第10話 こころ

で、宿よ。宿なのよ。

 ほんとにここには長く滞在するつもりないから一泊すりゃぁいいんだけど、どうしたもんかな。宿が多すぎる。この通り全部宿屋だぞ。なんだかなぁ。

やっぱこういう時ぼろぼろのところに入ってあげたいよね。なんかこぅ商売敵しょうばいがたきが多くて大変そうな。ちゃんと僕みたいな庶民が泊ってあげないと。


「お、いい感じに経営危機ってる」


見た感じからして年季のつまったいい宿だ。名を「こころ」。結構老朽化してて造りもそんないいもんじゃなさそうだけど、汚げじゃない。ちゃんと掃除も手入れもしっかり行き届いてる。しっかり頑張ってるのがうかがえる。ここに決めた。


「っ!い、いらっしゃいませ‼」


おうおう随分若いお姉さんだな。これは意外。てっきりおばあちゃんがいるのかと。


「一泊お願いできますか?」


「はぃ!かしこまりました」


優し気で元気でやる気があって、いい従業員さんだ。おまけに美人さんだ。


「あの…」


ん?


「ほ、本当にありがとうございます!」


「お、おん」


心の底から喜んでるって具合だ。気の毒に、客がいないってのはほんとらしい。ここにしてよかった。


「おばあちゃん、お客さんだよ!」


お、やっぱいるんですかい女将さん。


「んなとこにくるはずが……まっ、これはどうも、いらっしゃいませ」


うん、想像通りのいいおばあちゃん。


「いえいえ、ゆっくりさせていただきますよ」


「うちはねぇ、こんな見た目で古いわなんやでめっきりお客さんは新しい方へ行ってしまわれるんですよ。最近じゃあここらも宿屋が増えましたし」


うん、ここらっていうかここら一帯がね。


「でもわたしと孫とでどうにか毎日丁寧に手入れもして、お泊りになるには不足はございませんので。どうかごゆるりと」


「えぇ、外観を見ればわかりますよ。一夜だけですがどうぞよろしく」


部屋に通され荷物を置いて、ベッドにどーん。やっぱり古めかしいけど掃除もされてるし綺麗だ。いい宿だね。

あ、そうだ夜ご飯。

エントランスへgo


「すいません、夜ご飯って作っていただけるんですよね」


「えぇ、私と祖母で頑張りますよぉ!」


お食事は部屋でなんだそうです。


「お待たせしました!お吸い物と焼きめしです!」


うわぉ


「どうもです、いただきます!」


腹が減ってたんでどうにもね。いやはやこっちにも焼きめしがあるとは。でもそうか、言ってみれば焼きめしってのはご飯に色々入れて焼くだけだ。発明されててもおかしくないレシピ。故にここには個性あじが出る。


焼きめし。ここでの卵はなんなんだ?まぁでもうまいからいいのだ。何といってもこの香り。抜群に食欲をそそる油と食材の焼け具合。熱々でこの塩梅というのが素晴らしい。絶妙な塩加減は素材の味を感じられるほどに微量ながらもそのうまみを最大限に引き出している。この細切れの肉もそうなのだが、やはりこの野菜。キャベツのようなのやネギのようなの、人参みたいなの。これらすべてが良ぃしなり具合で。この火加減というのが素晴らしい。卵が固まり切らず、ご飯になじんで黄金色こがねいろに焦がされて…もぉぅスプーンが進んで仕方がない!うまいうまいうまい。噛むほどにうまい。ケンタロンの肉もよかったが、こういう調理されたのがやっぱ温かみがあるよな。

そしてこのお吸い物。これはいい野菜を使ってるねおばあちゃん。たぶん汁自体は水なんだろうけど、ここに野菜の旨味や甘みがとけだして、しみじみとした味わいを生み出している。

やっぱり料理ってのは味もそうなんだけど、この背景というか、料理の雰囲気も大事だよなぁ。だってこの焼きめしも吸い物も、おばあちゃんが日頃作ってるからこその安心感。それをお孫さんが受け継いで、家族の味になっていく。この温もりが、何よりの御馳走だ。


「いやもうほんと、おいしかったです」


僕は食器をもってエントランスに行った。


「あぁ、すみません持ってきていただいて。お口に合って何よりです」


このお姉さんの笑顔で今日の安眠確定演出。


「じゃ、おやすみ」


そして就寝。



「おはようございます」


早速僕はエントランスへ。昨日のお孫さん、いやお姉さんがいる。長い茶髪でほんとに美人ね。


「おはようございます、ご出発されるのですね」


「えぇ。えっと、宿泊代が銀6ですよね」


やっぱ元の世界と比べても安いよなぁ。あとは


「えっと食事代が…ってそれは?」


僕はお姉さんの後ろにある棚の一番上の、青く光る石が気になった。


「あぁ、これは服を綺麗にする魔法の石です。昔からこの石で旅立たれる方のお召し物を綺麗にしております」


そう言って石を僕の胸元に当てると、石がより一層光る。


「なっ、これは」


僕の服が途端に綺麗になった。


「こいつはいいですねぇ」


「えぇ。もっとも最近はお客さんがいらっしゃらないもので。宝の持ち腐れのようなものです。もう質屋にでも売ろうかと祖母と話をしていて」


熟考。そして即決。


「でしたら僕に売っていただけませんか?」


「え?」


「これがあれば道中野宿になっても快適に過ごせますし」


そう、ほんとにこれが欲しい。お店の物ってんなら仕方ないが、質屋に売るってんならじゃあ僕が欲しい。


「ならそうしましょう」


「おばあちゃん!」


おばあちゃん、いつからそこに…


「旅のお方、この石を持って行ってやってください。これはかつて私が拾ったものですが、最近では使ってやれていません。もし長い旅路で愛用して頂けるなら、この石も本望でしょう」


おばあちゃん、最高だぜぇ


「ありがとうございます、きっと…いや、絶対大事にします!」


てなわけで


「では金7で買わせてください」


おばあちゃんとお姉さんがきょとんとしている。


「い、いえいえいえ、そんな大金いただけません!ね、おばあちゃん」


「えぇ、これはお譲りします」


そうはいかない、この恩義、値千金なのだ。


「受け取ってください、これだけの代物です、金7では少ないくらいです。」


金5が行ったり来たり。なかなか受け取ってくれない。いやほんとに、洗濯機買うようなもんだからね。それもすげえ画期的な。こりゃ安すぎるくらい。


「ではこうしましょう、僕をこの宿に登録してください」


僕は旅人宴バンクエットでもらった金のペンダントを差し出す。

そう、登録。受付のお姉さんの話だと、店主の認可を得ればスポンサー的な感じにできるらしく、これには様々なメリットがある。まずは旅人が活躍すればそこの店も有名になる。掲示される際に登録店も記載されるからだ。逆に旅人からしても、店で登録者として宣伝してもらえればファンが付きやすい。


「ですが、こんなみすぼらしいな宿屋なんかと…」


「ぼくはこう見えて強いんです。まだ駆け出しですが、これからいっぱい活躍して、すぐにここを有名店にしますから!」


「よ、よろしぃんでしょうか…」


「えぇ、ですのでこれは登録料ということで、お納めください」


この登録料は小説の自費出版みたいなもんだ。

おばあちゃんたちが悩んでいる。僕に迷惑をかけないかどうかを考えているのだ。まったくいい宿だ。有名にしてやりたい。


「で、でしたら……よろしくお願い致します。お金もありがたく頂戴致します」


「よかったねおばあちゃん!」


よかったよかった。

こうして僕はこの宿を去った。

去り際は泣きながら二人が手を振って見送ってくれた。


みなさんもぜひご立ち寄り下さい。

宿屋「こころ」 これ以上ないり所です。

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