第64話 看病
『いままでありがとな』
『ばいばい、
『悠真さん、さようなら』
『お兄ちゃん、、、』
『ま、待ってくれ。みんなして俺を置いて行かないでくれ』
俺は離れていく背中に向かって右手を伸ばした
熱が上がったからなのか良くない夢を見ていた。
俺は勢いよく起き上がった。身体中が汗で濡れている。こんな風に起きるのはいつぶりだろうか。俺が伸ばした右手は
ふと自分の左手に違和感を感じて見てみると、そこには俺の手を握っている
「起きたんですね。おはようございます」
「お、おはようございます。この手は?もしかして近くに来た時につかんじゃってたりしました?」
あんな夢を見ていたんだ。もしかしたら自分が無意識のうちに誰かを求めていて手を握った可能性がある。
「違いますよ。悠真さんがうなされていたので私がその手を握ったんです」
「そうですか・・・」
「そうですよ。悪い夢でも見ましたか?」
「なんでも無いです」
「・・・そうですか」
俺の精神は自分が思っているより弱っているらしい。高校から始まった新生活の疲れや最近また昔のことを自分から話したことなどが重なった結果の風邪だろうと思っていたが、身体以上に弱っているのは精神なのかもしれない。
俺はこれ以上心配かけるわけにもいかないので自分に仮面を着けて返答する。
「今食欲はありますか?」
「はい、少しですけど」
「おかゆを作ったんですけど食べま、、」
「食べます」
さっき起きたときから漂っていた美味しそうな匂いの正体が分かったし、美月さんの手料理ということもあり食い気味で返事をした。
「では温めて持ってきますね」
美月さんはそう言って俺の手を離して立ち上がって部屋を出ていこうとした。俺はそんな背中が離れていく姿を見て思わず手を伸ばしてしまった。
「ゆ、悠真さん!?どうしてんですか!?」
「え、あ。なんでも無いです。ごめんなさい、つい手が伸びてしまいまして」
「ついですか!?そんなこと」
「なんだかその背中が遠くに行ってしまいそうで」
「どこにも行きませんよ。ずっといますよ。でも、今からおかゆを温めに行きますけどね」
俺の手を握って俺の目の前に天使の、いや、女神のような微笑みを向けた。
「じゃあ行きますね。そこで待っていてください」
そう言って今度こそ俺の部屋を出て行く美月さんの背中を見ていた。
俺は何してるんだろう。あんな夢を見た後だから誰かが側から離れていくのが、大切な人が離れていって一人になるのが怖かったのかもしれない。ほんの少し前までは独りだなんて思っていたのにな。
俺はこれ以上考えても悪い方にしか思考がいかないと思い別のことを考えることにした。美月さんの作ってくれたおかゆは美味しいんだろうな。
ん?ちょっと待て、美月さんはどうやって作ったんだ?ここは俺の家だし冷蔵庫にはほとんど何も入っていなかったはずだ。元々、今日買いにに行く予定だったからだ。
「おかゆ持ってきましたよ」
ドアが開いて見えた美月さんの手にあるお盆の俺の家の土鍋とお椀があった。
「あ、この土鍋ですか?
「あいつまた勝手に、いや、今回は仕方ないか」
「食材はここに来るときに念のため買ってきていたものです」
俺が寝てたから仕方ないけどあいつ俺の家を自分の家のようにし過ぎだろ。まあ今回は見逃してやるか。
「じゃあ口を開けてください」
「え」
美月さんはおかゆをお椀によそって、そのお椀からスプーンでおかゆをすくって俺の前に出してきた。
「自分で食べれますって」
「だめです。風邪引いてるんですから言う事きいてください」
「でも、、、」
「早く口を開けてください。じゃないとあげませんよ」
う、目の前に食事が出てきたからかさっきより食欲も出てきてるし、朝も全然食べれていないので意識してからお腹が空いて仕方がない。
食堂でやったときと違って誰にも見られないし、俺の体調を心配してのことだろうし覚悟するしか無いか。
それでも恥ずかしいものは恥ずかしいので俺は目を閉じながら口を開けた。
「・・・?」
なかなかおかゆが口に入ってこない。なんでだ?
俺は気になって目を開けると、閉じる前と全く同じ光景が広がっていた。
「やっと目を開けてくれました。目を瞑らないでください」
「でも、恥ずかしい、、、」
「ダメです」
そう言って美月さんは俺の口の中におかゆの乗ったスプーンを入れた。
口の中に広がったおかゆは美味しく、暖かく感じた。
美月さんは次の分をすくって冷ますためにフーフーと息を吹きかけていた。俺の視線はそんな美月さんの口元に吸い寄せられていた。
「私の口に何かついてますか?」
「い、いや、な、なんでも無いです」
「?そうですか」
俺がずっと口元を見ていたことがバレていたらしい。気を付けなくては。
その後もおかゆは全て美月さんに食べさせてもらいました。恥ずかしくて顔の体温はものすごく上昇しました。まる。
「汗もかいているでしょうしお風呂に入ってきてください。湯船にお湯を張っているので」
「あ、はい。ありがとうございます」
俺が寝込んでいる間にそんなことまでしてくれていたらしい。こんなのまるで同棲中の・・・、ね、。
「じゃあ入って来ます。家の鍵は開けっぱなしでいいですよ。あとお風呂から上がったら閉めますので」
もう時間も遅いし美月さんの親が心配するだろうしそろそろ帰ったほうがいいだろう。俺が風呂に入っている間に帰るのが一番いいと思ったのでそう提案させてもらった。
美月さんはキョトンとした顔をして首をかしげていた。
「何言っているのですか?悠真さんがお風呂から上がるまで待ってますよ」
「早く帰らないと親が心配しますよ」
「いえ、何か勘違いしてませんか?私、今日悠真さんの家に泊まりますよ」
「・・・え?」
え?聞き間違いか?美月さんは当たり前のように俺の家に泊まると言わなかったか?
「あ、聞き間違いか」
「聞き間違いなんかじゃないですよ。私は今日悠真さんの家に泊まって看病します。着替えも持ってきているので安心してください」
いやいやいや、俺の家に美月さんが泊まる?そんな状況になると思ってなかったし、心配してるのは着替えとかの部分じゃないんだよな。
「先にお風呂に入ってきてください。私もその間に色々準備をしてますので」
「あ、ハイ。イッテキマス」
俺はもう考えるのをやめた。
クローゼットの中から着替えを取り出し、洗面所に向かった。
シャワーを浴びたらお湯と一緒に色々なものが流れて色々軽くなったような感じがした。
もしかしたら今日リラックス出来るのは湯船の中だけなのかもしれない。
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