第25話 何もしない部へ愛を込めて その④
「事情は分かりました。根は良い人を自称している僕ですから、相談されたことには答えてみせます。僕も恋愛経験は全くありませんが、任せてください」
「は、果てしなく不安なのですがっ!」
「大丈夫。三人寄れば文殊の知恵です。今ここには四人もいるんですから、きっと妙案が出て来ますよ」
僕の言葉を遮るように橘さんと山田さんが手を上げる。
「宇津呂くん、船頭多くして船山に登るとも言うわ」
「烏合の衆って言葉もあるんだけどさ、知ってる?」
「二人とも、場に水を差すような言葉はすぐ浮かぶんですね? その発想力を別の方向に生かしてくださいよ」
「そうは言っても、私たちはこの学校におけるコミュ障四天王のような存在なのよ。体育の前の準備体操でペアを作るときでさえ血反吐が出るような苦労をしているのに、恋愛ごとに関してアドバイスできるようなことはないと思うわ」
それは間違いない。
僕も全く同じ気持ちだ。
だけど、美澄さんの願いを叶え、ひいては部の設立に協力してもらうためにはここで諦めてはいけない。
「なんでもいいんです。思い付きでいいので、何か意見を出してください」
「だったら、こういうのは?」
「はい、山田さん!」
「よくあるじゃない、ピンチを助けてもらったらその勢いでコロッと行っちゃうみたいな展開。だから、まずあたしたちが鈴仙さんを襲って、それを美澄さんが助ければいいのよ。名付けて『泣いた赤鬼』作戦ね」
「なるほど。僕らが悪役をやるわけですね? 『泣いた赤鬼』作戦……」
僕は山田さんのアイデアを黒板にメモした。
が。
「問題は……僕らが鈴仙さんに返り討ちにされないかってことですよね」
「……!」
山田さんが恐怖したように目を見開く。
実際、あんな得体の知れない人を襲撃すればどんな目に遭わされるか分からない。
実際、橘さんは拷問のようなこともされている。
鈴仙さんを攻撃して、生きて帰れる保証はどこにもない。
「じゃ、じゃあこういうのはどう? 美澄さんと鈴仙さんをどこかに閉じ込めて、二人きりの空間を作るの。そうすればなんか良い感じの雰囲気になって、告白だってうまくいくに違いないわ! ちゃんと告白するまで閉じ込めておくのもアリね!」
「なるほど。名付けて『告白しないと出られない部屋』作戦ですね?」
「そう、それよ! どう? 良さそうじゃない?」
僕と山田さんは美澄さんの方を見た。
「鈴仙さんと二人きり……密室……監禁……じゅるり」
ダメだ、完全にあっちの世界に行ってしまっている。
どうやら美澄さんには刺激の強すぎる作戦だったらしい。
「他に何かない、山田さん」
「な、なんであたしにばっかり聞くのよ。あたしだってそんな、こ、告白なんてしたこともないしされたこともないんだから、分からないわよ。そっちの人生経験豊富な人に聞いたら?」
告白というワードに頬を赤く染めながら、山田さんは顎で橘さんを指した。
「だけど、橘さんもアドバイスできることは無いって言ってたし……」
だとしたら僕が考えるしかないのか?
それはそれでハードルが高い。僕だって告白なんてリア充的なイベントの経験はない。それに具体的なアイデアを出したら出したで、へーお前そんな風に告白されたいんだ、みたいな余計な誤解を生みそうで嫌だ。
美澄さんは妄想の世界に閉じこもってしまったみたいだし、やはりここは山田さんに期待しよう。歴史ある欧米文化の力を見せてくれ、山田さん。
「……そんなにあたしの顔を見ても、出ないものは出ないわよ。残念だったわね」
「どうしても?」
「どうしてもよ。大体、なんであたしが考えてあげなきゃいけないわけ? そういうのは自分で考えてこそ気持ちも伝わるってもんじゃない。人を頼ろうって考えが甘ちゃんだわ!」
「ま、まあ、そう言わずに」
だけどそれが正論な気もする。
この山田ってエセ外国人、さては割と常識人だな?
「……宇津呂くん」
橘さんの凛とした声が響いたのは、そんなときだった。
「何か考え付いたんですか?」
「ええ。私たちは自分の思っていることを素直に言葉にできないから、いつまでたってもコミュ障から抜け出せないのよ。だからこそ、こういう自分の心情を公開する場合は躊躇しないことが大切だと思うの」
「つまり、何が言いたいんです?」
「簡単なことよ。美澄さん、屋上に行って大きな声で自分の思いを伝えなさい」
「……お、屋上にですかっ⁉ 鈴仙副会長を屋上に呼び出して告白ってことですかっ⁉ そんなことできませんっ!」
橘さんのアイデアに悲鳴を上げる美澄さん。
しかし橘さんの表情は変わらない。
「勘違いしているみたいなのだけれど、屋上に呼び出すわけではないのよ」
「どーゆーことなんですかっ⁉」
「もっと単純。屋上から、鈴仙さんがどこにいても聞こえるくらいの大きな声で告白するのよ」
……それは公開処刑というやつではないだろうか。
羞恥プレイにもほどがある。
いや、美澄さんなら逆に喜ぶのか?
僕は恐る恐る美澄さんの方を見ると、彼女は困ったように目を泳がせていた。
「まっ、ますます無理ですっ!」
「メリットはあるわ。校内中の人が立会人なのだから鈴仙さんも無視できないし、うまくいった暁には公認カップルよ。やる価値はあると思うのだけれど」
「だ、ダメです無理です死んじゃいますっ! そんなこと私にはできませんっ!」
あたふたする美澄さん。
突如、激しい音が鳴った。
橘さんが机を叩いたのだ。
教室中が静まり返る。
「いい加減にしなさい、美澄さん」
「は、はい……⁉」
美澄さんは怯えた顔で橘さんを見る。
「誰かに好きになってもらうというのは簡単なことではないのよ。甘えたことを言っていないで、当たって砕けてみたらどうかしら。無理が通れば道理は引っ込むわ」
「橘さん……!」
「すべてはあなた次第なのよ。あなたが諦めなければ、きっとうまくいくわ。私を信じて」
自信に満ちた笑みを浮かべた橘さんは美澄さんに右手を差し出し、美澄さんが力強くその手を握り返す。
「分かりました橘さん、私、やってみます!」
「ええ。応援しているわ」
な、なんだこれ。
僕は今何を見せられているんだ?
熱血ものに軌道修正か?
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