嫌われ王子の婚約者に転生したのでコレを育成してみます
矢田川怪狸
第1話 始動! 王子たま育成計画①
侯爵令嬢アネッサ=バーネットは、唐突に『飯島ハル子』と言う日本人だった前世の記憶を取り戻した。
「え。ウッソ、最悪! なんでこのタイミングで思い出すかなあ!」
その時アネッサは、婚約者であるジェラルド王子の寝室で、絢爛豪華な彼のベッドの上に押し倒されて、今まさにエッチなことをおっ始めようとしているタイミングだった。
この状況、飯島ハル子の記憶を取り戻す前の『旧アネッサ=バーネット』だったら大喜びするかもしれない。なにしろアネッサはこの王子のためならたとえ火の中水の中、命を捧げることすら厭わないほど彼のことが大大大好きなのだから。
しかし飯島ハル子の記憶が入った『真アネッサ=バーネット』には、このジェラルド王子に体を差し出すわけにはいかない理由がいくつかあった。
実はこの世界、飯島晴子が前世でプレイしていたゲーム、『王子たまコレクション』の世界なのである。
『王子たまコレクション』はいわゆるネタゲーである。つまり大手ゲーム会社がクソ真面目で壮大なコンセプトをぶち立てて作った本格的なゲームではなく、ちょっとふざけたコンセプトで作られたギャグ目的のゲーム。
ちなみに『王子たまコレクション』のコンセプトは“全くの新感覚、戦う乙女ゲーム”であり、プレイ感覚はポケ○ンにかなり近い。
プレイヤーは学園や街中を探索して、ランダムで出会う野良王子とバトルする。残りヒットポイントをある程度削ってから『王子たま』と呼ばれるボール状のアイテムを投げつけると王子をゲットすることができ、このゲットした王子を育成してバトルしたり恋したりする。
このゲーム、システムもしっかりしているし、シナリオもきちんと作り込まれている良作ではあったのだが……運営がちょいちょいネタに走りすぎてネットで話題になる問題作でもあった。
例えばプレイヤーが操作するディフォルトキャラのボイスが「王子様おゲットですわ~!」だったり、空間転移魔法アイテムのビジュアルが好きな場所に一瞬で移動できる濃ピンクの扉だったり、ネットで「節操なくパクりすぎ」とおおいに湧いたりとか。
そんなネットでの大騒ぎに一番多く担ぎ出され、また一番悪く言われていたのが“一応”攻略対象であるジェラルド=サマースノー王子。
王子をコレクションするゲームなのだから出てくるキャラは全てが王子の肩書きを持つイケメンたちだ。その数、実に58人。企画段階では151人の王子を用意する予定だったらしいが、諸々の事情でそれは実現しなかったらしい。
その58人全てが攻略対象というわけではなく、50人はボールに収めてバトルさせるための、ゲットしてバトルする某ゲームで言うところのモンスター扱いのキャラである。このゲームの乙女ゲーム要素である攻略対象は8人だけ。
ジェラルドはその8人のうちの一人であるが、こいつがまたネットを大いに沸かせる嫌われ者のキャラだった。
なにしろこの王子、ともかく女癖が悪い。同級生からその母親世代にまで、ともかく女と見れば節操なく手を出すような色狂いになる。そのくせヒロインちゃんと出会ってからはヒロインちゃん一筋の純情野郎となって、今まで付き合っていた女たちを全て捨てるという、酷い鬼畜野郎なのである。
いずれ捨てられることがわかっているのに、ここで彼に貞操を捧げるわけにはいかない。
アネッサのような貴族女性にとって貞操は大事な嫁入り道具なのである。ここで王子の筆おろしに使われて、その後捨てられでもしたら、次に良い縁談は望めない。
それに、単純にジェラルド王子が『飯島ハル子』の好みではないと言うのもあるが。
幸いにまだキスすらされていない、つまり貞操はがっちり守られている状態であり、今ならばまだ引き返せる。ただそのためには、勝手に大いに盛り上がってがっちりと抱きついているジェラルド王子の腕が邪魔だ。
「ねえ、ちょっとタンマ、一回離れてくれない?」
アネッサは凍りつきそうなくらい冷静な声で言うが、すでに盛り上がっているジェラルドの耳にその言葉は届かない。
「はあはあ、もう濡れてきた? なあ、濡れてきた?」
およそ王子らしからぬ荒い鼻息をふむんふむんと吹きつけながら、自分勝手にグイグイと腰を擦り付けてくる童貞臭さがアネッサの不快感をさらに煽る。
「ねえ、離れてって言ってるんだけど、聞こえてる?」
「服脱げよ、え、自分で脱ぐのは恥ずかしいって? 仕方ないなあ」
「いやいや、ほんと、ちょっとは聞いてよ、や、やめっ、脱がそうとしないで!」
必死に言い募るアネッサの言葉なんか何ひとつ聞いちゃいないジェラルドは、あろうことかアネッサにキスしようと「ん~」と唇を尖らせた。アネッサの怒りが一気に頂点ぶち抜ける。
「離れろって言ってんでしょ、この変態王子っ!」
アネッサはジェラルドの両手首を掴み、小さく絞った風の魔力を流し込んだ。
そう、魔力である――ゲームがベースとなっているこの世界には、いかにもゲームらしく魔法が存在する。
個人の魔力所有量は遺伝によるところが多く、魔力の強い血筋を婚姻によって取り込んできた貴族は総じて魔力の強い者が多い。そんな貴族の中にあってもアネッサの魔力所有量は特に多く、さらには細かな魔力操作も上手いのだから、男子相手にも怯むことはない。
「風よ《ブロウ》」
小さな風魔法で静電気程度の衝撃を。それに驚いたジェラルドが手を引いた瞬間、その胸元に片手を翳して少し大きな風魔法をぶち込む。
「風よ爆ぜろ《ウィンドウ・ボム》」
重量を感じるほどに濃縮された風の塊が放たれ、ジェラルドの体を天井スレスレにまで打ち上げる。
「グボォっ!」
ゴム人形のようにぐにゃりとだらしなく身を曲げたジェラルドの体は、最高点で一瞬停止したのち、すぐさま重力に引かれて落下を始めた。
だがご安心を、彼の落下点にあるのは最高級のスプリングと最高級の羽毛で最高級のふわふわを実現した高級寝台だ、万が一にも怪我をすることはない。まあ、落下の衝撃を完全に相殺することはできないだろうが。
「むおふっ!」
情けない声とスプリングの軋む音、そして舞い上がる詰め物の羽毛と。
ふわふわの寝具に叩きつけられたジェラルドは、驚きに目を見開いたまま、そのまましばらく動けずにいた。
その好きに体勢を立て直したアネッサは、ベッドの上に仁王立ちしてジェラルドを見下ろす。
「私、ちょっとタンマって言ったよね?」
こうなれば形勢は逆転、ジェラルドは怯えた顔でアネッサを見上げる。
「ちょっとそこに正座しなさいよ、あ? 正座がわからん? こうやって座るのよ」
ベッドの上に二人、正座で向かい合う。
「さて、まず最初に言っておくけれど、今の私はアネッサだけどアネッサじゃありません」
「は?」
「どう言ったらいいかな、私、たった今、転生前の記憶を取り戻したのよ」
「は、転生?」
「つまり、この世界にアネッサ=バーネットとして生まれる前の記憶ってことね」
「待て待て、それは小説かなんかの話なのか?」
「あ~、やっぱりそうなるよね」
飯島ハル子が読んでいた転生系の小説では、転生者は自分が前世の記憶持ちであることを隠すものだ。それは大抵の場合、転生なんて信じてもらえないから、というのが理由であったりするのだが。
「でもね、私、思うのよ、そういう重要なことを隠したまんまにするから、拗れたり余計なフラグ立てちゃったりする訳なのよ」
そのくらいなら自分が転生者であることを明かして、その上で協力を要請した方が話が早い。
「ということで、まず筆おろしのお相手は謹んで辞退させていただきます」
「ええっ、そんな!」
「大体、手近なところに婚約者がいるからこれで筆おろし済ませておこうっていう腹が気に食わないのよ」
「なんで? 婚約者だからこそ、ちゃんと責任取るし、問題ないのでは?」
「ところがどっこい、あんた、私のことを捨てるのよ」
「捨てるわけがないだろう!」
「捨てるわよ、それが運命だもの」
アネッサは肩をすくめる。
「ゲーム補正とか、ストーリーの強制力って俗に言うあれね、あんた、ヒロインちゃんに出会ったら一目で恋に落ちるのよ」
「そんなわけがない! 俺は、お前のことを、あ、あい……愛……してるし」
「なんでそんな苦しそうなのよ、無理して愛してるふりとかしなくっていいから」
「ふりじゃないのに……」
「ということで、あんたには、まずヒロインちゃんと出会ってもらいます。他の女に手を出す前に真実の愛に出会ってしまえば、余計な女に手を出すこともなくなるでしょ」
ジェラルドは頼りなく片手をアネッサに向かって伸ばした。
「そういうのいらないから、真実の愛ならもう、ここに」
「いや、こっちこそ、そういうのいらないから」
アネッサはパン!と小気味良い音を立てて彼の手を払いのける。絶対拒絶の構えだ。
「ともかく、一度ヒロインちゃんに会ってみなよ。どうせ目と目が合ったその瞬間から恋が始まっちゃうんだから。あ、心配しないで、嫉妬して意地悪したりとかはしないから。そもそも私、悪役令嬢ですらないからね」
「まって、まって、早口すぎる、俺を置いていかないで」
「ともかく、貞淑が求められる貴族令嬢を散々食い散らかして傷物にした挙句、本当に好きな女が現れたから性欲処理係はいらないです、全部ポーイとか、絶対、ぜーったい許さないから」
「俺、そんなことしないし……」
「さて、そうと決まればいろいろと準備があるので、私、この辺で失礼しますわね」
「いや、話聞いて、ねえ、聞いてってば!」
追い縋るジェラルドを振り切って、アネッサは出ていってしまった。後に残されたのは絢爛豪華なベッドにちょこんと正座したままのジェラルドだけ。
ジェラルドは使用人を呼ぶためのベルを鳴らした。それに応えて室内に入ってきたのは白髪混じりの髪をぴっちりと後ろに撫でつけた50代の執事、すいも甘いも噛み分けたが故の温厚な笑みが好ましいロマンスグレーである。
執事は、正座をしているジェラルドを見ると、深い深いため息をついた。
「朝まで人払いを、なんて張り切っていらっしゃったのに、この体たらくですか、殿下」
「ううっ、うるさい! お前のアドバイス通り、ちょっと強引に迫ったら、こうなったんだぞ、どうしてくれる!」
「あー、んー、まさかとは思いますが殿下、ちょっと強引と、独りよがりの区別がついていらっしゃらないとか?」
「うっ」
「そもそも、きちんと愛の言葉は囁いたのですか?」
「言った! 愛してるって言った! でも信じてもらえなかった」
「それはタイミングの問題ではありませんか? 理想は愛の言葉を囁いてから寝室へ誘う、これを逆にしたのでは?」
「ううううー」
調子に乗った執事による連続コンボ。
「愛の言葉も囁かず、猿のように腰振って迫って、拒絶されたら取ってつけたかのように愛を囁く、そんな男は誰だって嫌ですなぁ」
「うぐふぉっ!」
ジェラルドのメンタルはボロボロだ。ベッドの上に体育座りしていじいじと布団を指先で弄う。
「っていうか、もともと奇行の多い女だったけどさ、ヒロインちゃんとかいう女を俺にあてがうとか言い出したんだよな、俺のことをあんなに好きと言ってたのに、だぞ」
もしもここにアネッサがいれば、ジェラルドの性格が『攻略対象者ジェラルド王子』とはちょっと違うということに気づいただろう。だが、当のアネッサはここにはいないのだし、執事にとっては、これこそが見慣れたジェラルド王子の姿であった。だから、さらに容赦なく。
「そこまで嫌われるとは相当ですぞ。いったい何をなさったのですか」
「何も。途中からいきなり転生者だって言い出してさ、そのあたりからあいつの様子がおかしくなったんだよね」
「ほう、転生者とは?」
「なんか、こことは違う世界で生まれて、死ぬまでの記憶があるんだってさ」
「なるほど、他の方が言い出したら狂気の沙汰ですが、バーネット嬢が転生者だというのなら、納得することが、あまりにも多いですな」
「あ〜、まあ、お前の言わんとすることはわかる」
振り返ってみれば、アネッサ=バーネットはあまりにも変わった子供であった。
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