二
あれから何年が経っただろう。相変わらず私は保育園にいて、子どもたちと関わっている。ここ数年はずっと一歳児クラスに入っているものの、資格を持っているわけではないため、完全に遊び相手だった。
辛いことも多かったけれど、ここに来て素敵な出会いもあった。
「良かった。これでもう、寒くないね」
親からも、他の家庭からも、子どもからも酷い扱いを受けて育ってきた私にとっては、まるで女神のような先生だった。
そんな香乃子先生が、ある日子どもたちが帰った後、珍しく悩み相談をしてきた。
「あのね、今年新しく来た男の先生に、この前告白されちゃったんだ……でも、いつか別れる可能性を考えたら、職場恋愛ってリスクあるし、そもそも今はただの憧れみたいな感覚なんじゃないかなって思うと踏み切れなくてさ……」
はぁ、と重いため息を漏らす先生。何とか香乃子先生の助けになりたいと思いつつも、恋愛なんて、幼少期の初恋で止まっている私は「確かにそうですよね」と言うことしかできなかった。
「でも、真面目だしイケメンだし、いい子なんだけどね。そこまで深く関わったことがないのが大きいのかな。まあ今日一緒に帰る約束をしたから、少しでも相手のことを知ることができたらいいな……」
そんなことを話していると、誰かが階段を上ってくる音がした。香乃子先生は慌てて掃除に戻る。
「香乃子先生」
そう言って現れたのは、目鼻立ちがはっきりとしていて、サラサラな髪の毛をした男の先生だった。エプロンには可愛らしいキャラクターがついており、胸元には名前が縫いつけられている。
その名前を見て、私は固まってしまった。
「風詩先生、ごめんね、まだ終わってなくて。もうすぐ終わるから、職員室で待ってて」
間違いなく、風詩くんだった。
風詩くんは私の存在など見えもしない様子で、香乃子先生に向かって「手伝いますよ」と言う。その声は、私の知る、高くて女の子と間違えられるようなものではなかった。
香乃子先生は丁重にそれを断り、自分の仕事を速やかに済ませて部屋を出て行く。
風詩くんだ。まさかこんなところでもう一度会えるなんて。
そんな再会を喜ぶ感情と、幼い頃の淡い約束を忘れられてしまった絶望感に苛まれる。
可愛いからかっこいいに変身した彼の目に映るのは、もう私ではないのだ。
どうして。あれほど大好きだと言ってくれたのに。私はこんなにも想っているのに。
胸が痛くて苦しくて堪らなかった。
無情にも、時は流れていく。たらい回しにされた挙句、ここに閉じ込められて何年も働き続ける私を置いて、彼はきっと様々な人に出会い、たくさんの経験を重ねて、今ここに辿り着き、恋をしたのだろう。
だが、まだ相手が香乃子先生で良かったと思った。大好きな彼の好きな人が、大好きな先生で。そうでなければ、きっと私は壊れていたかもしれない。
でも、せめて私との時間を思い出して欲しい。もう一度、話をしたい。
そして、この気持ちにけりをつけるためにも、想いを伝えたい。
一つの決心をし、私は夢の中へと入った。
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