閑話 冷酷な空想家
俺は生まれた頃から人を信じてはいなかった。
母は誰が聞いても一瞬で分かる怪しい宗教にハマった。
父は親友と思っていた人間に一緒に企業しようと持ちかけられて金だけ奪われて逃げられた。
そのせいで家はひどく貧しく、常に怪しい人が出入りする空間となっていた。
俺に居場所などどこにも無い。
だからこそ、こんな家を早く出てまともな職についてやるんだと意気込んでいた。
その目標通りに俺は警察学校に入学した。
この時はまだ自分の正義を貫くために絶対に警官になってやるのだと思った。
俺が未熟だった。
世界を知らない俺にとってはここでの生活は地獄のようなもの。
学生生活もまともには受けていなかったので集団生活というものを知らない。
厳しい上下関係。浮いた俺を標的にしたいじめ。休む暇などないスケジュール。
そのどれもが俺の心を痛め付ける。
「どうして俺はこうも不幸なのか。俺は何者からも見放された存在なのか。」
俺はそう呟くのがいつしか口癖になっていた。
全てを憎みに思った警察学校も卒業を迎えることになる。
その後は地方に飛ばされて、何も無い町で毎日つまらない日々を暮らしていた。
これが普通の人が願う平和というものなのか。
「つまらない。」
俺はどうしてなのかそう感じてしまった。
あれほど羨んだ日常は、どうも俺に刺激を与えてはくれなかった。
俺が色鮮やかに思っていた世界もまたあっちと同じように中身などないどうしようもないものだ。
『次のニュースはこちらです。昨日正午過ぎに、息子と名乗る男性から80歳の夫婦が500万円を盗まれた事件が発生しました。いわいる、オレオレ詐欺。今回は時代によって大きくその姿を変える振込詐欺の現状をお伝えします。』
「振込詐欺ねぇー。この町はご老人が多いから引っ掛かる人多いんだよね。その度に上から注意喚起しろってうるせーのなんの。どんだけ注意喚起しても意味ないっての。どう思う大城ちゃーん。」
「・・・。俺は馬鹿な奴らだと思いますね。相手は老人なんだからうまくすれば足がつくことなんてないのに。」
「おいおい、大城ちゃーん。それじゃあ、詐欺師の意見になってるから。」
「って冗談ですよ。冗談。俺ちょっと見回りしてきます。」
「若いのに精が出るねぇー。がんばれよー。」
思えばこの時が俺の人生を大きく動くことなった。
詐欺。
人を騙し金や個人情報を奪う犯罪。
俺はそれでこの世を正すのだ。
人を簡単に信じてしまうような人間には金を徴収することによって身に刻ませる。
人は嘘で生きている物だと。
「こんにちはー。近くの交番に配属されました大城と言います。」
「なんですか?別に警察のお世話になるようなことした覚えないですけど。」
「いえいえ違うんですよ!これから週に数回見回りにお声を掛けさせてもらおうと思うのでその挨拶に。」
「なーんだ。そんなことかい。ちょっと身構えてしまったわ。歳をとると用心深くなるべきって都会へ出て行った息子にも言われたし。」
「息子さんこちらにはいないんですね。それはさぞ寂しいことでしょう。」
「えぇそうね。主人も私より先に旅だってしまったからこんなに大きい家に1人で暮らしてるのよ。」
「それは危険ですね。取り締まりを強化しますのでご安心して夜はお眠りください。」
「あらー頼りになるわー。」
これだけ情報を与えてくれるやつがいるのか。
家族構成は3人。息子と夫婦。
夫は先立ってしまい、息子もこの家を出ていってしまってる。
俺は何度もこの家に通った。
何も無かったとしてもただの雑談をするために。
そうやって少しずつ俺への信頼を勝ち取っていった。
それはこの家だけの話ではない。
過疎化や少子高齢化が進んでいるこの街では探せば似たような境遇の家庭は山ほどある。
そして、そのコミュニティの中で俺の噂が広まり、瞬く間に知らない人物がいなくなる。
真面目で気さく、常に人のことを気にかけていて、困ったことがあればなんでも解決する。
そんな絵に描いたような聖人の噂。
しかし、現実にそんな人間は存在しない。
いると思いたいかもしれないが、人には必ず裏と表が存在する。
そして、見たい物だけを見てそれ以外の物から目を向ける人々にとって1度見た表は覆ることはない。
「た、助けてくれないか!山中さん!」
俺は息を切らしながらいつも訪問している家に行った。
「どうしたの!大城ちゃんそんなに慌てて。ゆっくりで良いから話しなさい。」
「か、か、母さんが倒れた!」
俺は母親がどうなっているかなど知らない。
それこそ生きているかどうかさえも。
「倒れたってどういうことなの?大丈夫なの?」
いつもは話を聞いてもらっている側の俺が血相変えて自分の話を始めたのだ。
それは驚いて話を聞いている。
「去年の冬頃から母さんは心臓に重い病を患っていた。それで何度か手術はしていたけど、・・・も、もう長くは持たないって。手術する金も残ってないし、俺は最後に恩返しすることもできずに母さんは死んでいくのか。」
俺があんなやつのためにする恩返しなど1つもない。
しかし、それを聞いた山中さんは決意を決めた顔になる。
そして次の瞬間言葉にするのは、
(お金いくら必要なの?私も協力するわ。・・かな)
「お金いくら必要なの?私も協力するわ。」
「手術に必要なのは300万。すまない山中さん!50万貸してくれないか!絶対に返します。だから、お願いします。」
俺は地面に頭を擦り付けて土下座をした。
山中にはこれがどう見ているのだろう。
それは分からないが金を貸してくれることは確かだ。
後日、俺はしっかりと山中の手から50万円を受け取った。
他の家も同様に50万を手渡してくれた。
総額は400万円にも及ぶ。
この金を持って逃げる前に、しっかりと各家に回り挨拶をしてからこの町を離れた。
これは後で分かった話だが、息子に50万円を俺に渡したことを気付かれたらしく、警察に被害届を出そうと何度も言われたらしい。
それでも山中さんは何度も、
「これは騙された訳じゃないのよ。大城ちゃんに必要な母親との時間を私が買ったのよ。だって、私があの子はたくさん私に恵んてくれたのだもの50万でも足りないくらいよ。」
と繰り返した。寂しくなった心の穴を埋められた俺という存在。
そして、自分のような思いをして欲しく無いという甘い考え。
そんなくだらない幻想が金を生む。
最後まで被害届を出すことは無かった。
それはこの家に限った話ではない。被害にあった家全部が例外なく。
それが少し羨ましいとさえも思えた。
俺はこれから生きていくなかで人を信じるということはきっとないだろう。
その後、俺は色々な家に手を出した。
ターゲットは決まって親族に見放されいたり、身寄りを失ってしまった寂しい孤独な老人だった。
何度も何度もターゲットの懐に入り込み完全に信じ切ったころにはもう全身に毒が周り切っている。
それこそ世界に恐れられるようになったのは、もっと金を巻き取るために芸能人や資産家、裏企業の親族なんかにも手を出した。
世界は俺を恐れていた。
本人が被害届を出さないから表には出ない。
そして、それまで一切ターゲットのことに興味の無かった親族は俺の顔を見たこともない。
人の人情に訴えかけ、嘘を捲し立てて金を巻き取る。
そうして人はいつしかこう呼んだ。
冷酷な空想家
俺が捕まったのはその何年も後の話だった。
飽きたというのが正しいのか、最後の信頼していた金にさえも興味が無くなったというのが正しいのか。
俺は自らの口で罪を告白して檻の中に入ることにした。
それは大々的にニュースにも取り上げられ、連日話題になっていたらしい。
それを見た被害者が減刑を求める活動をしていると聞いた時は呆れて声も出なかった。
今日はどうやら雨らしい。
滴る雫が止むことはなかった。
次に生まれ変わるなら、少しは信頼できる似た境遇の奴らに会えるかな。
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