(6)
あいつは言っていた、後悔しない選択をしろ、と。夢だと分かっていても、未来を示唆した発言をしていた事は本当に恐ろしく感じる。知っていたのか、僕の未来を、いや、馬鹿な。でも、どの選択をしたって後悔は残るのは確実なのか。
僕は母さんに「今日、泊っていくよ」と言う。今日ぐらいはいいだろう、宿屋に戻る理由もないし。母さんは目を丸くして「急にどうしたの?」と聞いてくる。傍に居たい、そう思っただけだ。僕は立ち上がって「ダメかな?」と聞き返した。そもそも、父さんが死んだという事実を受け止めきれないし、母さんの寂しさを少しでも紛らわせてあげたい。ここに居れば父さんが帰って来るような気がしているから。母さんはため息一つ吐くと「部屋は空いているからね、ご飯は食べるの?」と聞いてきた。良かった、僕は頷いて「ありがとう、食べるよ」と言って、庭に向かった。
扉を開けて庭を見た瞬間に思い出が甦ってくる。剣を振ったし、魔法で遊んだ。当時の僕は訓練だとは思っていなかったけど、今思えば、あれも一種の訓練だと思う。
魔法を唱えて操作を完璧にする。そのために、手の平サイズの魔法を詠唱する。大きくしたり、小さくしたり、意図した大きさにするのは難しい。ひたすら集中を切らさないように魔法の大小を切り替える。そういえば、魔物に対して剣を振るう事はあまりないな、なんて考えたら魔法が暴発して爆発してしまった。小さい規模でよかった。僕はクスクス笑って「ああ、懐かしい」と呟いた。
剣を振って魔物と戦うイメージを付ける。平原に出てくる魔物の多くは物理攻撃が有効なはず。目の前に魔物が居る想定で剣を振るう。予備動作を見て、魔法を打ち込む。魔物は進行方向を指定される。魔物が飛んだら着地の瞬間を狙うし、跳ばなければ先回りして剣を振る。昔では考えられない程、真剣に取り組んでいた。
家の中からいい匂いが漂って来る。昔によく嗅いでいた匂い。扉を開けると目の前に母さんの手料理が並ぶ。見た目が綺麗で味もおいしい。サラダとパンとスープ、それに焼き魚だ。献立を見ると胸が一杯になる。料理を終えた母さんが顔を出した時「ありがとう」とお礼を言って食べ始めた。
寝る準備を終わらせて、ベッドに潜り込む。一日中懐かしい気持ちに浸っていた。父さんは本当に帰ってこなかった。一日たりとも、家を空ける事は無い人だった。父のジョナサンは、頑固だけど、優しい人だ。僕と同じ黒い髪で黒い大きな目をして、不愛想。僕が冒険者になると言っていたのを、一番否定していた。危険だ、仕事なら山ほどあるだろう、と。僕は危険なのは承知で父さんや母さんに話をしていた。応援してくれると思って話したのに、残念な気持ちになってそのまま家を飛び出した。
しばらく考え事をしていたはずなのに、気づいたら顔に日の光を感じる。いつの間にか寝てしまっていたみたいだ。ベッドから起き上がって、ギルドに向かう準備をした。母さんは僕を見て「立派になったのね」と呟いていた。まだ立派になる途中だよ、僕は母さんに「ありがとう」と言って頭を下げて家を出た。
実家から向かうギルドへの道は新鮮だった。初めてで、死にかけた事など忘れ去っていた。しばらく歩いていると、ギルドに着く。アイル達を見つけて僕は駆け寄り「ごめん、遅かったかな?」と声を掛けた。アイルが僕に気づくと「いや、待っていないよ」と笑顔で答えた。
それからはダンジョンに潜って、依頼を達成して、ダンジョンに潜って、を繰り返して行った。最初は魔物に対して恐怖心があった僕も、気づけば慣れていた。死にかけた事を忘れた訳ではないけど、僕は別でも訓練をずっと続けて、恐怖心に打ち勝つ事が出来た。
どれぐらいの時が過ぎたか分からないがある日、アイルが悩みながら「そろそろか」と呟いていたのが聞こえた。何か問題を抱えているのかな、力になれるだろうか。僕はアイルに「何が?」と聞いた。アイルは依頼を見ながら「全属性統一ダンジョンに潜るべきかなって」と答えた。
未知の領域が多く、出現する魔物も未知。全てが未知のダンジョンに僕を連れて行くのか。いくら何でも早すぎる。僕は眉を顰めて「まだ、準備が足りなくない?」と言う。何故、実力不足な事を理解した上でそんな選択を取るのか。アイルの妹の存在が大きいのかもしれない。アイルは僕の両肩を掴んで「大丈夫、皆が居るからね」と言った。皆の為になるのなら、僕は渋々頷いて「どこでも…行くけれど」と答えた。どちらにせよ、従うしかない、か。
アイル達は依頼を取らずギルドを出る。どこに向かうだろう。僕も一応皆の後を追いかける。皆は見慣れない路地裏にスッと入る。角を曲がった先に一つの店があった。吊り下げられた看板には鍛冶屋と書いてあった。
店内は質素な造りをしている。鎧等は掛けておらず、武器すらない。ここが店でいいのか。心配していると、アイルは声を張り上げて「居るか、ロッソ」と呼びかける。奥からは金属を叩く音が聞こえるから、きっと居るのだろう。やがて金属音が聞こえなくなると「今は忙しい、そこに座ってろ」とぶっきらぼうな声が聞こえた。
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