第34話 思春期に大人に変わる少年 その①

※※※



「あら、宇津呂くん。遅かったわね」


 誰もいない教室で、橘さんは真ん中の席に一人で座っていた。


 ウサ耳のカチューシャと黒いレオタードのようなコスチュームに網タイツといういでたちで――言い換えれば、バニーガール姿で。


 こうしてみると橘さん、中々扇情的な体つきをしている。さすが二十歳だ。大人の色気というやつだ。


 まあ、恰好がそもそも扇情的ではあるのだけれど。


 胸元や太ももをガン見してしまわないように、僕が意識的に橘さんから視線を外した。


「えーと……なんで、そんな服を着ているんですか?」

「そんな服? 何を言っているのかしら。これが私たちの部の正式なコスチュームなのよ」

「えっ、じゃあ僕もそのバニーガール衣装を着なきゃいけないんですか?」


 僕の背中に冷たい汗が流れたとき、背後から声が聞こえた。


「ねえ、そんなところに立っていられると邪魔なんだけど」


 山田さんの声だ、と振り返った僕の目に信じられないものが飛び込んできた。


 橘さんと同じくバニーガールのコスチュームを着た山田さんだ。唯一違うところと言えば、コスチュームの色が黒ではなく青だという点くらいだ。


 さすがメイドイン海外ということもあって、山田さんもまた破壊力のあるバストを持っていた。手足も長いし、肌の色も透き通るように白い。


 一体誰が、僕らの部のコスチュームをバニーガールって決めたんだ? ここに連れて来てその意図を問い詰めるとともに感謝の気持ちを伝えたい。


「ほら、席に座って。みんなの邪魔になるわよ」


 山田さんが僕の体を教室の中に押し込もうとする。


 彼女の胸が僕の背中に触れて、何とも言えない柔らかい感触が広がった。


「み、みんなって?」

「みんなはみんなよ。何言ってるの?」


 気づけば山田さんの後ろには美澄さんと鈴仙さんがいた。


 そして二人とも揃えたようにバニーガールの姿をしている。


「急いでください宇津呂さんっ! 後ろがつっかえてるんですよっ!」

「そうなのです。つっかえているのです。ぼけっとしている暇はないのです」

「あ、は、はい」


 僕は慌てて教室に入り、席に着いた。


 人の気配を感じ何気なく隣を見ると、そこには保健室の椎名先生が座っていた。やはりバニーガール姿で。


「せ、先生……⁉」

「あんまりじろじろ見ちゃだめですよぉ、先生だって恥ずかしいんですからぁ」


 顔を赤くしながら言う椎名先生を見て、僕は首が引きちぎれる勢いで顔を背けた。


 なんで顧問の先生までバニーガールなんだ⁉ 僕の目の前で何が起こってるんだ⁉


 信じられない光景の連続で僕が発狂しかけた時、教室のドアを勢いよく開けて何者かが入って来た。


「よし、部活を始めるぞ! みんな準備は良いな!」


 会長だ。


 あの幼児体型の会長が、バニーガール姿で現れた。


 これは大丈夫なのか? 児童ポルノ法違反とかじゃないのか⁉ 見えちゃいけないものまで見えちゃうんじゃないのか⁉


 っていうか。


「一体どうしてみんなバニーガールなんですかぁっ⁉」


 僕は思わず叫んだ。


 そして。


 脳天を駆け抜ける痛みと共に―――目が覚めた。


 数秒して、ようやく状況を把握する。


 ベッドから転がり落ちた僕は、その痛みで目を覚ましたらしい。


 窓からは朝の光が差し込んでいる。


 ということは。


 今僕の目の前に広がっている光景が現実のものだということは。


 さっきまでのは全部――。


「夢って、ことか……」



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