空が明るくなるように

マハ

第1話 灰色の空

 午後4時。下校する小学生の楽しそうな声で目を覚ます。


 「うわ、またやってしまった」


 新卒で入った会社を退職して3ヶ月。完全に生活リズムが終わっている。

 布団の中でダラダラとスマホをいじり、現実逃避を始める。


 「ああ、今日も何もしないだろうな」


 自分のことなのに他人ごとのように考える生活から抜け出せずにいた。自分でもダメなのはよくわかっている。でも社会が怖い。最初は就職活動をしていたものの、今は全くと言っていいほどやっていない。


 前職ではシステムエンジニアの職についていたが、俺はの人間であり、普通の人が言われたことを理解できない、覚えられなかった。そのため、上司からも同僚からも人間として扱われなくなっていき、一年ほどで会社を辞めてしまった。


 普通以下の人間はどうすればいいんだ。ここのところ毎日そのことについて考えていた。悪いことを考えて行動できない。行動できないから状況は良くならず、より悪いことを考える。完全に悪循環だ。


 そんなことを考えながら現実逃避でネットを見ていると、あっという間に時間が過ぎ、いつの間にか夜の10時になっていた。


 「さすがに腹減ってきたな」


 そろそろコンビニにご飯でも買いに行くか。そう思い、着替えて外に出る。住んでいる場所は都会だが、都心から離れているため、この時間に歩いている人はほとんど見ない。


 コンビニに着き、弁当と飲み物を買って店を出る。このまま帰ろうと思ったが、今日はなんとなく外の空気を吸おうと思い、いつもとは違うルートで自宅のアパートへ向かう。


 「こうしていつもと違う道を歩くのも悪くないなあ」


 あまり外に出ないので、何もかもが新鮮に見える。


 「ん?何だあれは?」


 道を歩いていると訪れたことない神社が見えた。なんの名前の神社なのかもわからない小さい神社だ。せっかくなので神社へ寄り、賽銭箱の前の階段に座って一息つく。


 「何か久しぶりにこういうのもいいよなあ」


 子供の頃に見たドラマのワンシーンのような気分だ。


 学生時代の頃はこういうのが青春なのかと思っていたが、自分の今の立場からみると、崖っぷちそのものである。貯金もそのうち尽きるし、働くのが完全に怖くなっている。同級生とも差がつき、今会おうと言われても会いたくない状態になっている。


 ネガティブな想いが溢れてくる。

 俺なんかが社会でやっていけるのか?働いたとして前みたいな生活がまた続くのか?


 「こんなんでこれから先どうなるんだよ……」


 涙で目が滲んでくる。本当に……本当に今までどうすれば良かったんだ!?まるで先が見えない恐怖で包まれているかのようだ。


 「誰か……誰でもいいから助けてくれよ……」


 「フフ……」


 「えっ!?」


 突然誰かの声が聞こえた。周りを見渡したが、誰も見当たらない。


 「なんだ今の声は?」


 「ここだよ。そこの若いもん」


 上を振り向くと体が小さく、長い白ヒゲを生やしたおっさんが宙を浮かんでいた。


 「おわっ!?」


 驚きすぎてしりもちをついてしまった。何だこいつは!?


 「ははは!!びっくりさせすぎたようじゃな!!」


 人がこんな気になってるにも関わらずこのおっさんは呑気に笑っている。しかもよく見ると白い雲のようなものに乗っている。こいつ人間か!?


 「あんた誰だよ!?今どこから現れた!?」


 「あ、わし?わしは仙人じゃよ」


 「仙人?ここ神社なんだからせめて神様とかにしろよ!何なんだよ!!」


 「あーおぬしそういうタイプの人間ねーー。なるほどなるほど。普通の考えに囚われてるのは良くないぞー。そこおぬしの悪いところな」


 「………………」


 やばい。普通にイライラする。こいつどうしてやろうか?

 

 「おーい、聞こえとるかー?」


 落ち着け、これは夢だ。そうに違いない。一度深呼吸をして、目をつむる。

 

 目を開けると目の前には先ほどの仙人とやらはいなくなっていた。やっぱり夢だったのだ。いや、もう自分が追い込まれすぎて幻覚が見え始めたのか?


 「よし、これでいなくなったな!」


 「おぬし何やってるの?」


 「どわあっ!!!」


 急に後ろから声がして体が飛び跳ねた。


 後ろを見ると先ほどの仙人がいた。しかもかわいそうなやつを見る目でこちらを見つめている。


 「夢じゃなかった……」


 やつは本当に実在していた。


 「いや、そんなに驚かないで欲しいんじゃが……」


 仙人も申し訳なかったというような様子だ。

 しかし、本当にこいつは何なんだ?


 「ところでおぬし名前は何ていうんじゃ?」


 「え、急に!?俺は……葵。立花 葵だ」


 「ほう、葵か。なかなかいい名ではないか」


 「あんたは……仙人て呼べばいいのか?」


 「それでよいぞ。昔は名があったが、もう忘れてしまった」


 「そうか……。事情はよくわからないけどもう仙人でいいや。ところで何で仙人さんがこんなよくわからない一般人の前に現れた?何か用があるのか?」


 「用も何もあんたが言ったんじゃないか。助けてくれよって。わしはこの神社の守り神的なものでな、ここで助けを求めた者には誰であろうと助ける。そんなことをしているのじゃよ」


 「え、そうなの?」


 そんなことを知らずに助けを求めてしまったのか。というかやっぱり仙人じゃなくて神様じゃねえかよ。


 「いや、たまたましゃべってただけだし、俺は別に大丈夫だからいいよ。もう遅いし帰って寝るわ!じゃあな仙人とやら!!」


 こんなよくわからないやつに絡まれたくない。さっさと帰ろう。

 そう思い、神社を振りかって帰ろうとした時だった。


 「今までもそうやって一人で何でもかんでも抱えて逃げてきたのか?」


 「逃げる……だと」


 自分の中のスイッチが切り替わる音がした。体の底から今までの想いが込み上げてくる。


 「うるせえよ!今日会ったあんたに何がわかるんだよ!俺は今まで一人でずっと闘ってきたんだよ。ずっと……ずっと一人だ。社会人になれば誰も仕事ができないやつに関わろうとなんかしてこない。他人なんか糞食らえだ。そんな連中なんか俺から離れてやるよ!!」


 「ハハハハ!!若いなあ」


 「何だと!?」


 俺はやつを睨む。


 「まあまあ、そう怖い顔をするな。おぬしの気持ちはわかる。確かに社会では仕事が出来ないとゴミのような扱いをされるときがある。でも本当にみんながみんな悪いやつだったか?中にはいいやつもいたがおぬしの性格で近寄らなくなったのもいなかったか?人に頼れなかったか?」


 「…………」


 さっきは勢いで話してしまったが、冷静に考えるとそれはあるかもしれない。親切に声をかけてきてくれたのにこちらからいいよと拒絶してしまったことがないとは言い切れない。


 「おぬしはまだ戻れる。何たってまだ若いからな。今何歳だ?」


 「24だけど……」


 「まだまだこれからじゃよ。少しづつ、少しずつでいいから自分の良くないところを直していけばいいんじゃ」


 気づくと涙が止まらなかった。体の底に溜まっていた悪いものが絶え間なく外に出てくるような感じだ。今まで誰もこんなこと言ってくれなかったのに今日初めて会ったよくわからない仙人に言われて号泣してしまっている。


 「ううっ、俺……自分が情けないなあって思う」


 「いいんじゃよ。今は泣いてすっきりすることを考えるのじゃ」


 それから30分ほど時間が経ち、ようやく涙が収まった。


 「そろそろ落ち着いたか?」


 「ああ、仙人ありがとう!おかげでまた明日から頑張っていけそうだ!」


 「それは良かったのお!明日から一緒に頑張ろうな!」


 「おう!頑張って努力して自分を変えていこうと思うわ!ってあれ、一緒に?」


 「そうじゃよ。わしは一度お願いを聞いたら最後まで責任をもって面倒をみるのじゃ!どうせおぬし明日からまた一人じゃろ?」


 「いや、まあ一人だけど……一緒にっていうのはどうなんですかねえ……」


 「もうおぬしは助けを求めたんじゃ。一人前になるまでみっちりと教えてやるから覚悟するのじゃ」


 「ええ……」


こうして俺と仙人との修行?の日々が始まるのであった。

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