1,6【イチロク】
DaydreamBeliever
序章
第1話 大星 由良(おおぼし ゆら)
大星 由良は世界を救ったことがある。
猫を助けようとして死んだこともある。
誰も読めないような経典を書いて、宗教を開いたこともある。その宗教がどうなったのか見届ける前に、処刑されたりもした。
とても愛した人もいた。愛を語りあい、二人の未来を信じた末に裏切られたときは、八つ当たりに国を2,3ほど滅ぼした。
おかしな薬を飲んで化け物と呼ばれ、信じていた仲間たちになぶり殺しにされたこともある。
世界は救われるべききれいな世界ではなかったのかもしれないし、命を懸けて救った猫はかえって不幸になったのかもしれないし、愛なんて信じなければよかったし、あの薬は飲まないほうがよかったのかもしれない。
世界を救い、猫を助け、宗教戦争を起こし、愛のために国を滅ぼし、化け物になって仲間に討伐されて、それでも由良は楽しかった。
まだまだ耳になじまないチャイムが聞こえるや、教室は初々しい生徒たちの喧噪に包まれた。
入学式も終わり、新しいクラスも決まり、自己紹介も済ませた。後は、新しいクラスメイトと談笑するなり帰宅するなり部活動に向かうなりするのだろう。
落丁がないかと次々と固いページを繰り、真新しい教科書をかたっぱしからカバンにしまっている、となりの席の男子生徒。
由良は分厚い眼鏡の淵から、輝く深紅の両目でジッと彼の精悍な横顔を見据える。
由良に見つめられているのを感じ取ったのか、となりの席の男子生徒が由良へと一瞥する。
「なんだよ」
もう二度とその教科書は開かれないんじゃないか、と思わせるぐらいに乱暴にカバンにしまい終わった様子を見届けてから、由良はズレた眼鏡をもとに戻し、分厚い眼鏡の奥から男子生徒をまっすぐに見据えた。
「部活行くんでしょ、北浦君」
由良に『北浦君』と呼ばれた、その男子生徒はうつむいた。
前髪が彼の目元を隠し、表情はわからなくなったが、ほんのわずか、注意していなければ見落としそうなほど、彼はかすかに頷いた。
ぶっきらぼうな態度と、小動物のような仕草に、由良はおもわず吹き出しそうになったが、彼に声をかける前に、ほかの女子生徒たちの声に邪魔をされた。
「北浦くーん、部活決めたの?」
「私たちもまだなんだー」
見た目が派手な、それでいて目を引く女子生徒たち。おろしたての制服をさっそく着崩して、スカートも短めにしている。
そして嬌声にも似た、端正な顔の北浦への語り掛け。由良を一顧だにしない態度は、明らかにわざとだった。
由良はため息をついて、カバンの中に真新しい教科書をしまい始める。
「この後みんなでカラオケだってー。部活行かないなら北浦くんも行くでしょ?」
あ、こっち見ながら言うんだ。しかもなんか勝ち誇ってるし。
女生徒の一人が明らかに由良を横目に、北浦を遊びに誘っている。世界を滅ぼすぐらいしかできない愚鈍な由良でも、彼女たちの意図はすぐにわかる。まあ、彼は部活に来るみたいだし、一人で部室に行こうかな。
由良がそんなことを思いながら、カバンを持って立ち上がると、手を握られる感覚。
は?
見れば、それは仏頂面の北浦くん。
「部活、行こうぜ」
そう言いながら、北浦は由良を連れ立って、教室を後にする。
一瞬にして騒めく教室。
ただ手を引っ張られるがままの由良だったが、後ろから聞こえる女生徒たちの非難に、ニヤリと口をゆがめた。
「アイツ!………」
由良の挑発とも思わせる笑みに目を剥く女生徒たちだったが、そのうちの一人が由良の両おさげの間から一瞬だけ見えた首筋の模様に、青ざめた顔でつぶやいた。
「ヤバ……あの首、タトゥーだよね?」
大星由良は世界を救い、猫を助け、宗教戦争を起こし、愛のために国を滅ぼし、化け物になって仲間に討伐された。
そして。
桜の木の下で、『仲間』と出会ったのだ。
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