第7話 帰路にて……。その②
「……部活の話に戻りますけど」
「何かしら」
不機嫌そうに眉根を寄せながら、橘さんは僕に顔を向ける。
「橘さんは高望みしすぎかもしれませんよ。自分を必要としてくれる場所なんてそう簡単には見つからないものです。自分の居場所は自分で作らなきゃいけません」
「ずいぶん大人びたことを言うのね。宇津呂くんも十六歳じゃなかったりするのかしら」
「違いますよ。僕だって、伊達に一人で学校生活を送っているわけではないんです。色々考えてるんですよ」
本当は、昨日見たロボットアニメに出て来た台詞をそのまま言っただけなんだけど、意外と状況にマッチしていた。
「だったら、そんな宇津呂くんに質問。あなたはどの部活に入るつもりなの?」
「そうですね。僕がいてもいなくても変わらない、出来れば何もしないことを活動内容とするような部活がいいですね」
「高校に五年通っている先輩としての立場から言わせてもらうと、そんな部活はウチにないわね。残念でした」
「本当に残念です。もし存在していればぶっちぎりの第一志望で入部していたのに」
まあ、そんな都合のいい部活があるわけないか。
でも、だからと言って特に入りたい部活があるわけでもないし。
周りの人はどうやって自分の入る部活を決めたんだろう。こういうとき気軽に聞ける友達がいないのはちょっと困る。友達作っておけばよかった、なんて後悔をしても遅いのだろうけど。
「どんな部活でもいいから入ってみて、それから自分の居場所を作ればいいじゃない。さっきあなたが言ったみたいに」
「……なんですか? 仕返しのつもりですか? いい加減機嫌を直してくださいよ。僕より四つも年上なんでしょ」
「そういうときだけ年齢の話をするのは卑怯だわ。私はただ、あなたの言ったことを繰り返しただけだもん」
勝利を確信したような、してやったりとでも言いたげな顔の橘さん。
本当に大人げないな。そんな風だからいつまでたっても留年しちゃうんじゃないのか?
それにしても、自分の居場所は自分で作れ、か。
口で言うのは簡単だろうけど、そんなことが本当にできるのなら今頃僕は友達百人――は言い過ぎだけど、一人や二人くらいの仲のいい人くらい作れていただろう。
それにしても、何というか、妙に引っかかっていることがある。
僕の入りたいような部活は僕の通う高校に存在しない。そして、自分の居場所は自分で作らないといけない。
だとしたら……。
「宇津呂くん、ありがとう」
「え? 何がですか?」
突然橘さんに声をかけられ、物思いに耽っていた僕は一気に現実へ引き戻された。
「私の家、ここなの。だからここまで送ってくれてありがとう」
気がつくと、僕らは一軒家の前に立っていた。
新築の家が立ち並ぶ住宅街の一角。どうやらここが橘さんの家らしい。
「別にお礼を言われることでもありませんよ。ちょうど通学路ですから。橘さん、こんなところに住んでたんですね」
まさかいつも通っている通学路の片隅に建っている家に、四年も留年している人が住んでいるとは思わなかった。
「宇津呂くんの家もここから近いの?」
「十分くらいは歩きますけど、ここからだと一本道ですね。分かります? 公園の近くなんですけど」
「ああ、知っているわ。近くに川が流れているところでしょう? 小さい頃あの公園でよく遊んでいたもの」
「あのすぐ裏手の家です」
「そう。案外近くに住んでいたのね。奇遇ね」
「本当に奇遇ですね」
「ええ、本当に……」
橘さんは何かを言いたそうにしていたが、彼女の口から言葉が出てくることは無かった。
一瞬の沈黙。
……なんだか気まずくなってきた。他人の家の前にずっと立っているのも悪いし、そろそろお暇することにしよう。
「あの、それじゃ僕帰りますね」
「分かったわ。今日は久しぶりに人と話せて楽しかった。ありがとう、宇津呂くん」
「だから別にお礼を言われるようなことはしてませんよ、僕」
「それでもありがとうって言いたい気分なの。またね、宇津呂くん」
「ええ、また」
僕は橘さんに背を向けた。
だけど、一つだけ気になったことがあったので立ち止まり、もう一度彼女の方を振り向いた。
橘さんは僕を見送ってくれるつもりだったのか、まだ家の前に立っていた。
「橘さん、聞きたいことがあるんですけど」
「何かしら」
「もし何もしなくていい部活があったら、橘さんも入部しますか?」
僕の言っていることが分からなかったのか橘さんは一瞬不思議そうな顔をして、それから可笑しそうに笑った。
「なあに、それ。冗談のつもり?」
「いえ、ちょっと知りたくなっただけです」
「……そうね」
橘さんは少しだけ考えるように視線を下へ向け、それからもう一度僕の目を見た。
「もしそんな部活が本当にあるのならもちろん入部するし、その部活を紹介してくれた宇津呂くんにキスだってしてあげるわ」
大人びた笑みを浮かべながら、彼女はそう言うのだった。
――はっきり言って、ちょっと萌えた。
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