第10話 何もしない部に、君と その①
※
「新しい部を作りたい、だって?」
昼休み、僕は生徒会室を訪れていた。
新たに部活を作る申請をするためだ。
本当は朝のうちに済ませておくつもりだったのだけれど、あのやけにテンションの高い風紀委員のせいで出来なかったのだ。
「そうです。留年しないために新しい部活を作ります。自分の居場所は自分で作ってみせます」
僕は椅子の上であぐらをかく生徒会長に向かって言った。
「なるほど、そう来たか。ふむふむ。君、なかなかやるな」
「そうですか?」
「うん。つまり、入りたい部活がないから自分で作るってことだろ? 見かけによらず行動的じゃないか」
「行動的と言えば、こんな話があります」
「気になるね。話してくれ」
「はい。かつて、インターネットが今ほど普及しておらず、情報はうわさ話や紙媒体から得なければならなかった時代の話です。その時代のオタクたちは自分たちの好きなものの情報を追い求め、アニメの制作スタジオまで押しかけたそうです。その結果、原画のセルが盗まれてテレビ放送できない事態さえ起こったとか」
僕が言い終えたとき、生徒会室は妙な空気に包まれていた。
「え、えーと、つまり君は何が言いたいのかな?」
見た目女子小学生の生徒会長が、可愛らしく目を白黒させながら言う。
僕は多少キメ顔をしながら、
「要するに、僕だってやる時はやるってことです」
「じゃあ最初からそう言ってくれよ! 分かんないよ! 君が急に宇宙からの電波拾っちゃったかと思ったよ!」
会長の切実な叫びが生徒会室にこだました。
気づけば鈴仙さんが僕に冷ややかな視線を向けていた。
「そうなのです。あなたのたわ言で私の会長を困らせないで欲しいのです」
「鈴仙、宇津呂くんが怖かったぁ……!」
「よしよし、会長。大丈夫なのですよ」
椅子に座ったまま鈴仙さんに抱きついて彼女の胸に顔をうずめる会長と、そんな会長さんの頭を、まるで小さな子供をあやすように撫でる鈴仙さん。
僕のとっておきのオタクトークが、完全に不気味なもの扱いされた……。
って言うか鈴仙さん、今、『私の』会長って言わなかったか?
やっぱりこの二人、そういう関係なんだろうか……。
「それで、宇津呂くんはここに何をしに来たんだね?」
気を取り直したように会長が言った。
「あ、えーとですね、それは」
「もし会長を怖がらせに来たのなら、私が今すぐあなたを叩きだします」
鈴仙さんの鋭い視線が僕に突き刺さる。
「そ、それは誤解です。僕はただ、部活を設立する申請をしに来ただけですよ」
「申請? 分かりました。では、これをあなたに差し上げるのです」
そう言って鈴仙さんは、手元のバインダーから一枚の紙切れを取り外して僕に手渡した。
「これは?」
「部活動の申請用紙なのです。部員の名前と活動内容を書いて提出するのです」
「分かりました。そうすれば新しい部活を作れるんですね?」
「そうなのです。ですが」
何かを言いかけた鈴仙さんを、会長が片手で制する。
「宇津呂くん。部員は何人集まっているんだね?」
「部員ですか? 今のところ僕一人ですけど」
会長の目の端には、涙の跡が残っていた。
そんな、泣くほど怖がらなくてもいいのに。
今後オタク的な話をするときはTPOをわきまえるようにしたい。
「部員は宇津呂くん一人か。それではいけないな」
「どうしてですか?」
「簡単な話だよ。部の設立には、五人以上の部員が必要なんだ」
「え」
初耳だ。
てっきり、部活なんて自分たちの好きなように作っていいものだと思っていた。
「当たり前じゃないか。部活動には顧問の先生や、予算だって必要なんだぞ。生徒たちに勝手に乱立されては困る。ある程度の制限は必要なんだよ」
「どうしてもダメですか?」
「私だって生徒会長だ。この学校の生徒が自由に楽しく過ごせる学校にしたいと思っている。だから本当は宇津呂くんがやりたいという部活も認めてあげたいんだよ。でもね、繰り返しになるけど、私は生徒会長なんだ。この学校の生徒がきちんと学校生活を送ることができるようにするための責任もあるんだよ。だからこそ、君が新しく部活を作りたいというのなら、正規の手順を踏んでくれと言うしかないんだ」
幼女が、見かけによらず大人なことを言っている。
あ、でも中身はれっきとした高校三年生なのか。だったら別に不自然じゃないのかも。見た目以外は。
「反対に言えば、五人集めることができれば部を作れるってことですよね?」
「そういうことだ。理解が早くて助かる。しかしな、君にそれができるのか?」
「どういう意味ですか?」
「君に五人も人を集められるのか、という意味だよ。この時期になると部活に入っていない生徒なんてまずいない。君の呼びかけに答えてくれるような人間もそうそういないだろう。それでもやれるのか?」
会長は僕を試すような目をした。
確かに、僕は友達が少ない。というか、この際はっきり言うけど、いない。
僕の他に四人もの人数を集められる自信なんてないし、もちろん目途さえ立っていない。
それでも。
部活に入って留年しないためには。
橘さんを退学させないためには。
「やれるかやれないかじゃないんです。やるしかないんですよ!」
僕が言うと、会長は満足げに頷いた。
「その意気だよ。あたしはその言葉を待ってたんだ。鈴仙、さっそく彼にあれを」
「はい、会長。……宇津呂くん、あなたにこれを」
鈴仙さんから受け取ったメモには、可愛い丸文字で複数の人の名前が書かれていた。
「まさか、ここに名前を書かれた人は三十秒後に心臓発作で死んじゃうとか……⁉」
「何をアホなことを言っとるんだ。これはな、こんなこともあろうかとあたしが作っておいたものだ。そこに書いてあるのは、まだ何の部活にも入っていない生徒の名前だよ」
「なるほど。このメモに名前が載っている人に頼んでみれば部の創設に協力してくれるかもしれないということですね?」
「その通りだ。いつか必要になると思って準備しておいたのが正解だったようだな。ぜひ活用してくれたまえ!」
よく見るとメモには僕や橘さんの名前もあった。
つまり、ここに書いてあるのは既に留年ギリギリのラインにいる人だってことか。
そう考えると妙な親近感が湧いて来た。
「ありがとうございます。会長の親切を無駄にはしません」
僕が言うと、
「当たり前です。会長の気持ちを踏みにじるような人は、指先から丁寧にみじん切りにしてあげるのです」
鈴仙さんの目は、マジだった。
会長さえ若干引き気味の苦笑いを浮かべている。
「ま、まあ、何か困ったことがあったらまた相談してくれ。君の働きには期待しているよ。ところで」
「はい?」
「えーとだな、そのぉ……かえ姉、いや橘さんはどうしてるんだ?」
会長は歯切れの悪い口ぶりで言った。
「橘さんですか? さあ、分かりませんね。僕もあの人を逐一監視しているわけではありませんから。昨日の帰りから会ってませんし」
「え、君、あの人をほったらかしにしてるのか?」
「ほったらかしも何も、僕は昨日初めて橘さんに会ったばかりなんですよ。四六時中僕みたいなのが引っ付いていたら向こうも迷惑でしょう」
「確かにそれはそうかも……じゃなくてだな! あの人は寂しがりでやきもち焼きなんだから、一緒にいてあげないとダメだ! 君、なんでこんなところにいるんだ⁉ さっさと橘さんのところに戻れ!」
「ええ……⁉」
なんかこの人、急にあたふたし始めたんだけど。
僕に向けれられた鈴仙さんの視線もなんだか冷たいし。
「宇津呂くん、会長のご命令が聞こえなかったのですか? さっさと教室に戻って、私と会長を二人だけにしなさ――いえ、橘さんのところへ行くのです」
「わ、分かりました。最後に一つ確認ですけど、とにかく五人集めれば部が作れるんですね?」
「ああ。頑張れよ、宇津呂くん。私は応援してるぞ」
幼女からの期待の視線を一身に浴びながら、僕は生徒会室を出た。
あんまり僕を過大評価されても困るんだけどな。
第一、 会長は僕がどんな部活を作るつもりなのか分かっているのだろうか。
だけど、とりあえず都合よく勘違いしてくれている内はそのままにしておこう。
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