第31話 暗殺者ギルド

冒険者ギルドの前にて別れの挨拶を告げる。


「その・・・身体に気をつけてね?」


ルーナがミカラの身体に密着している。


「ああ、ルーナもな」


「ん―――」


軽くキスをしてギュッと抱き締める。


「さぁ、行こうかみんな」


パーティーの仲間を振り返り、爽やかにミカラが告げる。

ルーナは切なげな瞳でミカラを見送っている。


(ルーナは当たりだったな。体の相性も良かったし、結婚を迫ってこないのが何よりいい)


最初はお姉さんぶっていたが、実は尽くすタイプだったようで、最後の方はミカラに従順になっていた。

またこの町に立ち寄った時に顔を出そう。


「何爽やかに仕切ってんのよこのクズ」


ラピスラズリが顔をしかめて突っ込む。

他の3エルフ・・・自称ミカラの妻たちもジト目である。

今朝方ラピスラズリと合流した後、結局昼過ぎまでミルティーユたちが戻って来なかったため、出立する予定時間が大幅に遅れてしまった。


「婿殿は油断ならんのじゃ」


「旦那様・・・昨夜はお楽しみでしたね?」


「主様ってエルフ専じゃないんだね」


「なんだよ?お前さんらがうるさいから娼館には行ってないんだぞ?」


ミカラは、女どもの射殺さんがばかりの鋭い視線を、軽口を叩いて流すと馬に跨る。

最早追求は諦めたのか、4人とも何も言わなくなる。

今日はマハナがミカラの身体の前に座った。

どうやら交代制になったらしい。

人間とエルフのいいとこ取りをしたような肉体が、ミカラの腹や胸や股間を刺激する。


「旦那様、欲求なら私のっ!妻の肉体で発散をしてくださいましっ!」


マハナがそう宣言してぎゅむぎゅむ身体を押し付けてくる。

気持ちだけ受け取っておく。


「ああ、ありがとな」


(ふふふ、大丈夫。今は特に欲求は無い)


伝説の賢者様のように、落ち着いて安らかな気分だ。

ミカラたちは町の北門を出て、街道沿いに北上する事にする。

魔の森からは離れていくので、魔物の出現は多少は和らぐはずだ。


「もしも襲って来るとしたら野盗の類だろうな」


(まぁ、この面子で襲ってはこないか)


商人などの他の旅人たちに混じり、軍隊のような物々しい連中がいる。

騎兵もいるが歩兵もいる。

雑然とした編成と不揃いな装備。

しかし、歴戦の兵であろう。


「傭兵ギルドの連中か。北部でキナ臭い噂がある。戦争が近いのかな?」


傭兵ギルドとしては稼ぎ時だろう。

人間同士の戦争。


「北部か、あまり近寄りたくはないな」


ヤバそうな地域は遠回りでもして迂回する方がいいだろう。

港町から一旦船で大陸を離れてもいい。


「ん?婿殿、冒険者ギルドと傭兵ギルドは違うのかの?」


手綱を握らず、精霊を介して馬と意思疎通していたミルティーユが話しかけてくる。


「ああ、冒険者ギルドと傭兵ギルドは違うな。一般人からすっと、あんま違いは無いように見えるかもだがなぁ」


傭兵たちも魔物を倒して、クエスト依頼によって報酬を得る。

特に制限も無いので、冒険者ギルドと傭兵ギルド、さらに複数のギルドに所属している者もいる。

傭兵ギルドと冒険者ギルドの最大の違いは、人間同士の戦争に加担するかどうかだ。

冒険者ギルドは国家間の戦争には基本的に加担しない事になっている。


「例えば野盗の襲撃を防いだら野盗のふりした敵国の兵士だったりとか、商人の護衛してたら実はお忍びで外出した王族でそれを狙う暗殺者と戦ったりとか・・・結果的に戦争に発展しそうな案件に関わってしまう事はあるかもだけど。ま、んな事ぁそうそう無いし」


そういった突発的で防ぎようの無い案件を除いて、どこどこと戦争するから人間を殺しに行けとか言う依頼などを、冒険者ギルドは請け負わない。

それは傭兵ギルドの仕事だ。

傭兵ギルドでは、場合によっては昨日助けあったギルドメンバーと今日殺しあい、今日の敵と明日チームを組むかも知れない。

一般人や、冒険者の感覚からは信じられない死生観を持っている連中だ。

命イコール金なのだ。

人間を殺せば金になる。

発足は、国同士の戦で実際に消耗される農民達のための互助組織だったらしいが・・・現在でも結局、国の兵士補充の調整弁扱いだ。

傭兵ギルド自体に精強な軍団を維持させないため、ギルドメンバー同士を潰し合わせているなどというキナ臭い話もある。

第三国が傭兵ギルドを通じて軍事介入する事なんかもしょっちゅうある。


「胡散臭さはまぁ、暗殺者ギルド並だな」


一通り説明してやると、エルフ族4人はわかったようなわからないような反応だ。

同族同士で殺し合う感覚がわからないのだろう。

エルフ族同士の殺人事件は滅多に起こらず、死刑も無い。

最大の刑罰は森からの追放らしい。

精霊魔術の封印などオプションは増えるそうだが、追放処分が1番重い刑罰なのだ、平和な種族である。


「暗殺者ギルド?人間の世界にはたくさんギルドがあるのぉ?」


ミルティーユが小首を傾げている。

暗殺というのもピンと来ないのだろう。

あのアドラメレクがミルティーユを襲ってきた件も、広義で言えば要人暗殺だ。


「そうだな。たくさんある」


ミカラはふと古巣の事を思い出す。

マハナがミカラに身体を密着させながら話しかけてくる。


「暗殺者ギルドですか?ちょっと前に壊滅しましたよね」


「ちょっと前・・・て」


エルフ族と会話してると時間感覚が変になってくる。


「なんでも勇者ベオウルフが壊滅させたとか。暗殺者ギルドって、身寄りの無い子供を暗殺者に育てて送り出していたらしいですね。最低です」


身寄りの無いハーフエルフである彼女も最底辺の扱いを受けていた。

それを思い出したのか顔をしかめている。

そんなマハナを安心させてやるように後ろから優しく抱き締め、ミカラが言う。


「・・・そうだな。口減らしで死ぬのと、暗殺者として使い潰されるのと・・・どっちがマシなんだろうな?」


ミカラが笑う。

自嘲気味に。











「誰だ?」


目を覚まして誰何する。

何者かがテント内に侵入してきた。

暗闇の中を黒塗り・・・恐らくは毒も塗ってある・・・ナイフが音も無く飛んでくる。

ミカラはその毒塗りナイフを躱し暗殺者に蹴りを入れる。

暗殺者は声も無くもんどり打って倒れ伏す。

覆面を外してげえげえ吐いている。

体重が軽い。

小柄だ。

ミカラよりもさらに幼い。

思考しながらもミカラはその者を組み伏せ武器を奪い無力化する。

無詠唱で光の魔術を放ちテント内を明るく照らす。

夜目を利かせる魔術でも良かったが、十中八九襲撃者が同じ魔術を使っているはずだ。

それなら目眩ましも兼ねたこちらのほうが良い。

そしてそれは当たっていた。

組み伏せた暗殺者は目をぎゅっと瞑り苦しそうだ。


「お前は・・・」


「・・・げほっ・・・はぁっはぁっ・・・」


知っている顔だった。

同業者。

暗殺者ギルドで一緒に訓練をした。

一緒に育ったと言えるほどの仲でもないが、同じ任務に着いた事もある。

誰だと問われても、名乗る名前の無い暗殺者の少女。

ミカラの仲間、後輩に当たる。


(顔見知りを送り込んでくるのは、さすがだな)


勇者暗殺に失敗したとはいえ、子供の暗殺者でミカラより上の者はいない。

力で無理なら情で。

実際に効果はあった。

今まだこの少女を殺せていない。


(だが殺した途端自爆する可能性もある。殺さなくて正解だ)


ミカラが己の判断は正しかったのだと言い訳する。

衣服は普通の村娘の格好だ。

恐らく昼間の行商たちに紛れ込んでいたのだろう。

苦しげな少女の口がもごもごと動いている。


「!!!―――よせっ!」


ミカラが止める間も無く、少女は奥歯に仕込んでいた毒を飲もうとし―――


ドスッ!


「おええええっ!」


いつの間にか起きていたアヴェラの蹴りを腹に受け、毒薬を吐き出し気絶した。


「なんだミカラ?知り合いか?」


「ああ、暗殺者ギルドの・・・仲間、だ」


苦虫を噛み潰したような表情のミカラに、アヴェラはつまらなそうに鼻を鳴らす。

ミカラは少女を拘束する。

猿轡をし、念の為肩の関節を外してから縛り上げる。

ミカラが真剣な表情で気絶している少女を見下ろしていると・・・


「ほら、服着ろ」


アヴェラがミカラに服を放ってきた。

アヴェラに散々搾り取られた後だったので、素っ裸のままだったのだ。

アヴェラはとっくに着替えていた。


「行くんだろ?」


「え?」


「顔に書いてあるぜ?ぼくはこのおんなのこをたすけたいです・・・てな」


アヴェラの言葉にミカラが動揺する。

見透かされた。

しかし、どうしようもない。

命は助けたが、暗殺者ギルドの洗脳は強い。

自分も、もしも上位の暗殺者と出会ったら殺されるか、再び操られるだろう。

アヴェラとの爛れた性活・・・生活のせいで、暗殺者ギルドの洗脳はかなり薄まっているが、油断はできない。

アヴェラが側に居れば大丈夫だろうが、暗殺者ギルドが裏切り者を始末する手段を何も用意してないはずがない。

後催眠暗示や、特定条件により発動する呪いなど、考えたら切りが無い。

自分はアヴェラの側を離れたらすぐさま殺されると考えていた。

ならば―――


「私がついていってやるよ?ぶっ潰そうぜ暗殺者ギルドをよ〜」


ニカッと笑う最強の勇者がそこに居た。










「暗殺者ギルドか〜〜〜。いいねぇ。魔物ばっか相手してて最近マンネリだったからな〜たまには人間も殺さないとな」


「殺しはあまりしないでくれ。情とかじゃないぞ?死んだ途端に自爆術式が発動したりするからな?」


「わかったわかった。心根の優しいミカラきゅん?」


「・・・・・」


茶化されても相手にしてる暇は無い。

時間との勝負だ。

口封じ失敗くらいは想定しているだろうが、電撃的な反撃は予想外だろう。


(しかも勇者のオマケ付きだしね)


ミカラは最強の勇者を引き連れて暗殺者ギルドのアジトへと向かう。

暗殺者の少女は念の為連れて来ている。

アヴェラが小脇に抱えて走っているので、起きているのか狸寝入りなのかはわからないが。

少女を放置していて、拘束を解いて逃げられたり自殺されても困る。

拘束されて動けない少女を見つけた何者かが、悪さをしたり誘拐する可能性もある。

リューセリア辺りに預けてもいいが、あの品行方正が法衣を着てる女に事情を知られたら面倒な事になる。

ヒートウッドやカインも無しだ。

アレコレ説明してるうちに暗殺者ギルドのボスに逃げられてもたまらない。


「ボスなら近くに来てるはずだよ。なにせ、勇者暗殺は今までで1番デカい仕事なうえ、何度も失敗しているからね」


アヴェラが魔物を倒してる時、見知らぬ毒針とかが服に刺さってたりするらしい。

毒は効かないし、皮膚すら貫通しないので無駄なのだが。

これ以上勇者暗殺失敗は組織の沽券に関わるだろう。

暗殺率100%を誇る暗殺者ギルドですら勇者を殺せない事になる。

信頼は無くなり、組織を維持できなくなる。


(おそらく、今夜中にかたをつけるつもりで布陣しているはずだ)


ミカラは記憶にある近くのアジトから、ボスが居ると確信を持てた場所を虱潰しに当たる。

実際に潰すのはアヴェラだが。

異変に気づいた暗殺者ギルドのメンバーが迎え撃とうとし、尽くアヴェラにぶっ飛ばされる。


「こんなもんか〜?暗殺者ギルドってのも大した事ね〜な〜」


毒も効かない呪いも効かない刃物がそもそも刺さらない。

規格外の化け物に襲われて、不意打ち闇討ちが本分の暗殺者に勝ち目など無い。

ミカラももちろん戦っている。

なるべく殺さず、意識だけを奪う。

気絶させないと自殺するから面倒臭い。

自爆されたら厄介だから殺さない。

いや・・・違う。


(僕が殺したくないんだ・・・暗殺者ギルドだったとしても・・・同じ場所で育った、仲間たちを―――)


笑いあった事も無い。

誰かが任務で失敗して死んでも、墓を立てて弔う訳でもない。

任務に必要な事以外を、まともに話した事なんか1度も無い。

それでも・・・


「死なせたくない。死んで欲しくない」


ミカラの呟きに、アヴェラが小脇に抱えている暗殺者の少女がピクリと反応する。

チラリと視線を送ると目が合った。

その目は虚ろで無表情で、何を考えているかはわからない。


(そうか、僕はこの子に、自分を重ねてるのか・・・)


甚だ不本意で認めたくないが・・・アヴェラのペット兼性奴隷となってからの情欲まみれの日々が、ミカラの心を人間へと戻したのだ。

だからこんな、無謀で行き当たりばったりな戦いに身を投じてしまうのだ。


「全部っ!全部アヴェラのせいだからなっ!」


「はっはっはー!お前が可愛いのが悪いんだぜ!マイスイートハニ〜〜〜むちゅっ!」


ミカラがヤケクソ気味に叫ぶと、走りながらアヴェラがミカラの唇を奪う。

そのまんま走り抜け、前を塞ぐ暗殺者たちを蹴り飛ばす。

あまりの無茶苦茶ぶりに、暗殺者の少女が目を丸くしている。


(キスしながら、戦ってる?)


目覚めてからとにかく脱出してボスの元に戻るか自害する事しか考えていなかった少女は、理解不能な2人を見て・・・その事を一瞬忘れた。

そして、少しだけ思い出す。

偵察の任務だった。

ターゲットの目の前を通り過ぎるだけ。

その時はカツラをかぶったりして髪の毛の色を同じにしていた。

兄と妹という設定で、自分は手に持っていたお菓子を落とし、兄役の彼が慰めてくれる。

ただそれだけだった。

名前などなかった。


―――仕方ないなぁ、ほら新しいの買ってやるよ。立てるか?―――


訓練した嘘の表情ではあったが・・・

優しく微笑んで頭を撫でてくれた彼を・・・


―――ありがと、お兄ちゃん―――


そう呼んで抱きついた。


(お兄ちゃん?)


何故その記憶が今思い出されたのかはわからない。


(理解・・・不能)


思考停止した彼女は、ひたすらに彼・・・戸籍名ミカラ・デタサービを見つめ続けていた。

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