第13話 祭の全力お料理 in リアライブ事務所
僕はその場に自分の
と言っても出すのは包丁やフライパン、鍋などの一般的な調理器具だけど。見た目は普通だけどダンジョン産のちょっと特殊な素材が使われているから、かなり頑丈で今回の調理にも耐えられるように作られている。
ただもしかすると、今回限りの使い切りになるかもしれないけどね。
今いるのはさっきまでの会議室から移動して事務所の屋上。
本当はダンジョンの中で調理するのが良いんだけど、今日は探索者の資格を持っていない人(結城さんと広瀬さん)もいるからここで調理を行う。
ただやっぱり室内だとちょっぴり不安だったので場所は移動して屋外にしてもらった。
「一応、壁を作るので大丈夫だと思うんですけどあんまり近付かないで下さいね。姉さんはそこら辺分かってると思うから、皆さんの事を見ててあげて」
「千歳お姉さんに任せなさい! 適当に結界張っておくから遠慮なくやっちゃって!!」
「ありがとう、姉さん」
千歳叔母さんは腰のポーチから杖を取り出してそこに魔力を込める。すると僕と簡易キッチンを囲うようにして薄い立方体の膜が形成される。
よし、これで心配はいらない。千歳叔母さんの結界は頑丈だからちょっとやそっとの事じゃビクともしないからね。実際、前にも千歳叔母さんに強請られて家でモンスター食材を調理した時にも使ってもらったし。
これなら……本気で調理しても大丈夫そうだ。
「さて、じゃあ全力調理、始めましょう!!」
僕は身体から魔力を放出して自分と調理スペースを包み込み、その中を自分の魔力で満たす。これで準備は完了だ。
そして今日のメインとなる食材を収納袋から取り出した――
いよいよ祭が調理を始めるというところになってカレンがツッコミを入れる。
「あの、この準備は一体何なんですの? それに料理をするのに結界ってどういうことでしょうか?」
「あれ? 貴女は祭ちゃんと一緒にお料理したんだよね?」
「ええ、はい。と言ってもガトリングマッシュを七輪で焼いて醤油を塗った簡単な料理ですけれど……」
「ふ~ん、まあ見てれば分ると思うけど。今から始まるのは祭ちゃんの全力お料理だよ」
「全力、お料理……??」
増々訳の分からないと言った顔をカレンが披露する一方で、何時の間に作っていたのか『祭こっち見て!』『私の最推し!!』と書かれた団扇を持っているのは奏だ。
その恰好はまるでアイドルライブの観客のようで、完全に推しを見に来たアイドルオタクのように鼻息を荒くしていた。
広瀬は少し不安そうに眉を下げながらも興味を隠せない様子で、そこから不安を抜き完全に興味一色にしたのが結城、という感じだ。
皆が皆、これから何が始まるのか興味津々の様子だ。これらの準備のしようからして、今から始まるのは普通の料理で無い事だけは確かだろうから……
そんな彼らの目の前で祭がいよいよ食材を取り出す。
収納袋の中から取り出したのは、大きな肉の塊だった。
日の光を受けて真っ赤に輝くそれは、まるで宝石のように。その姿を見ただけで祭を除くその場の全員はゴクリと唾を飲んだ。
一目見るだけで、食べなくても分かる。その食材が間違いなく美味しい、と。
「今回使っていくのは、この『
祭はそれだけ言うと、周りの一切を意識から排除して目の前の食材に向き合う。
その顔はモンスターと対峙した時にすら見せたことが無いほど鋭い眼差しを宿しており、集中力を高めるように包丁を構えたまま一度動きを止めて深呼吸をする。それは見ている側にも緊張感を感じさせるような、紛れもない『職人』と呼ばれる人種の纏う雰囲気を漂わせていた。
ゆっくりと瞼を開けた祭は、しかし普通の料理人であれば絶対にしないような動き――包丁を持つ手を天高く振り上げる動作をする。
スー……トンッ
振り下ろす瞬間は、Aランク探索者である奏にすら見えなかった。それはあの日、奏が祭に助けられたあの日と同じかそれ以上の力を祭が今ここで揮っていることを示していた。
けれどもそれは剣を振る時のような空気を切り裂く音さえ発生させず、ただ静かに食材を両断しまな板を優しく「トン」と叩く音だけを辺りに響かせた。
見ている者達の目が両断された肉塊を認識したのと同時に、それまでの静寂を置き去りにする程の凄まじい衝撃波が発生し周辺を蹂躙しようと駆け抜ける。
しかし祭の魔力による壁と千歳の張る結界は、その衝撃波を防ぎ切り外にいる者には何ら影響を与えなかった。ただほんの少し、頬を撫でる程度まで威力を落とされた風がそれすらもすり抜けてしまったが……
「なに、今の……」
先程まで浮かれ気分100%だった奏が、たった今目の前で起こった信じ難い光景に思わず正気に戻される。
それは他の面々も同様で、ただ一人祭の調理風景をよく知る千歳だけが今の一連の出来事を見て感嘆するようにヒューと口笛を鳴らした。そして少し困った顔をしてから再度、その手に持つ杖に魔力を込める。
「あちゃー、ついこの間までは完全に防ぎきれたはずなのにもうこのレベルの結界じゃ駄目か~。祭ちゃんてば、成長著しいなあ。探索者デビューから見守っている私としては嬉しいというか、でもやっぱりちょっぴり寂しいというか「ちょ、あ、アレは何なんですの!?」――ん?」
その衝撃からいち早く立ち直ったのは、良くも悪くもこういった突発的な事に耐性のあるカレンだった。
「何って、さっきも言ったじゃん。祭ちゃんの全力お料理だよ?」
千歳はそう返すが、その要領の得ない返答を聞いてカレンは額に青筋を立てる。
「ですから、全力お料理とはなん、なん、です、の!?」
「?……あ、あ~……そういうことか」
カレンの指摘にこの人は一体何を言っているんだろう、みたいな顔をしていた千歳だったが少し考えて何かに納得したような顔になる。
「ねえ、不思議に思ったことはない? 大抵のモンスターは強くなればなるほどにその肉体強度も身体能力も上昇する。にも関わらず食材系のドロップは、元がどんなに強力なモンスターだろうと、普通の調理器具で、一般人の力で簡単にお料理出来ちゃうってことに」
「「っ……」」
奏とカレンは千歳のその言葉に言われてみれば確かに、とそう思った。
逆にどうしてこれまでそこに疑問を持たなかったのか不思議に思ったぐらいだった。
そんな二人の反応を見ても特に気にすることもなく千歳は淡々と言葉を続ける。
「ただし、ドロップアイテムという現象を介さずにモンスターの素材をゲットすると、それは生前とほぼ変わらないだけの強度を誇る素材になるの。てことは、普通のお料理をしてたんじゃ歯が立つわけないでしょ? その答えが今、祭ちゃんがやっている全力お料理ってわけ」
「ドロップアイテムを介さずに……なるほど、そういうことですのね」
「カレンちゃん? 何か知ってるの?」
「ええ、祭さんにはモンスターをドロップアイテムにせずに丸ごと手に入れる手段があるんですの」
「何だそれも知ってたんだ。確かに祭ちゃん特に隠したりはしてなかったもんね。う~ん……まあいっか。ちなみに祭ちゃんが扱ってるあの食材だけど、千葉にあるレベル5ダンジョン『星降る草原』の下層に出現するモンスターよ。だから祭ちゃんも結構本気でお料理してる」
「「「……」」」
たった数分の間に次々と明らかになる衝撃的な事実。
ドロップアイテムにせずにモンスターを倒す?レベル5ダンジョンの下層? そんな信じられない言葉は、現役探索者の二人だけでなく探索者ではない広瀬や結城までをも絶句させた。
むしろそんな爆弾を何でもないことのように言っている千歳の方がこの場においては異常なのである。
「まあ驚くのも分かるけど、今はそんな場合じゃないと思うなあ。それよりも今はもっと見るべきものがあると思うけどな?」
そう言った千歳は、奏たちを話している間も決して視線を動かそうとしなかった。その視線は最初から最後までずっとある方向に固定されている。
未だ衝撃かた立ち直れぬ面々であったが、その視線の先に何があるのかは全員が分かっていた。
だからこそ、自然と彼らの視線もそちらに向けられる。
「しっかり目に焼き付けておいた方がいいよ。と言っても嫌でも忘れられないと思うけど。だって……全力お料理をしている時の祭ちゃんは――最高なんだから」
奏もカレンも広瀬も結城も、誰もが千歳の言葉を否定するどころか瞬時にその真意を理解してしまった。否、させられてしまったのだ。
大きな肉塊だったものは祭が腕を振るごとに次々と一人前の大きさに切り分けられていく。続けてそれを焼くために祭は火の準備にかかる。
フライパンの下で燃え盛る炎は、何もかもを焼き尽くさんとする勢いで祭が張った壁の中を這いながら広がる。普通なら心配するところだが、それすらも料理をする祭を惹き立てる為の演出に感じられた。
まるで地獄の業火でも呼び寄せたかのように燃え盛るその炎は、しかしながら周辺にはその僅かな熱気以外に一切の影響を与えていなかった。ただし、全員そんな方向には既に意識が向いていないので気付かない。
遂に熱されたフライパンに肉を載せれば、ジュ―ッと耳に心地よい音を見ている者たちに届けた。焼けば焼く程に溢れ出る肉汁はフライパンの上で黄金の花火のように打ちあがる。
それは調理を行っている祭の姿を幻想的なまでに彩っていた。ここが都会にあるビルの屋上であるということを忘れさせてしまうぐらいに。
そして人数分のステーキが焼き上がり、これも何処から取り出したのか小さな鉄板の上に乗せられていく。そこに付け合わせの野菜を幾つか乗せる。
祭のする一挙一動から誰もが目を離すことが出来なかった。
腕の動きから指先の動き、そして視線の移り変わりにすら心が躍り、ふいに祭と視線が合いそうになれば心臓を鷲掴みにされるかという衝撃を受けた。
千歳の言った通りその姿は最高、いやその言葉ですらアレを表現するには不相応だった。
そして最後にテーブルに出来上がったステーキを並べると、とびきりの笑顔でこう宣言した。
「出来ました! 星屑の夜天龍のステーキです!!」
その場の全員が理解した。
料理とは祭の為のステージであり、その美を惹き立てる最高のピースであることを。
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という訳で、何か凄い食材を調理する祭でした!
何かこういう文章の後にこうしてあとがきで雰囲気を壊してしまうのも微妙な感じがするので、今日は短めにしますね。
ではでは、次回の更新をお楽しみに! 次回は今回作ったステーキの実食回です!(本当は食べるところまで書きたかったんですけど、思ったよりも出来上がるまでが長くなってしまいました)
それから、皆さん毎日の投稿に付き合って沢山の反応を下さりありがとうございます! 日々の励みになっております!
ではまた次回お会いしましょう!!
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