第7話 大公からの招待状



 グレイスに鼓舞されて、気合を入れ直した私は先ず髪を切った。腰まで伸びた長い髪も肩より少し上に切り揃えれば随分と軽くなる。


 心機一転ということで、ドット家やマルクスからプレゼントされた髪留めやドレス、ネックレスなどの装飾品はすべてメイド達に渡したり、捨てたりした。


 すっきりとしたクローゼットを見て、新しいドレスを頼むべきかしらと考える。そして同時に「見せる相手も居ないのだけど」と卑屈な思いが湧いた。



「イメルダ、暇してるのか?」

「娘の部屋に入るときはノックをしてください、お父様」

「扉が開いていたんだから仕方ないだろう」


 私は振り返って父ヒンスを睨む。


 グレーのスーツを着て、どこか嬉しそうな彼が何を私に伝えようとしているのだろうかと身構えた。こういうときはロクなことを頼まれないと知っている。


「今週末にセイハム大公の息子の誕生日パーティーが開催されるそうだ。お前も来るか?」

「………セイハム大公?」

「アゴダ・セイハムといえば国王の従兄弟にあたるお方だ。レナードの親戚だと思うが、まだ若い美男子らしいぞ」

「お父様、私はまだそんな気分では…!」

「べつに見合いに行くわけではない。断るのは無礼に値するし、せっかくだから挨拶がてら顔を出せ」


 そう言ってビジネスライクな笑顔を見せる父の手には、金色の封筒に赤い封蝋が押された手紙が握られていた。


 セイハム大公については詳しく知らないけれど、本当にレナードの親戚であるならば、彼も来るのかもしれない。また申し訳なさそうな顔で謝罪を口にされそうになったら、私はどうすれば良いのか。


「考えておきます。それより、ドット公爵家からの振り込みはありましたか?」

「ああ。催促してみるかな…まさか踏み倒す気じゃあるまい」

「それは笑えません」


 ピシッと返せば、父は慌てたように部屋を出て行った。


 衣装整理をした途端にパーティーの予定が入るなんて。どんよりした気持ちを振り払って、私は侍女のベティを呼ぶ。明日にでも何軒か店を回って新しいドレスを見てみよう。



「どうしましたか?イメルダお嬢様」

「隣町で良い洋品店はない?週末に父とパーティーに行くんだけど、私は手持ちを処分してしまって……」


 残していたとしても、マルクスの隣を着て歩いたドレスをもうこれ以上身に付ける気持ちにはなれなかった。


「ドレスなら行きつけのお店で調達した方が良いのではないでしょうか?」

「今私が街を歩いたら、後ろ指を指されて噂の的にされるわ。クスクス笑われるのをもう見たくない」

「分かりました。では、隣町の服屋をいくつかピックアップしておきますね。車の手配もしておきますので」

「ありがとう、ベティ。助かるわ」


 頭を下げて部屋を出て行くベティを見送って、私は姿見の前に立ってみる。


 セイハム大公の息子がどんな人間か知らないけれど、王都の二大勢力と言っても過言ではないドット商会とルシフォーン商会の子息令嬢たちが婚約破棄を経て決別したことは、きっとその耳にも届いていることだろう。


 哀れみの感情を呼び起こすために可哀想な令嬢を装って行くべきだろうか。それとも、気を強く持って「何か文句がありますか?」と高飛車な女を演じようか。いずれにせよ、あまり気分は浮かないけれど。


 目を閉じて、母だったらどうするか考えてみる。


 父曰く情熱的な一面もあったらしい母ならば、その場で自分を虐げた元婚約者のことを自ら暴露して、彼女の独壇場とするかもしれない。しかし、私がやったところで白い目で見られて余計変な噂を流しかねない気もする。


 やっぱりどう考えても楽しくなりそうもないパーティーのことを思って、私は溜め息を吐いた。大公との繋がりがほしい父が積極的なアプローチを図るのは自由だけど、傷心の私まで巻き込むのはいかがなものか。

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