第43話 さようなら

「あーーーーー、つーかーれーたーーー」


 アイテムが揃い再びダンジョンへと潜った。

 影分身をつかい、まずは各階層の敵の居場所を把握する。


 その情報をもとにルートを決め、無駄のないよう順次狩っていく。なにせ広いダンジョンだ。純粋に一人だけでの攻略は無理だ。


 魔石の回収も影まかせにし、自分は敵を倒す事のみに集中する。


 その間も伝令を飛ばし、安全確保や新たな鉱床のニュースを伝えておく。

 その甲斐があり採掘は順調に進んでいるらしい。


 そして俺も十一日目にして、遂に最上階へと到達をした。計88階層、とてつもない数のモンスターであった。


 それを1匹残らず駆逐し、いま地上に戻ってきたところだ。


 ひとつ残念なことは、ドロップアイテムがなかった事だ。やはりすずちゃんのラッキーガールの威力はデカい。それを改めて実感させられた。


 こうしてダンジョン攻略は終わったが、外での仕事は山積みだ。


 アイテムの売買や各業界人との会見。

 細かな事はギルドに任せてあるが、それでも目の回る忙しさである。


 そんな中でも優先しなくてはならない事案が発生した。


 それは『広井夜すずとのデート』である。


 いきなりすずちゃんからの申し出に戸惑った。それとこの件は心愛さんも了承済みと伝えられ、更にパニックにおちいる。


 訳も分からずただ浮かれて、全ての予定をキャンセルにしたのは言うまでもない。俺はあの国民的人気女優、広井夜すずと二人っきりになれるのだ。


 すずちゃんの希望に添い、地方のひと気のない遊園地へとやって来た。

 乗り物はそれほど豪華ではないが、周りを気にしなくていい。すずちゃんも心から楽しんでくれている。


「コテツくん、次はあのゴーカートに乗ろ」


「お、おう」


 誰もいない貸し切り状態で、大声をあげてはしゃぎまくる。すずちゃんにとっては久しぶりの自由である。


 乗り物の他に、園内には小動物もいてふれあいができる。ウサギに負けないすずちゃんの可愛さは最強である。

 これが激務をこなしたご褒美だとしたら、神はさじ加減を間違ったようだ。あまりにも褒美がデカすぎる。


 そう楽しく過ごしているが、ここは小さな遊園地だ。半日もあれば全てが満喫できてしまう広さである。


「ねー、コテツくん観覧車にもう一度乗ろ~」


「おいおい、これで5回目だぞ」


「いいじゃないの、ほら~」


 これもまた小さな観覧車で、箱だって6つしかついていない。ものの4~5分で終わってしまう。

 それでもすずちゃんはハイテンションだ。


 と、頂上ふきんで観覧車の動きが急にとまった。下から従業員の声が聞こえてくる。


「すみません、電源が落ちたみたいです。すぐ直しますのでそのままお待ちください」


 そう言って事務所の方へと走っていった。


「マジかよ」


「でも、これはこれで楽しいよ」


「飛び降りるか? この高さなら問題はないぞ?」


「ううん、このままで。なんだか時が止まったようで素敵じゃない」


 肩をすくめて返事をする。

 少しだけ高い所からの風景を2人で見ていたら笑えてきた。


「ところでさ、急にデートってどうしたの?」


 なんだかいつものすずちゃんと違うし、気になり尋ねてみた。

 すずちゃんはまだ景色を見て笑っている。


「私ね、女優業に戻ろうと思ってるの。だから、この前ので冒険はおしまい」


「そ、そっか。それは寂しい、な」


 ショックである。仲良くできていたし、互いの間合いもちょうど良かった。

 でも彼女は別の道を選んだのだ。


「それで最後の思い出作り?」


「うーん、それもあるけどコテツくんにアドバイスをしようと思ってね」


 何だろうと首をかしげると、彼女は小悪魔のように笑う。でもその口元はなんとも言い難く、とても深く引き込まれるものがあった。


「コテツくん、君って心愛ちゃんのことを好きでしょ?」


「ば、ば、ばばばばばーーーーーー!」


「あれ、違うの? ……じゃあ私が彼女になってもいいのかな?」


「えっ、えっと、それは、あああああ」


 ふわりとすずちゃんの香りが漂うほど近くに寄ってくる。頭の中がグニャリとゆがみ、彼女の口元だけを見てしまう。


「ねっいいでしょ。私たち気が合うし、それに心愛ちゃんだって祝福してくれるよ」


「こ、心愛さんが?」


 ふと心愛さんの顔が頭にうかぶ。

 いつも笑顔でまっすぐな心愛さん。

 優しくて、強情で、可愛らしい笑顔。最近ずっと側にいて、無くてはならない人だ。


 それなのに、すずちゃんが彼女になるって事は、それが取って変わるのを意味する。

 それが良いのか、それを俺が望んでいるのか自身に問うてみる。


 吐息がかかる中、うまく考える事が出来ない。

 それでも直感は働いた。


「ご、ごめん。すずちゃんとはつき合えないよ」


「えー、なんでー。私のこと嫌い?」


「いや、違うよ。すずちゃんとは分かり合えるし、気を使わないし、何よりぴったりとハマる感じがするよ。でも、でもね、俺はね……なんというか、えっとーー」


「心愛ちゃんのことが好き、なんだね?」


「えっ、そ、そ、そういう事じゃなくてさー」


 目線をそらし話を変えようとしたが、すずちゃんに顔をグイッと動かされ、真っ正面で問い詰められた。


「嘘つき。心愛ちゃんに何故それを言ってあげないの? あの子それを待っているわよ」


「えっ?」


「えっじゃない。待たせるなんて罪だよ」


「告白って、い、言えないよ。だって迷惑だろうし、それに今の関係を壊したくはない」


 やっと出来た仲間である。毎日が楽しくてしょうがない。

 そこへ告白をするなら、全てを台無しにしてしまう覚悟がいる。そんな勇気など俺にはない。


「コテツくん、私に教えてくれたよね。怖くてもやれば案外簡単なんだよって。目をつぶっていれば、なんて事はなかったってさ。それに人を好きになるのは悪いこと? 心愛ちゃんを愛するって恥ずかしいこと?」


「いや、俺は真剣だ。この想いは誇れるものだ。チャラけた気持ちなんかじゃないぞ。俺は心愛さんを愛しているんだよ!」


「……ほら言えた。今度はそれをあの子の前で言ってあげて」


「あっ」


 小悪魔のような微笑みだ。

 まんまと乗せられてしまったよ。

 だけどまだ心がフワつく。彼女の言葉の重さと、自分の気持ちの釣り合いがとれていない。


 でも、何か掴めたような気がした。


「お、おれ」


〈ガッコゥゥゥンンンン!〉


 口を開きかけたその時、電源が入った観覧車が動きだし言葉が途切れる。


 でもすずちゃんは分かったよと小さくうなずいた。


「広井夜すずの役目はここで終わりだね。だから今日で冒険者を卒業するよ。コテツくん、今までありがとね」


 二本の指で敬礼をしておどけてくる。

 それは俺にとって、とても甘く深く考えさせられる思い出となった。


 二度と味わうことのない経験だ。


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