最小規模の世界コンパ

第44話 それぞれの春

 ついにこの時がやって来た。

 待ちに待った新しい刀を受け取りに、山ちゃんのラボに来ているのである。


 前回はオリハルコンの量が少なかったので我慢をした。

 でも今回はいの一番でお願いをしてある。あれだけ大量にあるのだから、自分のを優先させてもバチは当たらないさ。


 それと楽しみなのはその出来具合だ。

 いつも山ちゃんは俺の期待を越えてくる。

 1を希望するなら10で、10なら千でといつも想像を超えてくる。相手を驚かせるのに命をかけているそうだ。

 それが変態的な錬金術師の山ちゃんなのだ。


 それが分かっているから、散々あおっておいた。

 切れ味はもちろん、見た目や使い勝手などもお願いしてある。あれだけ言えば十分だろう。


「おいーすっ、山ちゃん例の物はできてる?」


「やっと来たー。余分なことはいいから、こっちこっちー。ほら、自信作を見てくれよ」


 連れてこられたのは疑似ダンジョンで、中へ入ると中央の台座にソレはあった。


「おおおおお……お、お? おお? お?」


「どうだ、美しいだろ?」


「う、うん。きれい、だな。でもさ、これって刀、なの?」


「もっちろん!」


 幼なじみの山ちゃんは、俺を喜ばせるのが大好きだ。予想外な事を仕掛けてきて、驚くとさらに喜んでくる。


 でも目の前にある物は形こそ日本刀ではあるが、その大きさが並外れている。

 長さは約2m、幅だって10cm以上はありそうだ。それと厚みは親指ほどあり、化け物のようなサイズである。


「山ちゃん、これってめちゃくちゃオリハルコンを使ってない?」


「まあな、あるだけブチ込んでおいたよ」


「えっ、あるだけって。山ほどあったのに、もしかして失敗でもしたの?」


「いやいや、成功しかないよ。ただなんかさ、オリハルコンって詰めれば詰めるだけ入るんだよね。凝縮っての? 硬く粘り気が出てきてさ。面白いから全部使ったよ」


「あ、あ、あ、かっ」


 山ちゃんはあっけらかんと言い放つ。

 まるで百均での買い物かのように、また買えばいいじゃんかとのノリだ。


「山ちゃん……前にも言ったけど。この一欠片で人や国同士が殺しあいをするんだぜ」


「そうそう、だから作り甲斐があったんだよ」


 違った、ちゃんと価値は分かっているみたいだ。


 渡したオリハルコンの量は、家一軒分はあったはず。

 残りを採掘道具にと伝えなかったのがイケなかった。


 山ちゃんにしたら、オモチャを大量に与えられたと捉えていたのだ。これは俺のミスである。ギルドにゆずるのを別にしておいて良かったよ。


 取り返しようのない失敗で涙目になるが、作られた刀を持ってみる。


「軽っ! えっ何これ、すごくない?」


「だーろーーーーー。ぷぷぷ、ちょっと振ってみろよ」


 羽毛のような軽さで、とても巨大刀とは思えない。さっきの嘆きなどふっ飛んだ。

 そして言われるがまま刀を振ってみる。

 この軽さなら、いつもと変わらないスピードが出せるはずだ。


「えっ、重っ! こんどは何?」


 振り下ろした瞬間に、見た目以上の重力がかかる。

 マックスのスピードで振ったので、刀は止まらず地面に埋まった。


「わわわわ、ご、ごめん」


 せっかく作ってくれた物を、粗末に扱ってしまった。謝りながら引き抜くと、またもや予想とは違う感触だ。

 一切の抵抗感はなく、するりと抜けて腰砕けになったのだ。


 呆けて刀をじっと見る。

 こいつは今まで出会った何よりもエキサイティングで、魅力にあふれている武器だ。

 見た目で圧倒されて、その性能に興奮させられた。


「新しい相棒はそれでいいか?」


 感激しすぎてうまく言葉がでない。うなずくので精一杯だった。

 丁寧にインベントリにしまい外にでる。


 やっぱり山ちゃんは変態で天才だ。こんな友達に出会えて最高だ。


 と、もうひとつの用事を思いだし、山ちゃんに指輪を差し出した。


【紅魔の指輪:HP吸収効果 吸収するほど血に飢えていく】


 先のバンパイアから手に入れた戦利品だ。

 餞別としてすずちゃんにあげる物だけど、その性能が少し怖い。

 宝石に価値があるので、分解してもいいのだけど、さすがに勿体ない。

 山ちゃんなら何とか出来ないかと持ってきたのだ。


「実はさ、広井夜すずに渡したいんだけど、使い勝手がわるいだろ。その性能なんとかならないかな?」


「まあ、できるけど。でもさ、そんな名前の同級生っていた?」


「いやいや、女優の広井夜すずだよ。ほらCM女王の」


「いや、知らんよぅ」


 出たよ、山ちゃん節。

 興味のない物に関しては、全くの知識がない。

 デリバリーを教えた時なんかは、俺を神と崇めてきたっけ。

 こういったのには慣れっこなので、すずちゃんの映像を見せて説明をする。


「前に新しいメンバーが入るって話をしただろ。それが広井夜すずで、元々は超有名な女優さんなんだよ」


「だから、知らないって。……えっ、こ、これが?」


 面倒くさそうに手を払ってきたのに二度見をしてきた。

 その手で俺のスマホを奪い取り、大きく目を見開き固まっている。


「女優も色々と大変だからな。もしもの時のために渡したんだけどさ……なあ山ちゃん、聞いてる?」


「広井、夜……すず」


「おーい、おーーーい」


 興味は湧いたようだけど、それ以上は会話にならなかった。スマホを返してもらうのも一苦労。

 ゾーンに入った山ちゃんはいつもこうだ。

 一点集中で他事は耳に入らない。


 まあ、これなら指輪を任せて大丈夫だろう。また想像を超えてくれるくれるはずさ。



 ◇◇◇◇◇


 日本冒険者ギルドに春が到来した。


 愛染虎徹の活躍により、二度目のS級ダンジョンが攻略されたのだ。

 前回をはるかに上回る採掘量。特にオリハルコンの多さには各業界も色めき立っている。


 それと大きな変革も起きた。突如彗星のごとく現れた天才錬金術師、山里氏による技術解放がなされたのだ。


 全くのノーマークであっただけに、その素性は明らかではない。

 それでも彼の技術は斬新で、瞬く間に世界中に広まった。


 いまや世界の中心は日本であり、その舵取りに真摯に取り組むギルドマスターの姿があった。


「ギルマスやっと会えましたね、少しよろしいですか?」


「丸山さんでしたか。このあと世界ギルドフォーラムでの演説がありますが、10分くらいなら大丈夫ですよ」


「ははは、ギルマスはお忙しいですな。おっと、では早速」


 ギルマスは性格上、全てを確認せずにはいられない。

 本当なら大きな判断だけをするのが妥当であろう。

 だがいまは過渡期かときなのだと、つい細かな事にも首をつっこんでしまうのだ。


 それを心得ている丸山が調整をすることで、疲労はあるがなんとか倒れないでいる状態だ。


「と、国からの素材提供の依頼がきておりまして、いかがいたしますか?」


「愛染さまの意向に従いましょう。そこはブレないようお願いします」


「ですね、では冒険者への優先で、先方には次回と返答しておきます」


 こんな判断をする度に、ギルマスは胸に熱く来るものを感じる。

 愛染虎徹と同じ時代に生まれ、共に未来にむけて働いている。

 自分達の判断が次世代の礎となるのだと喜び、誇らしく思っているのだ。


 虎徹は無欲で人を世界を憂いている。弱きを助け、それをおごらない。皆が憧れる存在となっている。


 だがその温厚な虎徹が一度だけ獣となった。

 大事な者を救うため、世界を敵に回してもよいと吠えた。


 そのときは真底恐ろしかった。

 むき出しの感情に押し潰されそうであった。


 だが同時に同じ男として、そう言える虎徹の事を狂おしい程に好ましく思えた。


 だから寝る間がなくても、虎徹の役に立ちたいと踏ん張っているのだ。

 手を抜くなど一切ないし、その気にもならない。ギルマスはいま燃えている。


「それと報告ですが、大気中の魔素の濃度が大幅に上がりました」


「S級討伐の影響ですか?」


「はい、数値としてはF級ダンジョンと同等ですね」


「まあ、そうなるでしょうね。でも別段取り立てて騒ぐことでもないでしょ」


 それは以前より分かっていることである。

 ダンジョンの攻略や魔石を持ち帰ることで、地球の大気に魔素が放出される。


 とはいえ、何かが変わる事はない。

 当初はスキルやジョブ発生率や、身体能力向上などが期待された。しかし、人体や動物や他には無生物にいたるまで、何の影響をも与えなかった。


 希望的観測であったその考えも都市伝説となり、その道の専門家もいなくなった。

 魔素は人畜無害、そう結論付けられている。


 でも丸山が敢えて話してきたと思い直し、続きがあるのかと促す。


「大した事ではないのですが、数値が下がらないのですよ。特に原初の大穴が上がりすぎてます」


 そう、いつもなら時間と共に薄くなり、放っておけば魔素は無くなってしまう。

 その反面、魔素は不安定で人類には扱えないものでもある。山ちゃん以外に成功した例はない。


「ふむ、それは変ですねえ。でも……」


「そうです、何も起こりません。ダンジョン内で普通に我々は生きていけるのですから、心配しすぎでした。私も年をとったということでしょうかね」


「いえいえ、丸山さんにはまだまだがんばってもらわないといけません。その弱音はもう少ししまっておいて下さいな」


「はい」


 少しなごむ時間であった。

 このギルド本部の建物のなかで、いま働いているのはこの二人だけである。

 他に動く者などいない時間帯だ。


「では私はそろそろ行きますね。丸山さん、少しは休みなさいよ」


「ははは、それをギルマスが言いますか」


「ん? はははは、まったくですな」


 そうこれはいつもの光景である。

 日本の最先端で旗をふる二人、休むことなど考えていない。


 また空が白みはじめ、新しい朝を迎えようとしているのであった。

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