第9話 風紀委員なのです その②


「じゃあ、他に何が知りたいんですか? むしろ他に知りたいことあるんですか?」

「私を何だと思ってるんですか! 知っちゃったら知っちゃったで、むしろこの人の顔を見るたびにスリーサイズがちらついて迷惑しちゃいますよっ!」

「ああ、この人私より胸大きいんだ……とか?」

「そうです。私もあと数センチあればBカップなのにとか……って! 何言わせるんですか! 破廉恥ですっ、破廉恥! 宇津呂さんがそんな変態さんだとは思いませんでした! 幻滅ですっ!」


 美澄さんが引きちぎれんばかりの勢いで両手を振り回す。


「すみません、冗談が過ぎました。それで美澄さんは橘さんの何が知りたいんですか?」


 突然ハッとしたような顔で、美澄さんはバタバタさせていた手を止めた。


 それから、照れ隠しのつもりなのか咳払いを一つして、


「そうです。本題はここからです。この人――橘楓さんは、遅刻常習犯なんですよ!」

「どうやらそうらしいですね。それはなんとなく気づいてました」


 毎朝あんな風に転んだり滑ったりしていては、まともに登校することもできないだろう。


「そこで私は考えました! あの人が遅刻しないよう、学校まで連れて来てくれる人がいればいいのではないかと!」


 ビシッ! と美澄さんが僕を指さす。


「……まさか、その役目を僕に任せようなんてことは言いませんよね?」

「そのまさかですっ! 昨日のあなたと橘さんの仲睦まじい様子を見て、私は確信しました! この人なら橘さんを遅刻させずに登校させることができると!」


 なんだか厄介なことになって来た。


 僕が橘さんを学校まで送り届ける?


「嫌です、と言ったら?」

「あなたの書類を改ざんして、入学当初から毎日遅刻していたことにしますっ!」

「横暴だ! 権力の濫用だ! 僕は断固として抗議しますよ!」

「遅刻者を失くすためなら私は鬼にでも悪魔にでもなります! さあ、どうしますかっ⁉」

「どうしますかも何も、僕に何のメリットもないじゃないですか」

「……メリット?」


 美澄さんが首を傾げる。


「そう、メリットです。あなたは遅刻者が減って喜ぶかもしれませんが、僕は登校するときの手間が増えるだけなんですよ。不公平じゃないんですか? 風紀委員として、生徒間の不公平を見逃していいんですか? 鬼や悪魔になる前に、風紀委員として踏み越えてはいけない一線を踏み越えようとしているんじゃないんですか?」

「うっ⁉」


 よろめく美澄さん。


 押し切るなら今がチャンスだ。


「もしあなたが僕に言うことを聞かせたいのであれば、それ相応の条件を提示するべきです。僕の得になるような条件をね!」

「ううっ⁉ な、なかなか達者な口をお持ちですね! あなたを侮っていたようですっ!」

「さあ答えを聞かせてもらいましょう。美澄さんは一体僕に何をしてくれるんですか?」

「そ、そういうことでしたら、ええと……」


 落ち着かない様子で、美澄さんは言う。


「私が、あなたの言うことを何でも一つ聞いてあげます! それならどうですか⁉」

「僕の言うことを――何でも⁉」

「あっ、で、でも恥ずかしすぎるのはダメです! 例えば私に首輪をつけて深夜の街を散歩させたいとか、私を縄で縛って教室に放置したいとか、そういうのは絶対ダメですっ!」


 この人、僕を何だと思っているんだろう。


 というかお願いの内容が偏り過ぎてないか? 主にSM方面に。


「あの、美澄さん」

「は、はいっ! 私はもう覚悟は出来てますからっ! なんでもお申し付けくださいっ!」

「いや、その、いくら僕でもそんなことはお願いしませんよ」

「まさかもっとハードなことをっ⁉ は、破廉恥極まりないですっ!」

「もしかして、そういうお願いの方が良いんですか……⁉」

「いっ⁉ いやいやいや、私は清廉な風紀委員であるからにしてそんなことは微塵も望んでいませんからっ! それで! どうなんですか! 私に何をお願いするんですかっ⁉」


 既に美澄さんの中では僕が彼女にお願いごとをするのが確定しているらしい。


「えーと、今すぐは思いつかないのでとりあえず保留で」

「保留っ⁉ 保留プレイというわけですかっ⁉ 散々焦らしていじめるつもりですね!」

「ええ……⁉ じゃ、じゃあそういうことにしておきます」


 可哀そうに。風紀委員という役職に没頭しすぎたせいで、抑圧されていた感情が歪んだ性癖として表れてしまったのだろう。


 このままだと何を言ってもアレな話に持っていかれそうなので、今はここを離れることにしよう。


 僕は美澄さんに背を向けて校舎へと歩き出した。


 美澄さんがわめいている声が聞こえて来たけれど気にしないでおこう。


 っていうかこれ、逆セクハラじゃないのか?





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