第2話

第一章 衝突コンフリクト


『 ガンライフオンライン 関東高校大会県予選

  地区大会優勝賞金百万円! 申込期限 本日一七時まで 』


 廊下に置かれた機械から流れる映像。カズヤは大きく映された銃の画像と、赤いデカデカとした宣伝文句を眺める。

 知っている。

 ガンライフオンラインも、校内大会も、賞金も、締め切りが今日のことも。

 今いる一階玄関に、大会エントリーを行える受付機械が置かれているのだった。だからここにいるのだ。

 周りを見てみる。カズヤの他には、人っ子一人いなかった。

「そりゃ、そうか」

 カズヤはため息をついて、その場を後にした。


「おー、カズヤン! 勧誘ミッション『余りものを狙え!』作戦、うまくいきました?」

 教室に戻ると、ケータイゲームをしていた真白マシロフワリが顔をあげた。

 ふんわりゆるくカールしたセミロングヘア。斜めにベージュ色のくたっとした帽子を被っている。少しタレ目がちの瞳で見上げられると、その姿はどことなく小動物を思わせる。

 まだ新しいセーラー服はサイズが合っていないらしく、袖からはちんまりと指先しか出ていない。そのくせ胸部は大きく盛り上がって、裾が引っ張られておへそが見えている。短いスカートで足を組んでいる。低身長のくせにやたらとグラマラスだ。

 フワリは小学校から続いているカズヤの友人で、よく言えば幼馴染、悪く言えば腐れ縁だった。中学時代は剣道部のマネージャーとして活躍し、カズヤが進路で困ったときにも助言をくれた仲である。

「見ての通りだよ。もう全然人いねー。余ってるの、もはやオレらくらいなんじゃね?」

「おーまいがっ!」

 がくーん! とオーバーリアクション気味に反応して、フワリは頭を抱えた。

 校内大会に参加するには最低三人からチームを組まなければならない。最大の六人で組むのが常識だが、そもそも一人もメンバーを集められていないのがカズヤたちの現状だ。

 この学校では『ガンライフオンライン』が必修単位で、全員参加が義務となっている。

「フワリたちの単位がぁ……。このままでは一年から留年ですぅ!」

「おいおい、オーバーだな。さすがに、留年まではしないだろ。でも、やっぱ飛び込みで進学して活躍ってのは難しかったか……」

 カズヤたちの通う私立千丈せんじよう高校はeスポーツゲームに力を入れている。最先端の技術と機械を取り入れ、実際の授業でゲームが行われる。中でもVRヴァーチヤルリアリティFPSファーストパーソンシユーティングの先駆けであるガンライフオンラインにはとりわけ熱を入れており、全国大会にも出場したことがある強豪校だ。

 この学園は中学からの内部進学が多いため、所謂エリートゲーマーが多いのだ。外から来たカズヤとフワリはなかなか馴染めないで、入学式から一週間を過ごしていた。

「……ガンライフは諦めて、別のゲーム探すか? 別の科に転学って手もあるし」

「うわ! カズヤン、クソすぎ! 『オレは百銃の王バレツトキングになる!』って言ったくせに! フワリの進路まで変えて! こんな何にもねぇサバンナに一人じゃ! も~、フワリの人生設計めちゃくちゃですっ!」

「いや言ってないが」

 フワリはカズヤにこの高校を勧め、いつの間にか勝手についてきただけだ。

「こんな難しいって思わなかったんだよ。どいつもこいつもうますぎる」

 一週間前、始めた気持ちなどすでになくしてしまった。勇んでやり始めた分だけ、自分の実力に絶望したのだった。

「普通にへたくそです。みんなそこからスタートするんです! ホラ、熱くなれよ!」

 フワリは立ち上がって、どこからともなくおしぼりを取り出して、カズヤの顔にくっつけた。

「あぢぃっ!」

 熱しぼだった。

「なんでそんなもん持ってるんだ!」

 カズヤは椅子から派手に転げ落ちてのたうち回る。

 フワリは机の上に置いてあった筆箱とおぼしき箱をひらひらと見せつけ、

「じゃじゃ~ん。最新作、筆箱擬態おしぼり温め機~!」

「どこで使うの⁉」

 需要がどこにも見当たらない。

 今です、とか適当に答えながら、ぶっ倒れたカズヤをじーっと見て、フワリは嘆息した。

「あ~あ。そういう風に這いつくばるカズヤンも、前はかっこよかったのになぁ」

「あン? どういう意味だ?」

「別にぃ。……しかし参りましたね。マジでメンバー探しは喫緊の課題ですよ、きっきん。こうなれば、なりふり構わず最終手段を使うしかねーです」

「最終手段?」

 とカズヤはオウム返しして、フワリの向ける視線の先を追った。

 フワリはじーっと、教室の後ろを眺めていた。

 一番後ろのカズヤの席。その後ろ。そこに、新しい机と椅子のセットが置かれていた。

「転校生ですよ」


 朝のホームルームは、いつも通りの時間に、始まらなかった。

 どうやら転校生の手続きに手間取っているらしい、とクラスメイトが噂をしていた。

「ねね、カズヤン。こんなタイミングで来る転校生、どんな子だと思います?」

「別に……何か理由があるんだろ。悪いな、オレは今ちょっと忙しいんだ」

 ごそごそと机の下でスマホをいじり始めるカズヤに、フワリは「うわ!」とあからさまに引いていた。

「いつものお気に入りのエロ動画ですか? 『これがないとオレの一日が始まらないぜ!』ってヤツ。学校で見るなんてカズヤン最初から終わってますよ! 早くバレて退学して!」

「学校で誰が見るか!」

「おお? 学校じゃない場所なら見るんです?」

「…………。いや。見ない、けど?」

「嘘っぺぇ~」

 ジト目を向けてくるフワリに、カズヤは狼狽えながら説明する。

「ち、違うっての。決まってるだろ。ガンライフオンライン!」

「の、お気に入りの女の子でしょ~」

 フワリは全部わかって言っているので、つまらなそうに付け足した。

「違わい。そんな簡単なもんじゃねー。サキは敢えて言えば……そう、天使だな」

 カズヤにとっては、まさしく戦場に舞い降りた天使に違いなかった。

 漆黒のポニーテール。白銀の服に包まれた華奢な体。鋭い瞳。透き通るソプラノボイス。

 反面、野生の獣を思わせる――苛烈な戦いぶり。

 獰猛にして果敢。蛮勇のようでいて、清廉。

 思い出すだけで背筋が冷えるかのような、この世ならざる美しさ。

 本当に現実にいるのか、あるいは、彼女は電子だけの存在か。

「キモ~。だいたいああいうオンナって見てくれがいいからチヤホヤされてるだけで、現実ではカスみてーな性格してますよ。あんなん天使じゃなくて悪魔です、悪魔」

「はいはい。敗北者フワリさん乙」

「マジムカ」

「あ、オレ動画見ないとなんで」

 ぷくりと頬を膨らませたフワリを無視して、カズヤはスマホへと視線を戻した。待ち受けに設定しているサキが微笑んでくれていた。そこで、担任がガラガラとドアを開けてやってくる。教室が騒がしくなるが、カズヤにとっては、そんな喧噪も全く気にならない。

「ふへへ……」

 始まった動画を見て、思わず頬が緩んでしまう。画面の中で、白装束の女の子が動いている。まったく、サキはマジモンの天使だぜ……!

「はい。……一草いちくさ高校から……名前は霧……。お願い……す」

 カズヤは転校生を見ることもなく、文字通りそっちのけで、紹介も話も聞かずにスマホで再生される『その子』を見ていた。

 一番お気に入りの動画。真っ白の軍服。両手の短機関銃。あのとき出会った一分二四秒。

「あわわわわわ、カズヤン……」

 ちょんちょん、と隣から触れるフワリの指も、まるで気にならない。動画に釘付けだ。

 戦場を駆ける少女。実際のプレイ動画の切り貼り――モンタージュというらしい――連続で敵を撃ち抜いていく、爽快すぎる銃突撃。プレイすればわかる壮絶な実力。他を圧倒するその苛烈さはまさに鍛え上げたプレイヤースキル。戦いは真剣勝負。映画などより遥かにリアルだ。

 サキ。同い年の超人的プレイヤー。

 走るとたなびく漆黒のポニーテールは赤い花の髪飾りで結っている。抜き身の刃を思わせる、深い蒼を湛えた瞳。鼻は高く唇は小さい。画面が切り替わり、カメラに向かって柔和な笑み。

『居場所が欲しいの?』

 何度も繰り返された言葉なのに、思わず鳥肌が立つ。ワイヤレスイヤホンから流れてくる、凜とした、鈴の音色のような綺麗な声。

「じゃあ、一番後ろの席に」と促され、現実では『彼女』が歩いてきていた。

「ど、動画見てる場合じゃねーです……! も、モノホンですよ、カズヤン!」

「ん?」

 そこで強くフワリに引っ張られて、カズヤは気づいた。口をパクパクとあける横のフワリ。ちょうど腕を伸ばしたフワリが彼女の通せんぼになっていたらしい。

「ちょっと。通れないんだけど」

 目の前に立つ、真っ白のセーラー服の少女。動画から、そのまま飛び出したかのような。


 サキだった。


「うわあああっ⁉」

 カズヤはあまりの驚きに、本日二度目の転倒を華麗に決めた。その拍子にスマホのイヤホンがジャックから抜け、音声がスピーカーに切り替わり、教室に出力されていた。

『アナタもアタシと一緒に戦いましょう』

「…………は? ナニ見てんの?」

 流れる自分の声に気づいて、奇しくも同じポーズで、サキは低く冷淡に言った。

「え? 何これ? 現実? ……夢、じゃない、よな?」

 先ほどのフワリと同じように、カズヤも口が開いて塞がらなかった。スマホと目の前に立つサキを何度も見比べて、すっとぼけた言葉しか出てこない。

「邪魔。どいて」

 道ばたの石でも見つめるような、感情の見えない瞳。静かな声色。サキは横を通り過ぎて、カズヤの後ろの席に座った。

 倒れているカズヤに、右手は差し出されなかった。

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