第16話 THE SHINPU
「私、ヴァルテン・ヴァーレン様のことが大好きになってしまいました」
「………店を間違えました」
なんたってこんなおっさんに愛を囁かれにゃならんのだ。
「お、お待ちください。そういう意味ではなくてですね」
誤解です、とマスターが慌てる。
「私が惹かれたのはそのお身体です」
「か、
「いえ、ですからそのずば抜けた身体能力のお話で…どうでしょう、もしその力の秘密を貴方が隠す気がないようでしたらぜひ…」
「
「いやですから、こういった実力のある方は滅多にいらっしゃらないので昔からこうも強い旅人とお会いしたいなぁと思っておりまして…」
「愛したい!!???」
「……お気は済みましたか?」
「そりゃぁもう」
はぁ、とマスターがため息をつく。
そんなことしてちゃ幸せが逃げちゃうよ。
不幸な目に遭うかも……
「僕の
「ほぅ」
だがクヒィにとってそうは思わなかった。
ヴァル様はあの時確かに尋常ではないスピードの動きをして見せた。
いや、そもそもヴァル様は人外のパワーとスピードをお持ちなのはわかっているが、それでもなお、生物の
だがそれが何なのか、ヴァル様は教えて下さらない。言わないということは言いたくないということ。
現に今このマスターに対して事実を述べていないのが、それを物語っている。
ていうかヴァル様の本名が知りたいっっ‼‼
「そうですか……」
長い沈黙、マスターの熟考の末
「わかりました。あくまでそういうことにしておきまして、本題はここからになります」
「ふむ、申せ」
マスターがかしこまって話し出す。
ここまで仰々しいとは。なんだなにかあるのか。
「というのもですね、他でもないヴァル様に特別にお願いが。当然別途報酬もお支払いしますので」
マスター、なかなか見る目あるんじゃない。
「ヴァルテン様は魔物の存在はご存じですよね」
「愚問、僕が倒したんだから」
「ですよね。この魔物というのは言わずと知れた”生ける伝説”でございます」
魔物…それはつまり、前にも言ったが一定以上のポテンシャルを秘めた普通の動物が魔力を得た結果、知性を獲得し、それはそれは強い存在になったのだ。
そう、これはありふれた一般の動物が魔力を得たもの。
「そしてこの世にはもう一つ、”魔獣”が存在します」
「文字通りの伝説だな」
魔物と魔獣。似ているようでこれらはそもそも生物として違う。
魔獣というのは存在しているのはしているが、もはやおとぎ話のような存在に近い。
だがその様は詰まるところ動物…いや生物に似た何かだ。
魔物も生きていてなかなか遭遇できるものではないが、魔獣はその比ではない。
まぁあれだ。日本で言う
「その魔獣がこの近くの村で確認されました」
「なっっ!……それでその村はどうなったんだ?」
マスターが深々とソファーに座りなおす。
そして意味深に眼鏡がひかる。
「壊滅しました…跡形もないほどに……」
隣に座るクヒィがはっと息をのみ、口に手を当ててその事実に耐えかねている。
長い静寂の時が流れる。
「ならだれがそれ伝えたんだよ」
「あ」
確かに!っとマスターが両手で僕を指差しながら口をとがらせる。
「殺すぞ」
「い、いえお待ちください。この情報は内密なものでして、実は国側のそれはそれは偉い神父様が調べた結果、それが魔獣の魔力によるものであると」
「なるほどねぇ」
お偉い神父様ってのは産まれやヘチマでなれるようなもんじゃない。それ相応の力を有していなければその職務を全うできないからだ。
僕の産まれた村なんかにいた神父様はペーペーもいいとこだ。それでも神父様になるのは難しいのだ。
んで、神父様それもそのトップの人が何をしなきゃいけないかってのが、”見通す”ことだ。
その人がどんな
これらを魔力をとおして判断するのがお偉い神父様であり、神父として必要不可欠な力だ。
まぁ五条先生みたいなもんだ。
「で、魔獣様の怒りを鎮めるか、あわよくば討伐してこいと」
「はぃ、そういうことでございます。ま、魔獣とはいえ、姿かたちは違えどそれ以外魔物と要領が異なるのはその希少性だけ。特別な技を使う個体も伝承にありますが、あの屈強な魔物相手にこれだけ蹂躙をされたヴァルテン様であれば造作もないことかと」
つまりは僕に丸投げしようって話だ。
と は い え
ここで成果を示せば僕の名が国中に知れ渡るやもしれん。
これはやらずにはいられないっ!
「あい分かった」
「おぉ!これは心強い」
あとは情報がいるなぁ。
僕が強いとはいえ敵側のことがわからないんじゃぁ話にならない。
無策で挑んでいい相手でもないし…
「そうだ、そのお偉い神父様ってのに会えねぇのかぃ?」
「あぁ、それでしたら…おいキミ」
マスターが先の受付の女性に指をパチンと鳴らす。
「あ、はい!その神父様というのはですねぇ…」
とその時、ゴゴゴゴゴゴゴとすごい音と地響きが辺り一帯を包囲する。
「なっこりゃなんだ!?クヒィ‼‼」
「ばいびょうぶべぼばいばす(大丈夫でございます)」
クヒィがバイブレーションしている。
そうか、さっきからクヒィが全然喋んないなぁと思ってたらマナーモードにしてたんだった。
そして間髪入れずにガァーンと屋根が割れ、周囲に砂煙が舞う。
僕たちはソファーから転がり落ち、成すすべもなく…というか状況が理解できず、おそらく何か落ちてきたであろう部屋の中心に目をやる。
するとどうだ、砂煙のなかになにか人影らしきものが…
「お疲れサマンサ‼」
ん?
今、確かに瓦礫の上に立つ人影からでっかい声が…
煙が晴れ、穴の開いた天井からこぼれる太陽を後光に、一人の老人が目に映る。
「あっ貴方は!!?」
あっと声を上げて受付の女の人が驚く。
「ヴァ、ヴァルテン様…ご紹介致します…」
「え?」
いや、驚いているというか、これは…呆れて……?
「このお方が…お偉い神父様です……」
こ、この方って…
「ハァイ、若造。My name is SHINPU。SHINPU is the best!! シクヨロ~きゃぴッ!」
えぇっと?
「こ…この若作りとかそういう次元じゃない爺さんが…?」
「はい、そうです」
「もうたぶんシクヨロが死語だってことも気づいてないようなこの爺さんが…?」
「はい、そうです」
「この歳でキャピとか言って片手突き上げてるこの爺さんが……?」
「はい、残念ながら」
現れたのはえげつなく自己肯定感高い爺さん。
だが言われてみれば、確かに見てくれだけは白を基調としたいかにもな服装で、見た目だけは the 神父だ。
「Yeah」
「こいつ……どうにかお帰り願えませんかね…ねぇマスター」
シーン
「…マスター?おぉい、マスタぁー?」
おぉおおおおおい、とみんなで叫ぶもマスターがいない。
おい。いやまさか。まさかな。
まさかそんな瓦礫の下に埋まってるなんてことは…
「て、店長!???しっかりしてください‼‼」
見ると受付の女性が瓦礫の下に埋まった
「どれクヒィ、診てあげなさい」
「ぎょい」
ててて、とクヒィは爆上げ爺さんが積み上げた瓦礫の麓に駆け寄っていき、その下敷きになっているマスターに手を当てる。
いや爺さんいい加減そこから降りろよ。
「ちょいと失礼しますねぇ……って…」
クヒィがピタリと止まる。
「おいどうしたクヒィ」
思わず僕も駆け寄る。
「し…死んでる……」
某月某日 10時56分
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