第4話

 黒髪を編んでひとつ束にした少年と少女が手を繋ぎ、市場の周囲を走り回っていた。顔立ちも背格好も何もかも同じ、唯一違うとすれば性別と性格ぐらいだ。

 少年は無表情に後を追い、少女は眉をあげて楽しそうに笑いながら彼の腕を引っ張った。そうしてぐるぐると走り回る双子の神を周囲は見守った。

 だが二人は人類の始祖であり、精神年齢は成人を超えている。一通り走って満足すると少女、ヤミーの方が酒を手にとった。ぐっと一気にあおる。

「相変わらず酒が好きだな、お前は」

 少年、ヤマは軽く腕を組んで呟いた。ヤミーは不敵に笑うと火照った身体を更に熱くさせるように、彼に近づくと口付けをした。すぐにヤマが離れる。

「もういい加減、諦めたらいいだろう。ダーナ」

 口元を乱暴に拭って視線を逸らした。

「双子の妹だぞ。許される訳がない。それに儂はお前のダーナではない。兄者だ」

 それににこにこと微笑んだまま見つめていると母親から名前を呼ばれた。ヤミーは過ぎ去る際に「好きだよ」と言いおいて軽い足取りで歩いていった。

 ヤマはるんるんと跳ねるように歩く妹の背を見て溜息を吐いた。

「困ったな」

 とはいえ彼自身もヤミーには惹かれている。然し兄妹であり双子だ。あってはならないと強く自分に言い聞かせた。

 年に一度、双子は神力を使った舞いを披露する。ヤマは力の解放、ヤミーは力の凝縮であり、空中で肥大と収縮を繰り返す神力の塊は生命の躍動にも見えた。

 じゃらりと手首や首元の飾りが音を鳴らし、目元の紅が赤黒い瞳を際立たせる。双子は表情をころころと変えて、どちらがヤマでどちらがヤミーか、見ている者を混乱させた。

 躍動し続け、小さな神力の球体を取り込む大きな塊の下で、双子はぐっと上体を反らせた。そこから起き上がってお互いの手を取る。

 いつ何時でも明るい空の光を浴びながら、ヤマはヤミーの肩に触れた。然しその瞬間、少女がぐっと頭を掴んで口付けをした。ヤマは慌てて肩を掴む。

 だが持って生まれた怪力のせいで力は互角、代わりに飾りの一部がひしゃげてぽろぽろと落ちた。口付けをしたままヤミーは回り出す、ヤマもそれに釣られて足を踏んだ。

 神々は大盛り上がりで拍手喝采。口笛や指笛が響き渡り、神力の塊は双子の感情を反映してより大きく躍動した。

「ヤミー、」

 少し離れて互いの同じ色をした瞳を見つめた。ヤマの気弱な眼つきにヤミーは悪魔のように微笑んだ。

「人を成そう、ダーナ」

 ヤマは完全に折れ、溜息を吐くとヤミーを受け入れた。

 二人が夫婦として生活を始めてから幾らか年月が経った頃のある日、ヤミーが質のいい菓子を持ってヤマの部屋を訪ねた。

「ダーナ、出来たてを頂いてきた、」

 然し眼に飛び込んできたのはうつ伏せに倒れている彼の姿。ぱっと両手から器が離され、菓子が宙を舞った。ヤミーはそれを大股で跳び越え駆け寄った。

「ダーナ、ダーナ」

 身体を転がして仰向けにする。眼は固く瞑られており、神力の気配が感じられない。それに呼応するようにヤミーの心臓も痛みを覚えた。ぐっと耐え、兄であり夫であるヤマの頭を撫でた。

「ヤマ……」

 彼は死した。原因は不明だ。だが人類で初めての死者である彼に、双子の傍にいた二匹の犬がついて行った。犬は残されたヤミーに対して酷く冷静な態度で言った。

「きっとどこかで必ず出会える」

 不確かな言葉だ。死んだ者がどこに行くかも分かっていないのに、そうヤミーは思い堪えきれなくなった雨雲のように泣き出した。

「なぜ、なぜ我より先に行くの……」

 ぐっと歯を食いしばり、項垂れた。彼女と親しい神が慰めたが気持ちが晴れる様子はない。それもそのはず、今の世には昨日今日という概念がない。常に明るく常に昼間の状態だ。

 幾ら慰め立ち直るように説いてもヤミーは今の事のように捉えて泣く。神々はどうにかして彼女に立ち直ってほしいと思案した結果、各神力を組み合わせて夜を作り出した。

 陽が沈み、月が昇ったその空にヤミーは驚き、部屋から見上げた。

「もう今日は終わり」

 神が一人彼女に告げた。太陽のように丸く、然し優しい光を灯す月と星々を見上げ、ヤミーは呟いた。

「今日……」

 ぽろりと一粒涙を流して瞬きをしてから、彼女は必要以上に悲しむ事をやめた。だが死者となったヤマの方は暗闇に一人、ぽつりと取り残されていた。

「何もないのか、ここには」

 上を見ても後ろを見ても闇しか広がっていない。彼の気持ちに寄り添うように誰かの声が聞こえた。

『あなた様が最初の死者でございますから、誰も何も導く者がおりません』

 それは元々ヤマのなかにいた別の魂。だが彼が死んだ事によって分裂し、声が聞こえるようになった。

「なら、儂がその導く者にならなければならんのか」

 後に地蔵菩薩という名を持つそれは肯いた。

『ええ』

 然しヤマは俯いた。

「……まだ受け入れられん。儂が死んだなぞ。ヤミーは、きっと悲しんでおるだろうな」

 それはすぐには答えなかった。ただ同情するように『でしょう』と短く返しただけだ。ヤマは大きく溜息を吐いた。

「この姿だと、ヤミーを思い出して胸が苦しくなる」

 自身の掌を見る。全く彼女と同じ形と大きさで、どんどんと腹の底から湧き上がってきた。

『わたくしがもっと離れればあなた様を見る事ができるのですが……』

 ヤマとヤミーの姿を変える力には条件があり、それは他者に客観的に見てもらう事だ。それをしないで姿を変えると人間の形を保つ事が出来ない。この空間にいるのはヤマだけなので下手に変えると化け物になりかねない。

 然し一度湧き上がってきた感情はすぐには治まらない。蹲るヤマに対して、地蔵菩薩となるそれは彼の空っぽになった魂に寄り添った。

 その時、遠くから犬の鳴き声が聞こえてきた気がした。顔をあげて眉根を寄せる。その方角に視線をやって凝視した。

 どんどんと声が聞こえてくる。しかも一匹ではなく二匹、ヤマは驚いたように立ち上がった。

「お前ら……」

 闇のなかから現れた姿に眼を丸くした。はっはっと短く息を切らず二匹を受け止め、頭や首を撫でてやった。

「我々は主であるあなた達双子の性質に合わせる存在。死者となってしまったあなたを護る為について来たのです」

 雌の方が鼻先を近づける。ヤマは「そうか」と呟いて短い毛の温もりを感じた。

「だがヤミーは、」

「彼女は大丈夫でしょう。きっとどこかで再会する」

 今度は雄の方が答え、尻尾を振った。二匹の曇りなき瞳と忠誠心にヤマは一つ肯いた。

「お前達が言うのならばそうなのだろう」

 手を離し、自身の胸に当てた。ふわりと髪や布が浮く。二匹はじっと彼を見つめた。

 ヤマの姿は少し溶けると新たに形成し始めた。犬とは言え神である二匹の視線が縛りとなり、少年から青年の姿へと綺麗に変貌した。

 可愛らしかった顔立ちは凛々しく、華奢だった身体は逞しく変わった。大体二十代後半ぐらいか、精神年齢にかなり近づけた姿に犬もそれも喜んだ。

「……どこかで再会する、その言葉を信じよう。まずはこの地を明るく照らそう。でなければ儂の後に死んだ者らが困る」

 ひとつ束にした三つ編みを翻し、ヤマは二匹の犬を引き連れて足を踏み出した。その瞬間、彼の性質は変化し、新たな神として死後の世界と混ざりあった。

 ヤマは暗闇ばかりの地に神力で光を灯した。それによって影ができ、得体の知れない化け物が彼、そして後からやってきた死者を襲い始めた。

 二匹の番犬とヤマ自身によってそれらは消され、どんどんと光を増やして行った。然しそのうち罪を犯したまま死んだ者が現れる。

「ふむ……その罪人共が罪のない死者を好き勝手にしている、か」

 かなり光源が増え、中央には座が出来ていた。ヤマはそこに腰かけながら腕を組んだ。

「ええ。このままではどちらの魂も浮かばれないでしょう。我々が罪のない死者を守ったところでキリがない」

 きっちりと座って見上げてくる二匹の犬が深刻そうに呟いた。ヤマはうーんと唸ったあと、一つ提案をした。

「ならば儂の力でここを二つに分けよう。そうして彼らを裁いて分断し、罪のある者は痛めつけて反省を促す」

 犬は互いに顔を見やったあと、主に対して尻尾を振って舌を出した。

「良き案です」

 じっと見守っているそれにも問うと『よろしいかと』と優しい声が聞こえてきた。ヤマは早速立ち上がり、中央を線として左右に分断した。そして死者は必ず中央、彼の前に降りてくるように道を作り直した。

「彼は生前、困っている老婆を助け泣いている子供を慰めた事があります」

「彼女は生前、自身の夫を騙し金品を巻き上げた事があります」

 二匹の番犬による見通す力で死者の生前が暴かれ、ヤマはそれを聞いて判断した。

「貴様は右だ。暫く闇のなかにおれ」

 右は光がちらほらとあるだけの罪人の部屋。左は完全に明るい死者の部屋。二匹とヤマによる裁判は功を成し、どちらの魂も乱れる事なくある程度の年月を過ぎると消えていった。

 ヤマはまた姿を変えた。少し歳を取った姿で、顎髭を僅かに蓄えていた。これには理由があった。

「少し、他国の死後の世界を見て回りたい。とある大国ではまだ裁判官がおらんようで、困っていると聞いた事がある」

 膝をつき二匹の番犬に告げた。二匹は顔を見合わせたあと寂しそうに鼻を鳴らした。

「ここはどうするのです」

 雄の言葉に手を伸ばし頭を撫でた。

「もう要領は分かっておるだろう。お前らに任せる」

 確証はなかった。然し主からの信頼に二匹は軽く尻尾を振った。

「あなたの指示であれば」

 ヤマは地蔵菩薩にまだなりきっていない魂と共に数歩下がり、彼らに見守られながらこの地を去った。残された二匹はそのうち力を蓄え、人に近い姿となってヤマの後任を務めた。

「地蔵菩薩、か」

 大国、前漢。今で言う中国の死後の世界に辿り着く少し前に彼のなかにあった魂が完全に独立した。長い旅路とその道中で巡った他国の世界が影響したのだろう、それは幼い子供のような姿でありながら慈悲深い表情で彼を見上げた。

「ええ。やっと、あなた様のお姿をこの眼で見やる事ができました」

 瞼は閉じているが確かに視線を感じる……ヤマはずっと自分と妹を見守ってきた存在に膝をつき、改めて礼を言った。然し地蔵菩薩はかぶりを振った。

「まだこれからでございますよ。さあヤマ様、あと少しで前漢へ辿り着けまする」

 彼の言葉に肯き、ヤマはその地に足を踏み入れた。だが想像以上に混沌とした状態で、無法地帯と化していた。

「これは……」

 恐らく纏める者が定まっていないせいだろう、ヤマはすぐにその地、地獄にいる鬼を呼び寄せた。鬼らは奇妙な格好の男を訝しく思ったが、素性を明かして目的を告げると一斉に「どうにかしてくれ」と言い出した。

 ヤマは落ち着けと一喝し、一息吐いてこの地獄が今どういう状況かを説明させた。

 元々道教という宗教があり、それによってある程度は治められていた。だがある時から均衡が崩れ、元いた地獄の神が激怒。そこから一気に様変わりしてしまい収拾がつかない状態へとなってしまった。

 鬼らの説明にヤマは肯き、自身の国と同じようにするべきだと説いた。最初は首を傾げる者も多かったが、彼の威風堂々とした立ち振る舞いと実績のある言葉がどんどんと場を支配していった。

「どの魂も等しく裁くべきだ」

 彼の演説には元いた神々も集まっており、いつしか地獄全体を掌握していた。それだけの力が彼にはあるのだろう。

「話は分かったが、お前さん名前は?」

 いつの間にか先頭にいた男が話しかけた。鬼ではなく人間の姿をしており、どことなくヤマと似た顔立ちをしている。

「ヤマだ」

 彼の名前に顎髭を触った。

「ヤマ……こっちじゃ馴染みがない。閻魔という名はどうだ」

 それに少し眼を丸くした。

「閻魔」

 男は肯いた。

「ああ。閻魔。閻魔王だ。そうしよう、お前さんは今日からこの地獄を変えてくれ。儂も手を貸す。辟易していたからな」

 すっと差し出された手を一瞥した。ヤマ、いや閻魔は問いかけた。

「貴殿の名は」

 それに一切表情を変えずに答えた。

「秦広。秦広王だ」

 閻魔は岩から降りると男、秦広王と手を結んだ。

 中国の服に着替えた彼は早速地獄を作り替えた。自身の国で裁判官を担ったせいか神力が変わっており、死後の世界であれば地面を変えたり炎を出したり自由自在に操れるようになっていた。閻魔はそれを駆使し、まずは罪人を呵責できる環境を整えた。

 それから裁判所を鬼達に造らせ、秦広王と幾らか話し合った。最初は二人の裁判官による裁きが下されたが、亡者の罪が多岐に渡る事と、一生をたったの二人だけで見て判断するのは精密性に欠けると悟った。

 元々閻魔は二匹の犬が補佐としてついてくれていたし、もっと古い時代の事だったから幾らか雑なところもあった。然し既に人の一生を事細かに記録出来る存在が生まれており、それは中国にもいる。このままではいずれ首が回らなくなると悩みまた話し合った。

「なら裁判官を十人にして、地獄をある程度分けてみるのはどうだ」

 秦広王の提案に閻魔は肯いた。

「罪毎に分けねば、重たい罪の者と軽い罪の者が同じ呵責を受ける事になるしな」

 彼の提案を更に捏ね、秦広王は人を集める事にし閻魔は地獄を作り替えた。そうやって試行錯誤し、中国地獄がある程度完成した頃、東にある島国もまだあの世が混沌としている事を告げられた。

「うむ......一度儂が見に行くのもありだな。秦広王に一つ頼んでみよう」

 事の次第を告げると黒い髭を触って肯いた。

「確かに、あの島国のあの世は一人の神で成り立っていたはず。貴殿が行けばそこも大きく変わるだろう」

 閻魔は地蔵菩薩と共に船に乗り、島国、日本へ向かった。辿り着いたのは黄泉の国へ繋がる道の近くで、二人は辺りを見渡しながら歩を進めた。

「ヤマ様、向こうに見える門があの世への入口のようでございます」

 地蔵菩薩が先に見つけ指をさした。そこにあるのは荘厳な雰囲気を放つ大門で、背丈が六・六尺近くある閻魔でも小さく見える程だった。

「古い国というだけあって歴史を感じるな......」

 軽く見上げ、息を吸った。

「頼もう!」

 響き渡る低音。静寂が流れた後、ずずっと門の片側が動いた。

「何用でしょう」

 見えたのは中国にいる鬼と似たような見た目の青年で、訝しげに二人を見た。閻魔は軽く自身の事を説明し、続けて地蔵菩薩が頭をさげた。青年はどこか納得した様子で身を退いた。

「どうぞ、お入りください」

 既に日本には仏教が持ち込まれており、八百万の神にも伝わっていた。青年はそれもあって疑う事なく二人を招き入れた。

 黄泉の国は洞窟のような見た目で、幾らか整ってはいる様子ではあった。然し拓けた場所に出ると一人の女が蹲っているのが見えた。青年が慌てて駆け寄る。

「イザナミ様!」

 その名前に反応する。

「イザナミ......確かこの国を産んだ女神」

 閻魔の言葉に肯いた。

「然しとても神とは思えぬ気配......何かあったのでしょう」

 二人はさっと近づき膝をついた。イザナミは頭を抱えて唸っており、青年の声がけにすら反応しない。

「君、イザナミ様は一体どうなされた」

 閻魔が問いかけると、少し慌てながらも説明してくれた。産んだ自然の神が火の神で、それによって死亡した事。その後夫であるイザナキに姿を見られて憤慨してしまった勢いで、千人殺すと口走ってしまった事。そして何より彼女は既に死んだ神、理性が壊れ獣のような何かに変わっていく最中で苦しんでいる事を話した。

 神が死んだその先はどこの国でも同じだ。閻魔のようにもう一度神となる場合もあるが、大体はそのまま自我を失い獣のような何かになって最後は消える......ばりばりと雷神の力が弾ける彼女に、閻魔はそっと手を近づけた。

 大きな掌にイザナミは反応し、顔をあげた。

「あなた様は自身の発した言霊を悔いておられる、違いますか」

 彼の低く救うような声音に地蔵菩薩も彼女の背中に手を置いた。柔らかく、木漏れ日のような温もりがあった。

「ち、違わない......あたしのせいで夫も苦しめている」

 鬼のように鋭くなった瞳を見つめ、閻魔は軽く背中をさすった。

「それだけ反省し、罪の分だけ苦しんだのならもう解放されてはどうでしょう」

 イザナミは右眼を丸くしてかぶりを振った。

「いや、まだあたしの言霊で、」

 それに反論したのは地蔵菩薩だ。

「もう彼らはあなた様の言霊では死しておりませぬ。時代が移り変わり、世界の理が変化したのでございます」

 イザナミは二人の眼を交互に見てから伏せた。

「あたしは......」

「十分苦しみました。ですから後はこの閻魔王におまかせください」

 再度視線をあげる。その赤黒い双眸に、「閻魔王」と囁くように名前を呼んだ。

 中国地獄で培った経験を元に、閻魔は黄泉の国を作り替えた。その際、後の奪衣婆と懸衣翁夫妻になる巨大な鬼が彼の補佐官を務め、地蔵菩薩は幼くして亡くなった亡者達を暫く慰める事に専念した。

 イザナミは重荷が降りたように気が楽になり、彼の役に立つ為に自ら雷神を使った呵責を行い、また鬼や黄泉産まれの妖怪を纏めあげた。そうして着実に黄泉の国が日本地獄へ変わっていくなか、知らせを聞きつけたヤミーが中国を経て日本に上陸。双子は再会した。

「最高裁判官、か」

 更に歳を取った姿に変わった彼は、顎に並ぶ無精髭を触った。日本の着物に着替え、丁度五十ぐらいの威厳ある見た目になった彼に地蔵菩薩が提案した。

「ええ。中国地獄の方は後任が十王を務めるようでございまして、秦広王含めた九名の王がこちらに来るとの知らせが届きました。そうなれば誰か一人、最高裁判官として纏める者がおらねばなりません」

「だとすれば適任はただ一人......地獄と天国の判決を直に言い渡すヤマ様、いえ閻魔様であるとわたくしは思いまして」

 にこにこと朗らかな笑みを浮かべる菩薩に、閻魔は顎から手を離した。

「うむ。儂もそちらの方がやりやすい」

 立ち上がると屋敷の外を見た。すっかり地獄の様相に変わった景色は赤く、天界、現世、地獄を繋ぐ太陽が照らしていた。

「名を改める」

「ほう。何になされるのでしょう」

 すっと地蔵菩薩が膝先を彼に向けた。威厳のある横顔を見上げる。

「閻魔大王だ。以後儂の事は大王と呼べ」

 その名にふっと笑い頭をさげた。

「承知致しました。大王」

 地蔵菩薩の姿を一瞥し、ヤマ改め大王は裁きを下すため裁判所へ向かった。

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