、聞こえなかったようだ。

「エイタロウが生きている!しかも、万引きをして、捕まったらしい……。としたら……」

「そして、誰も……、いなくなった……?ね……」


      2

「事件は、フリダシに戻ったってわけね……。こういう時は、事件現場に帰るのが、ミステリーの王道よね!」

階段を降りる途中で、本命と思っていた『片桐エイタロウ』の姿を見た三人は、教室に戻らず、結局、一年生の教室のある一階に降りてきたのだった。

「そういえば、ルミと僕は、死体か、大怪我かわからないけど、男子生徒が引っ掛かっていた、『低木』って奴を見ていなかったね?」

一階の廊下を歩きながら、三人は会話を続ける。廊下には、下校を始めた一年生がそれを避けるように、追い越して行く。

「わたし、気味が悪いし、そこを探っていたら、ジャイアンに怒られそうで、わざと避けていたのよ……」

と、みどりが、言い訳気味に答える。

「とにかく、一階まで降りてきたんだから、行ってみましょう!」

と、ルミが結論を下した。

「ああ、何か、インスピレーションが浮かぶかもね……」

「インスピレーションじゃあなくて、死んだ男子生徒の『怨霊』からのメッセージが届くかもしれないわ、よ……」

「イヤだぁ!ルミ、あなた、『妖怪マニア』の霊が乗り移ったんじゃないの?」

「あり得るかもね!『妖怪マニア』の北原マモルが、UFOと遭遇して、超能力を身につけて、自分を調べている人間に、祟りを送りつけている……」

「ヒロ!あなた、探偵小説じゃあなくて、SF小説を書くつもりなの……?」

「いや、僕は科学は苦手でね……」

「あら、化学のテストで、満点をとった人が?」

「バケ学じゃあなくて、物理や、天文学のほうだよ!」

「そうね!一年の物理の実力テスト、0点だったものね!」

「ルミ、それは、内緒のはずだぜ!それから、心を入れ替えて、予習、復習をし始めたんだけどね……」

「そう、わたしにノートを写させてくれ、ってね!それから、成績が上がってきたのよ!わたしもつられて、成績が良くなったわ……」

「あなたたち、本当に良い関係ね!羨ましいわ……」

「いや、それより、事件のほうだよ!今、閃いたけど、今朝の始業式でも、各クラスを回った時も、いつもと変わらない感じだったよね?」

「当たり前でしょう!新学期の初日なんて、いつもと同じよ!」

「誰かが、自殺、あるいは、自殺未遂をしていたとしてもかい……?」


「誰も自殺行為をしていないっていうことは、わたしが嘘をついているっていうの?ほら、この木の上に、覆い被さるように、学ラン姿の生徒が倒れていたのよ!」

と、現場の低木に近づきながら、みどりがやや興奮気味にいった。

「確かに、枝が折れている箇所があるわ!それが、人間の落下によるものか、どうかは、わからないけど……」

と、ルミが低木の枝を手で触りながら、確認するようにいった。

「僕は、みどり君が嘘をいっているなんて、少しも思っていないよ!ただ、錯覚したのかもしれない、と、考えたんだ!ほら、山崎カヅオが欠席扱いに、されたようにね……」

「錯覚?何を見間違えたっていうの?」

「みどり君は、誰かが飛び降りたシーンは見ていない。屋上で、誰かが、フェンスに向かって、勢いよく、走ったのを目撃したんだ。それで、まさか、と思って、この場所を覗いたら、死体のような物体が、樹木に乗っていた……」

「なるほど、その死体のような物体と、屋上にいた男子生徒が、同じとは限らないのか……」

「でも、音がしたし、ジャイアンがすぐに現れて、わたしをその場から、排除したのよ!それと、救急車がきたわ!」

「ジャイアンも、みどり君と同じように、騙されたのかもしれないね!つまり、あれは、ふたり組のお芝居、ひとりが屋上から飛び降りるフリをする。ひとりが、落ちて、大怪我をしたフリをする……」

「テレビの『ドッキリ!』ね!」

「そう、そのひとり──たぶん、屋上にいた男子生徒──が、不良の桜木タカシだったのさ!騙された、ジャイアンが怒っていることを知って、京都に『トンズラ』したっていうのが、事件の真相だ……!」

と、ヒロが名探偵の解明シーンを演じ終えた。すると、三人の背中の方向から、「パチパチパチ」と、拍手の音が聞こえてきたのだ。

三人の視線が、同時にその方向に向いた。

「ヒロ君!なかなか面白い、推理だったよ!でも、正解では、ないようだ!化学のテストのように、百点満点とは、いかないようだね……」

(誰?イケメンだわ!わたしの理想像にぴったりだわ……)

ルミが、一目惚れをしたのは、スラリとした、学ラン姿がよく似合う、短髪のスポーツマンタイプの、爽やかな笑顔が印象的な少年だった。

「マサ君!訊いていたのか……?」

と、ヒロがいった。

(ええっ?マサ君?このイケメンが、ヒロより『オクテ』のミステリーマニア?わたしの想像していた男子と、まったく違うじゃないの……)

「あっ!ヤバいよ、ヒロ!ほら、ルミの眼の中に、お星さまが煌(きら)めいているわ……」


「ええっと、確か、みどりさんでしたね?元気で明るく、可愛い娘だって、有名ですよね!」

「ええっ!わたしが元気で明るくて、可愛い?イヤだぁ、褒め過ぎよ!」

と、みどりは、めったにいわれたことのない、イケメンの──お世辞とわかっていても嬉しい──褒め言葉に照れたようにいった。

(どこが、オクテなの?丸山みたいな、女タラシじゃあない?)

と、ルミは、第一印象からは、やや引き気味に心の中で呟いていた。

「あっ!ヒロ君の隣にいるのが、ルミさんですね?オトが『素敵な、お姉さんにしたいタイプだ』っていってました。『ミステリーの話をしたら、きっと僕と話すより楽しいだろう』って……」

「ええっ!あの『美少女』が、わたしをお姉さんにしたいタイプっていったの?わたし、あんな妹が欲しいと思っていたの!感激だわ!マサ君、お友達になってね!」

「ルミ、ズルい!マサ君、わたしも友達のひとりに入れてね?」

「も、もちろんですよ!ぼ、僕のほうから、お、お願いします!『ミステリー同好会』に入会させてください……!」

「プッ!なんだ?クラブに入会したいだけなのか?ガールフレンドが、両手に花となる、絶好のチャンスだぜ!」

と、ヒロがチャカすようにいった。

「ガールフレンド?い、いや、僕は、恋愛は……その……、まったく、女の人と会話ができなくて……。ただ、ミステリーの話なら、男女関係なく、話題に加わることができそうなので……」

と、マサが言い訳するようにいった。

「はは、やっぱり、ヒロより『オクテ』だったか……」

と、みどりが呆れたようにいう。

「大丈夫よ!わたしと最初は、ミステリー談議から始めて、ミステリーからサスペンス。それから、波乱万丈の男女のラヴ・ストーリーに入って行けばいいわ!」

と、ルミは確信をもった口調でいった。

「ルミ、ヒロをどうするの?」

「だから、予定していたでしょう!ヒロより、わたしにぴったりの男性が現れたら、ヒロはみどりに譲るって……」

「あのぅ、僕がガールフレンドを作らないのは、片想いの女の子が、いるからなので……、ルミさんの気持ちは、嬉しいですけど……」

と、オクテらしく、おずおずと、マサがいった。

「あっ!あの『美少女』か……?」

「ルミ、無理ね!わたしたちに、勝ち目はないわ……」


「ガールフレンドの話は、置いておいて、マサ君!ここにあなたがいるってことは、みどりの目撃した事件の調査に、協力してくれる、ってことよね?『ミステリー同好会』へ入会したいってことも、考えられるけど……」

「それに、さっきは、ヒロの推理を採点していたわ!『百点満点は、あげられない』って……」

と、女子生徒ふたりが、会話を本題に戻した。

「オトから話を聞いてね、みどりさんとルミさんのところへ電話をしたんだけど、僕の言い方が悪かったのか、みどりさんのお父さんに、『娘にちょっかいをだすな!』って、電話を切られて、ルミさんの方は、お母さんが、いろいろと質問してきて、結局、事件の調査に協力することが、伝わらなかったようだね……」

「ああ、母から、オクテの男性から、電話があったことは訊いたわ!やっぱり、マサ君だったのね!」

「わたしの方は、父からは、電話の『で』の字も訊いていないわ!もう、最低な父親でしょう?」

「みどり君は、『箱入り娘』なんだね?いや、それより、何で、僕には連絡がないんだ?」

「ゴメン!本音をいうと、ヒロ君は僕のライバルなんだ!」

「マサ君がヒロを意識しているの?そりゃあ、同じ『オクテ』だけど、容姿は断然、マサ君が……、あっ!ゴメン!ヒロも平均よりは、上だよ!可愛いし、ね……」

「はい、はい、容姿に関しては、素直に認めるよ!でも、僕自身がマサ君から『ライバル視』されているなんて、想像もしていなかったよ!」

「あっ!そうか!オトちゃんがいってたわ!ヒロとわたしは、ミステリーを読むだけじゃなくて、創作もしている。マサ君は、その才能がない、って……」

「オトがそんなこと、バラしていたのか……。そうなんだ。ヒロ君と一年の時、同じクラスだったヨシオ君が、『ヒロ君は、授業中、必死にノートを取っていて、『ガリ勉』だと思っていたら、ずっと、推理小説を書いていたんだ。授業は、そっちのけでね!』って、教えてくれたんだ。それなのに、化学のテストで、満点を取るんだから、敵(かな)わないよ!実は、僕は化学のテスト、96点だったんだ!先生から、『ヒロがあんな点数を取らなければ、お前が一番だったのに、な!』って、いわれたよ……」

「ああ、あれはマグレよ!たまたま、化学の担任が、わたしたちの主任で、授業中に『下ネタ』をいったりするのよ!あだ名が『水素』、原子記号だと『H』、ヒロは授業が面白いから、真面目に訊いていて、ポロリと先生がいった、試験問題のヒントを察して、ヤマを張ったのよ!それが見事に的中……」

「なんだよ!自分だって、日本史の担任のヒントを察して、幕府の改革と、学者の名前を重点的に覚えて、トップの点数を取ったくせに……」

「そうか!僕も、日本史のヒントには気がついて、集中的に覚えたよ。92点で、トップにはなれなかったけど……」

「マサ君!化学も日本史も学年、2位なの?」

「まあ、マグレでね……、数学も2位なんだ!先生に、2位の『三冠王』っていわれたよ……ただ、英語は、平均点ギリギリだし、国語は、ミスっちゃったんだ……」

「すごい!学年で、トップ・テンに入りそうね……」

「ヒロのライバルなんて、まったく、レベルが違うんじゃない……?」

「ああ、僕のほうから、お断りだよ!それで、事件に話を戻すよ!僕の推理が間違っている、ってことは、マサ君には、別の仮説があるんだね?」

「うん、ヒロ君の仮説は、当たっている部分もあるんだ!誰も、飛び降りていないってことは、間違っていないよ!ただ、ドッキリではないのさ!イタズラだったら、松坂先生が、秘密にしたり、みどり君が噂を広めないか、と、気を揉んだりはしないよ!」

「そうね!それに、救急車が来たんでしょう?怪我の状態を見てから呼ぶよね……」

「イタズラじゃあなくて、怪我人がいた?じゃあ、やっぱり、飛び降りたんだ!」

「いや、飛び降りはなかった……。ほら、上を見てごらん……」

「上……?」

と、三人が、マサの指差す上空を見上げる。

「あっ!あれ、何?三階部分に、屋根が張り出しているわ!」

「屋根というより、庇(ひさし)かな?ああ、電気の線と電話線を引き込む穴が開いているんだ!」

「それと、屋上に、テレビのアンテナがあって、そのコードも引き込まれているんだわ!」

「まてよ?屋上から飛び降りても、この低木の上には、落ちないよ!ニュートンの法則を無視しない限りは、ね……」

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