第26話 何もしない部へ愛を込めて その⑤
「それじゃ私、さっそく鈴仙さんにお伝えする言葉を考えてきます! また明日!」
僕が呆気に取られている間に、美澄さんは荷物を抱え教室を飛び出していった。
屋上で公開告白なんて正気の沙汰とは思えない。
やる方もやられる方も大迷惑だ。
一体どういうつもりで橘さんはそんなことを……?
気づけば橘さんは今まで僕が見たこともないような邪悪な笑みを浮かべていた。
「た、橘さん?」
「うまくいったわね」
「一体何の話ですか?」
「簡単なことよ。私は以前から、ななちゃんにまとわりつく鈴仙とかいうあの女のことが気に入っていなかったの。鈴仙さんが美澄さんと引っ付いてくれれば、ななちゃんも自由になれるというものだわ」
ななちゃん?
ああ、会長の名前だ。たしか七橋奈奈美だったはず。
決してテレビのチャンネルではないらしい。
というか。
橘さんが急にやる気を出したから、どういうことだろうと思っていたら。
「もしかして、嫉妬してるんですか?」
「まさか。私は二十歳、大人のお姉さんなのよ。あんな年下の小娘なんか眼中にすらないわ。私をそんなに小さな女だと思わないでいただきたいわね。さあ、私たちもそろそろ帰りましょう」
颯爽と立ち上がり、橘さんは身を翻す。
が、次の瞬間、彼女は背後にあった机に躓き思いっきり転んだ。
さらにその衝撃で雪崩を起こした机やいすが橘さんの上に崩れ落ちる。
「橘さん、大丈夫ですか?」
机と椅子の山をがらがらと崩しながら、橘さんが再び立ち上がる。
「もちろん大丈夫よ。ところで宇津呂くん」
「は、はい、なんでしょう」
「私が今転んだのはいつも通り私が不幸だからであって、決してあなたの言葉に動揺したわけではないのだから。あの小娘に嫉妬なんかしていないのだから、勘違いしないでよね」
……やっぱり嫉妬しているんじゃないのか?
しかしこれだと、会長を中心にした百合トライアングルがある程度完成してしまうことになるな。
僕は女子高生の百合の間に入ろうとするような無粋な男ではないから、今回の件はこれ以上口出しせず静観に徹しよう。
「あーあ、何やってんだか。あたしは見なきゃいけないアニメがあるから、先に帰るね」
通学鞄片手に、山田さんが席を立つ。
「それじゃまた明日、山田さん」
僕はさりげなく言ったつもりだったが、何が引っかかったのか山田さんは不思議そうな顔をした。
しまった、僕らはまだ帰りの挨拶を交わすような仲ではなかったのかもしれない。
他人との距離感を図りかねた。コミュ障の辛いとこね、これ。
「明日ってどういうこと?」
「あ、いや、違うんですこれは。ちょっと馴れ馴れしすぎましたかね」
「なんで急に丁寧語⁉ あたしはただ、明日は休みなのになって思っただけよ!」
「え? 休み?」
「だってそうでしょ。今日は金曜日だもん」
――ああ、そうか。
言われてみて初めて思い出した。今日は金曜日だ。ということは明日から二日は休みだ。
「な、なんだ、そうか。僕、勘違いしてたよ」
「だと思った。でも、あんたが明日も集まりたいっていうなら集まってあげてもいいわよ」
「いやいいよ、休みは休みだろ。それに、休日の学校に来たって部員の勧誘ができるとは思えないし」
「そう。じゃ、また来週ね」
山田さんは僕に軽く右手を振って教室を出て行こうとした――のに、なぜか立ち止まった。
それから僕の方を振り返って、
「あのさ宇津呂、明日時間ある?」
「まあ、時間なら死ぬほどあるけど」
金もセンスもないが、時間だけはあるのが僕なのだ。
「それじゃ明日ウチに来てくれない? ほら、ガンガムの鑑賞会するって前に言ってたでしょ?」
「え、僕なんかを家に上げちゃって大丈夫?」
「何言ってんのよ。あんたとあたしは同志でしょ」
僕に向けて親指を上げる山田さん。
「なるほど。わかった、行くよ。だけど僕山田さんの家知らないけど」
「それなら、明日の一時ごろ校門のところに集合ね。一秒でも遅れたら宇宙漂流刑だから!」
「遅れないように気をつける。じゃあまた明日ね」
「グッバイ、宇津呂!」
山田さんは上機嫌に去って行った。
思い出してみれば、確かに鑑賞会をしようなんて言ってたな。あれ本気だったんだ。
と、僕のすぐ近くで誰かの咳払いが聞こえた。
「ごほんごほん、えー、宇津呂くん」
「ああ、待たせちゃってすみません橘さん。ちなみに解説させてもらうと、宇宙漂流刑というのは稼働戦士Vガンガムに出て来る残虐な処刑の方法のひとつで、受刑者にわずかな水と食料だけを持たせて宇宙空間に放り出すという――」
「それはどうでもいいのよ。そんなことより」
「あ、もしかして橘さんも来たいんですか? 一緒にガンガムNY見ます?」
「そういうことでもないわ。それより、私も宇津呂くんに頼みたいことがあるのよ」
「……僕に頼みたいことですか?」
珍しいこともあるものだ。
僕なんかが役に立てることがあるとは思えないが。
「そう。私、最近眼鏡の度が合わなくなってきて」
「眼鏡? 橘さん、目悪いんですか?」
「ええ。今は裸眼なのだけれど、家では眼鏡をかけているの。それで、新しく眼鏡を作りに行きたいから、あなたについて来て欲しいの」
「僕は構いませんけど、ちょうど今明日の予定が入っちゃって。日曜日でもいいですか?」
「いいわ。あなたの家に迎えに来てあげるから、準備しておいて」
「分かりました。でも、僕は眼鏡の専門家でもなんでもありませんよ? いいんですか?」
「誰もあなたに専門的な意見は求めていないわ。ただ、一人でああいうところに行くのが嫌なだけよ」
なるほど、よく分かる。
一人でお店に入るのって緊張するよな。
未だに僕は一人でコンビニに行くのさえ気が引ける。
入った瞬間に「いらっしゃいませ」なんて言われた日には動揺しちゃって目も当てられない。
「とにかく僕は家で待っていればいいんですね? 僕の家、分かりますか?」
「当たり前だわ。公園の裏手にあるあの屋根が平らな家よね?」
「ああ、そうです。よく知ってますね」
「前に宇津呂くんが説明してくれたのよ。忘れたの?」
「そうだったかもしれません」
「さあ、そろそろ帰りましょう。下校時刻になるわ」
橘さんは鞄片手に教室を出ていく。
――さて。
確かに僕は以前橘さんに、公園の裏手にある家に住んでいると言った。
だけど、家の詳しい外観までは説明していなかったはずだけど?
橘さんはどうやって僕の家を特定したんだろう。まさか、ストー……うわ、マジで怖くなってきた。これ以上このことについて考えるのはやめよう。
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