第20話 ジョブ発現

「という事なんです、心愛さん。俺ってズレてますかね?」


 あのコンパから何日も、暗い気持ちを引きずり立ち直れないでいた。立場やお金ではなく、俺という人間を見て欲しい。そんな考えが客観的に変なのかを、心愛さんに聞いてみた。


 すると目をまん丸に見開き見つめてくる。その反応で察してしまう。男ならではの幻想、幼稚な考えだったみたいだ。


「合コンに行ったのですか?」


「あっ」


 し、しまった、間違えた。合コンに行ったのがバレてしまったーーー。

 コンパで知り合い仲良くなった心愛さんに、聞いて良い質問ではなかったよ。マジでとんでもない失敗をしてしまった。


 心愛さんの瞳から光がなくなり、空気が重くなる。

 その重圧に血の気がさーっと引いていく。


「ち、違うんです。ギルマスからの要請で、どうしても断りきれなかったんです。行く気なんて本当はなかったんですよ」


「今やギルマスよりも影響力をもつ愛染虎徹さまが? 抵抗できずに無理矢理にですか?」


「うっ。そ、その、つきあい? 人間社会とは難しいもので。えっと、はい、そういう色々なしがらみと欲があるもので。ただ自信を失くしたのは本当です。それでつい口走ってしまいました」


 お、終わった。

 しどろもどろなのは自分でもわかる。薄っぺらな言い訳なんて見苦しいものだ。それが分かっていても、止められないのが余計に情けない。


 沈黙が続いたあと、心愛さんがクスリと笑ってきたよ。


「もう、そんな構えないでください。分かりました。今日の夕飯の時、相談に乗ります。ただし、コテツさんのおごりですよ」


「も、もちろんだよーーーー」


「それとお店はデートで使うような素敵な所じゃないと許しませんからね」


「素敵なって。……は、はいー」


 棚ぼたで俺のボルテージは最高潮。

 浮わついた心で午後の修行を再開させた。


 心愛さんは筋がよく、めきめきと力をつけている。だから今日はランクを上げたポイズンマタンゴが出るダンジョンへとやって来た。


 マタンゴの動きは遅いけど、常に2~3匹で行動している。ほどよく硬く賢いので、対多数戦の練習にはもってこいだ。


 囲まれない位置取りが必要だけど、心愛さんもだいぶ慣れてきた。危なげない戦いで安心できる。


 なので俺は、今夜のお店を見繕うのに集中する。

 何度か行ったレストラン等は除外だな。それと個室を重視するなら、焼き肉、料亭、フレンチか。どこも捨てがたくて迷ってしまう。


 機嫌の良い心愛さんの方が好きだ。何としてでも喜んでもらおう。


「きゃー、コテツさん危ない!」


「へっ?」


 顔を上げると至近距離30cmへと迫るマタンゴが、大きく吸い込み『麻痺の息』を吐いてきた。


 やられたと考えたのもイケなかった。そのあと間髪入れずに毒霧の連続技だ。マタンゴの得意コンボと説明したのに、教えた俺が喰らっている。


「えい、コテツさんから離れなさい!」


 心愛さんは敵を倒し駆け寄ってきた。


「大丈夫ですか?」


「はは、面目なひ。ひひょうとして情けないよ」


「もー、しっかりしてください。でも、そういった抜けている所はコテツさんらしくて、好きですよ」


「あ、ありらと」


 麻痺でろれつが回らない。恥ずかしく急いで薬を探した。


「あ、あえ? 薬がない。しょれに毒消ひも……ヤバい」


 麻痺はまだいい、動きが鈍くなるだけだ。でもマタンゴの毒は持続性があり、薬を使うまで消えてくれない。


 いくらHPが高い俺でもタイミングが悪い。コンパの件で悩み、徹夜を続けていたのでHPは2桁にまで落ちている。このままではいつか底をついてしまう。

 それにここは8階層で、急いで町に戻っても間に合いそうにない。


「ごめん、心愛さん。おえ死ぬかも。薬を切らしているんだ」


「ええええ!」


 あのコンパから数日間、落ち込み何もしてこなかった。アイテム補充という基本中の基本でさえ怠っていた。過信と怠慢の結果がこれだ。


「もし俺が死んらら、遺産は全部あえるよ。もし要らない物があったら、捨てていいららね」


「何を言っているのですか。ほら、私の分が一つありますから、使ってください」


「いや、帰り道に要るかもしらないらろ。それは大事にとっておくんら」


 俺が倒れたあと、心愛さんは一人で帰らないといけない。上達してきたとはいえ、まだまだである。もし万が一で同じように毒に犯されたなら、心愛さんに危険がおよぶ。それだけは避けたい。


「帰る道はわらるよね?」


「ばかーーーーー! コテツさんが元気なって私を守ってくれればいいじゃない。四の五の言わず飲みなさい!」


 グイッと口に押し込まれた勢いで、一気に飲み干してしまった。もがくが押さえつけられる。


「もー、何をするの。……って心愛さん、な、泣いている?」


「ばか、コテツさんは馬鹿ですよ。コテツさんは師匠だけど、何もかも一人で背負いこまないでください。私だって役に立ちたいんです。だから、だから、死ぬなんて簡単に言わないで!」


 大きな大きな涙がこぼれ、俺の手を濡らす。その熱さに驚き、そして俺も泣いていた。


「ご、ごめん。俺は心愛さんが心配で。でも、それは間違っていたよ」


「許しません、ぜったいぜったい許しません」


 そう言葉では突き放すが、ぐっと距離をつめてくる。


 縮まる心愛さんとの距離。体をあずけあうまで接近し、瞳と唇に見とれてしまう。そして喉がゴクリと鳴り、互いに引き寄せられていく。熱いとしか感じられない。


 でも心愛さんの動きがピタリと止まった。そして。


「あーーーーーーーーっ!」


 心愛さんは絶叫をして、口をパクパクとさせている。ちゅうを指差し、今にも卒倒しそうな顔色だ。


「どうしたの、心愛さん。大丈夫?」


「コ、コテツさん。いまジョブが授かりました」


「お、おめでとう。やったじゃないか!」


 狂おしいタイミングではあるが、嬉しくて心愛さんを抱き上げる。


 ジョブの発現はいつも突然だ。何の前ぶれもなく起こる。そしてその人の人生は大きく変わる。

 特に心愛さんとは修行を共にしてきたから、嬉しさもひとしおだ。ねばった甲斐があった。


 なのに心愛さんは喜ぶどころか、心底悲しげに首をふっている。


「うっ、うわーーーーーん。どうしたらいいのーーー。こんなのってあんまりだわ」


「えっ、嬉しくないの?」


「違うんです。コテツさんと同じ忍者が良かったの。でもダメだった。力一杯暴れたかったの。なのに、よりによって後衛の『聖女』なんかを貰っちゃいました。うわーーーーーん」


 聖女といったら超レアじゃん。残念だったねとは言いにくい。とりあえず、お祝いの食事会に誘ってみるか。たぶん、それで機嫌はなおるだろう。


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