Wait a minute ―1分間のスロートラベル―
ZENWA
第1話 1分間を手に入れた僕
僕は今果てしなく、際限なく速く進み続ける時代に取り残されぬよう、必死に未来を追いかけている。
まぁ言い換えるなら、学校に遅刻しそうだから全力で走っている。
やはりパンに塗るべきは苺ジャムだった!
なぜ僕はあそこでみかんジャムを諦めなかったんだ。
いつもの棚に無い時点で諦めていれば、走る必要なんて…スーパーに走る必要なんてなかったのに‼
家で朝食は食べ損ねたが、食パンは持ってきている。
あとはここにさっき買ったみかんジャムを塗るだけだ。
「いただきますっ!」
うん…この口に広がる柑橘系の香り、それによる爽快感。これは苺では味わえなかった。
チャイムが鳴るのがあと5分。学校はあと3つ角を曲がったところにある。
この食パンをあと4口で食べきって、その後全力ダッシュする。
完璧な計画だ。
流石僕、このパーフェクトプランを完全にトレースすれば…
「余裕で間に合う!」
間に合わなかった。
今僕がいるのが2階から3階にかけての階段の踊り場。
試合終了のゴングが校内各所のスピーカから鳴り終わった。
僕の教室は4階にある。だからいい線いってたのに。
「3口にすべきだったか」
計画に欠陥が生じていたことに反省をする。
とはいえここから教室のドアまでせいぜい40秒、ドアから僕の席まで15秒程度、しめて55秒といったところか。
「あと1分あれば……」
――――――――――――――
キーンコーンカーンコーン
6限目終了のチャイムが鳴る。
朝の僕は改善点が多かった。
朝ごはんくらいは妥協できる男になろう。
そう心に誓いながら僕は最寄り駅を目指して学校を後にする。
今日は僕の好きな漫画の新刊発売日だ。なので二駅先の大きな書店へ向かって意気揚々と歩いている。
大手書店とはいえ地方店舗に発売日から新刊が置かれていることはそうそうあることではなく、だからこそ僕のカスタマー精神がうずく。
これは今日確実に買って早急に帰宅するしかない。
そうと決まれば1本でも早い電車に乗らなければ。
僕の足取りも軽くなる。
「ドアが閉まります」
そんな声が改札を通り過ぎた僕に聞こえてきた。
聞き間違いだろう。
うん。そうに違いない。
僕は駅のホームに走った。
そこには僕よりも速く列車が走っていた。
改札からホームまでそれほど距離はない。
駆け込み乗車はご遠慮しているので余裕をもって乗車するにしてもせいぜい50秒といったところだ。
「あと1分あれば……」
――――――――――――――
次の日、苺ジャムを塗った食パンを食べた僕は余裕をもって登校していた。
昨日の反省を活かす僕、流石だ。過ちを改めざることを過ちというのだ。
つまり僕は昨日何も誤っていない。 ※彼は昨日遅刻しました。
「1限は日本史か」
授業の号令を済ませると恒例のリーディングタイムが始まる。
「教科書、158ページからだ」
皆がパラパラと教科書を開き、僕も教科書を開ける。
教科書158ページ。
なになに
『断層はプレートに力がかかることによって生まれます。大きな力が急激にかかると地盤が...』
断層?地盤...?はっはっは最近の日本史は難しいんだな。まるで地理の教科書みたいだ。
笑いながら表紙を見ると大きく「地理」と書いてある。
微笑が失笑に変わったのは言うまでもない。
なんてったってこの教師……とてつもなくこわいのだ。
(死ぬ...)
一文ごとに順番が迫ってくる。
僕の順番は近い。
その距離は僕の余命の長さと等しい。
いやだ、まずい、死にたくない。
どうすれば、どうすれば。
どうにかして先生にバレずに教科書を取りたい。
どうすればいい、どうすればいいんだ!
着々と僕に順番が近づく。
僕の鼓動も速くなるのをいやというほど感じる。先生にバレずに取りに行きたい。
なんかこう、時間が止まって……あぁぁあああぁあ‼無理だぁあぁあぁああ‼
「じゃあ次を
その瞬間僕の緊張のピークは頂点に達する。
―初めて死を実感する―
(あぁ、あと1分あれば…)
そう思った途端、僕は周りが止まって見えた。
あぁこれが走馬灯か。そうか、僕死ぬんだ。
思えば悪くない人生だった。
小さい頃、僕は公園で四葉のクローバーを見つけて、それを僕の......
あれ?
走馬灯って止まって見えるんだっけ。
ていうか今回想シーンなのになんで視界にはあのこわい先生が映ってるんだよ。
中指を立ててやる。
いや待て、なぜ動ける。
走馬灯って死ぬ時に見るあれだろ、昔撮った画像でスマホが勝手に作ったショート動画みたいなやつだよな。
なんで眼に映る情報が現在でなおかつ僕は動けるんだ……いや、今はどうでもいい。
もしかしたらこの状況を打破できるかもしれない。
僕はあの時あと1分欲しいと思った。
よってこの現象は1分間続くと仮定。
ならば残りは約20秒、この間にロッカーへ教科書を取りに行く...!
「この間0.1秒(×400)」
僕は火事場の馬鹿力といった脚力でさっそうとロッカーを目指し、黄色のシールの貼られた教科書を取り出す。
今度は日本史と書かれているのを確認して踵を返し、全速力で席に戻る。と同時に時間が動き出す。
背後ですごい風が吹いた気がしたがきっと窓からの風だろう。
「神一!まさか忘れたのかっ!?」
「い、いえ!えぇと、葛飾北斎は…」
――――――――――――――――
なんとかその場を凌いだ僕は、2、3、4限目を乗り切り昼休憩に屋上で一人弁当箱を開ける。
1限目終了後、ずっとあの現象について考えていた。
そして分かったことがいくつかある。
まず、あの現象は僕の任意のタイミングで起こすことができる。
つまり僕の能力といえる。
この能力を僕は
また、あの現象は時間が止まっている、というより先延ばしされているという感じだ。
つまり、あの間僕と僕に所有権があるモノ以外に起きるすべての事象が、1分間完全に静止し、1分後一斉に起きる。だから僕は僕の衣服や教科書を動かせたし、1分経った後に背後で風がすごい勢いで吹いたのだ。
まぁ簡単に言えば僕が万象途絶を使っている間に僕以外の人のカバンを思いっきり蹴ると、1分後そのカバンがいきなり吹っ飛ぶ。
万象途絶を発動中に僕が10メートル歩いたら、他の人から見れば僕が10メートル先に瞬間移動したように見えるだろう。
この性質上、僕はこの間外部から力を受けないので実質不死身だし、僕が起こそうとする力しか働かないので、任意で摩擦力や重力などをオン、オフにすることが可能である。
あと、万象途絶が使える時間は1分間のみ。
その後は強制解除される。
それと万象途絶は途中で解除できない。
1度発動すると1分間は確実に先延ばしされる。
なお万象途絶の連続使用はできない。
正確な秒数は分からないが、クールタイムが必要らしい。
今わかるのはこんなところだろうか。
だがだいぶこの能力のことが理解できた。
授業中に試行錯誤した甲斐があったというものだ。
なぜそんなに冷静なのかって?
ふっ、それは僕が、天才だからさ!
こういう状況にも瞬時に適応できる臨機応変さ、流石僕。
初めは少し戸惑ったけど今となっては逆に興奮している。
だって1分間あればいろんなことができるじゃないか。
こんなの最高がすぎるってものだ。
今際の際で掴んだこの
僕はこの受け入れ難い現実を使って最高の人生を送ってみせる!
――――――――――――――――
その日の家庭科の授業は調理実習だった。
あまり共同作業が好きではない僕は少し気だるそうに同じ班員の調理を手伝っている。献立はカレーだとか。
「神一君、用具室から大きいお鍋持ってきてもらえる?」
「わかった」
そう言って僕は家庭科室に付属している用具室に入る。
「大きいお鍋...って鍋だらけじゃねえか。大きいって言ってもどれが…あっ!」
部屋の端っこに僕と同じ大きさくらいの鍋があった。縦にすればギリギリ扉をくぐれそうだ。
「きっとこれだぁ」 ※違う
その間外では何やら騒がしそうで…
「おい、なんかガス臭くないか」
「そう?私花粉症だからわかんない」
「火ぃ点けるぞー」
「ちょ、ま」
ドオォンッ!
火花が散って、ガスコンロが爆破する。
生徒たちは悲鳴を上げ、引火したエプロンを脱ぎ捨てる。
「皆さん‼外に出なさい‼」
家庭科の先生がそう叫び、皆我先にと教室から出ていく。
先生は教室内に誰もいないのを確認するとドアを閉め、動けそうな生徒たちに指示を送ってほかの教員を呼びに行った。すぐに部屋中に火が広まる。
その時
「おぉい、あったぞおー、てつだって....」
マジかよ。
僕は燃え上がる家庭科室に取り残されたようだ。
一酸化炭素のせいか意識が一気に遠のくのを感じる。
「是非もなし」
―万象途絶―
全てが止まる。
あとは1分以内に教室から出るだけだ。
少し皆を驚かすかもしれないが、この際致し方ない。火も止まるので熱くない。楽勝だ。
ドアを開けて…
「ん…?」
開かない。
全然。
1ミリも。
なぜだ。僕は思考を張り巡らせる。
万象途絶に欠陥があるのか。
欠陥...欠陥...
―僕と僕に所有権があるモノ以外に起きるすべての事象が、1分間完全に静止―
「っっ‼」
僕は悟った。
―日本史講義以来、2度目の死を実感する―
こればっかりはもうどうしようもなさすぎる。
詰みだ。
僕が所有していない家庭科室やそのドアを、僕の意思で動かすことはできない。
きっと1分後にとんでもない勢いで開くだろうが、今僕は火の中にいる。これでは1分後に大やけどで動けなくなるのがオチだ。
せめて未だ火が回っていない中央で、かっこよく死のう。
僕は座禅を組んだ。
「人間五十年、下天の内をくらぶれば…」
――――――――――――――――――――
目が覚めた時、僕は一瞬家庭科の先生が俺を介抱しているのかと思ったが、全く知らん女が僕を抱えている。あまりよく見えないが男もいる。
彼らが何を言っているのかわからないが、外国語のようだ。聞いたことが無い。
だが天才の僕はこの情報だけですべて理解した。
僕は、転生したようだ。
転生―生まれ変わるなんてことじゃあり得る話なのだと思う。
そこに矛盾も無ければ疑念もない。
あると言われればあるのだろうし、ないと言われればないのだろう。
だがこうして現に生まれ変わったのだからあるのだというだけの話だ。
イレギュラーなのは前世の記憶をこの身に継承しているという点。
なぜなのか…こんなこと考えたってわかるはずがない。
自然の摂理なのか神秘なのか思惑なのか。わかりっこない。
ま、なにがともあれとりあえず日本史の先生に感謝だな!
なんてったって
―僕はその日、1分間を手に入れたんだから―
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます