昔から凡人だと思っていた僕に「あなたは私にとって特別な存在よ」と教えてくれた君と紡ぐ恋の話
ALC
第1話踏み込んだ先で…
過去を振り返っても自分を褒めてあげることが出来ない。
何か罪を犯したわけでは無いが。
とにかく僕の人生は平凡そのものだった。
けれど…。
誰の人生だって特別な時間で溢れているわけではないだろう。
僕は産まれてから二十五年間。
特別な経験など一度もしてこなかった。
学業でも運動でも僕はいつだって平均かそれ以下だった。
そんな僕は自分を否定していたわけでも肯定していたわけでもない。
自分の人生を諦めていたと言っても過言ではない。
どうせ良いことなど無い。
そんな口癖のようなものを心の中で何度も唱えていたはずだ。
それを意識していたかどうかは定かではない。
ただ今思えば僕は幼い頃から自分自身を諦めていたと思える。
そんな僕の人生観が変わってしまうような出来事が起こるとは…。
この時の僕は思いもしなかったのだった。
例えばの話。
近くに山があったとして。
それを隈無く登ったことのある人間がどれだけいるだろうか。
これはそんな奥の奥まで、隅の隅まで足を踏み入れた僕の経験。
ある日、ふと思った。
山に囲まれているこの土地で僕は一度だって登ろうと思わなかったのは何故だろうか。
それは当たり前に存在している山だからかもしれない。
別の地の山に登った経験はある。
それこそ小学生の遠足などで。
ただ何故こんなに近所に手頃な山があるというのに僕は登ろうとも思わなかったのだろう。
それが不思議でならなかった。
まるで何かしらの力で登ることを禁じられていたみたいだ。
視認は出来るけれど興味を持つことすら禁じられていたような封印や強制的な見えない力でこの山のことを忘れさせられているようだと思った。
そんな事を疑問に思った僕は近所のアウトドアショップで登山用具を一式揃えると後日登ることを決心するのであった。
暑くも寒くない不思議な一日だった。
快適でも不快でもない異常なほどに平凡な日。
麓まで車で向かうと近所の駐車場に車を停める。
しっかりとした装備で登山を始めるが僕以外に登山客は一人もいない。
それこそ不思議な力で皆が皆、この山の存在を気にしていないようだった。
特別険しい山でもなく整備された道でない獣道の様な道なき道を歩いて進んでいく。
途中で休憩を取ったりすることもなく僕は頂上まで上り詰めてしまう。
こんなものか…特になにもないんだな。
そんな言葉が口を吐きかけた瞬間…。
先程まで無かったはずのものが現れていることに僕は気付く。
頂上に洞窟など無かったはずなのだ。
頂上らしく辺りは見晴らしのいい景色だったはずだった。
だが今は小柄な洞窟が一つ存在している。
不思議に思った僕は洞窟のような祠に近づく。
入口というか正面には御札のような物が貼られており思わずそこに手を伸ばしてしまう。
ピタっと手を当てたが…。
特になにかが起こるわけもなく…。
苦笑を一つ携えると振り返ることもなくその場を後にして無事帰宅するのであった。
一人暮らしのマンションに帰宅してきた僕は何処か清々しい気持ちで風呂に入り晩酌を行ってから眠りについた。
だが…何処か寝苦しい夜だった。
日が登っていた時はあれだけなんでも無い一日だと思っていたのに…。
身体が暑く肩や腰が重たいような気がしてならなかった。
まるで誰かに抱きつかれているようだと錯覚するほどだった。
寝苦しいあまり布団を払うと一度ベッドの縁に腰掛ける。
肩を回したり腰を回そうと思うと…。
やはり誰かが僕に抱きついていると実感する。
まさか…ゆ…。
そんな恐怖の対象である四文字が脳内に駆け巡る。
後ろを振り返ろうとして…。
「幽霊じゃないよ」
後方の人物は自らを幽霊ではないと主張する。
それならばそれで、より一層恐怖が増すというもの。
「えっと…誰?」
息を呑んで口を開いた僕に後方の人物は背中から離れて前方に現れる。
「どんな呼び方でも構わないよ。妖精でも天使でも悪魔でも神様でも…。私のことはそんな存在だって曖昧に思っていてくれたら良い」
眼の前の女性は見るからに僕よりも年下に見える。
年の頃として十代後半から二十代前半の美しい女性と言ったところだろうか。
「それで…どうして僕に憑いてるの?」
「憑いてるなんて人聞き悪いじゃん。あなたが私の封印を解いたんでしょ?」
「何の話…?」
「ほら。誰も興味を持てない山の頂上で…」
「あ…祠の…?」
「そう。あなたが御札に触れたから封印が解けたよ。今日から私はあなただけの存在」
「そんな事言われても…」
困ったような表情を浮かべる僕に彼女はフフッと笑って見せる。
「私ならあなたの願いを叶えてあげられるよ。誰かにとって特別な存在になりたいんでしょ?もちろんあなたは私の封印を解いてくれたわけだし。私にとってあなたは特別な存在だよ」
妖しい笑みを浮かべる彼女の言葉に僕はゴクリとつばを飲み込む。
「いつまで?」
「ん?何が?」
「君にとって僕が特別な存在なのはいつまでなの?」
僕の質問の意図が分からなかったのか彼女は首を傾げる。
しかし答えに辿り着いたのか再び薄く微笑むと彼女は答えをくれる。
「もちろん。いつまでもだよ」
その答えを、その一言を聞けた瞬間僕の人生は一気に覆ったような気がした。
そうしてここから僕と人形の何かである彼女との恋の話が始まろうとしていた。
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