第5話 とっても! アンラッキーウーマン その③
「……と、とにかくだな、二人には何かしらの部活に入ってもらわなければならん」
気を取り直すように会長が言った。
「どうしてもですか?」
「どうしてもだ、宇津呂くん。だけど私も鬼じゃない。今すぐ入る部活を決めろとは言わん。一か月待ってやるから、その間に入る部活を決めておくんだ。分かったな?」
会長が言い終わるのと同時に、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「用件がそれだけなら、私たちは教室に戻らせてもらうわ。午後の授業に間に合わなくなるもの」
「好きにするといい。とにかく、一か月以内に入る部活を決めてもらうからな。あと、出来るだけ早く決めた方がいいぞ。あんまり遅く入ると周りに馴染めなくなっちゃうからな!」
「ご忠告ありがとう、会長さん」
そう言い残し、橘さんはくるりと背を向けて生徒会室を出て行った。
僕もその後に続こうとしたが、部屋のドアに手をかけたところで会長に呼び止められた。
「えーと、宇津呂くん」
「はい?」
「あのさ、かえ姉……いや、橘楓のことをよろしく頼む。あの人と仲良くしてあげてくれ」
「洗剤入りの卵焼きを食べさせられない限り、仲良くしますよ」
十数年ぶりにまともなコミュニケーションが成立した女子だし。
いや、二十歳の人を女子って呼んでいいのか?
中年のおばさんたちの集まりでさえ女子会って呼ぶんだから、いいのかな?
そんなことを考えながら僕が生徒会室を出ると、ちょうどドアのすぐ横に橘さんが立っていた。
「遅かったわね」
「あれ、教室に帰ったんじゃなかったんですか?」
「宇津呂くんが一人じゃ寂しいだろうと思って待っていてあげたのよ」
「それはどうも、ありがとうございます」
僕らは並んで、一年生の教室がある一棟の一階まで歩き始めた。
ちなみに生徒会室は三棟の三階という、僕らの教室とは真反対の位置にある。
「ところで、あの生徒会長さんはお知り合いなんですか?」
「どうしてそう思うの?」
歩調を緩めずに橘さんは言う。
「いや、なんとなくそんな気がしただけです。僕の勘違いならそれでいいんですけど」
「…………」
どうしよう。黙ってしまわれた。
聞いてはいけないことだったんだろうか。
もしかするとかつての恋人とか?
それで、会長さんは副会長さんに寝取られてしまって、実は僕はさっきまで壮絶な三角関係の真っ只中にいたとか。……僕の妄想の中が修羅場すぎる。
僕が本日三度目の百合の波動を感知し始めたとき、橘さんは口を開いた。
「変な勘違いをされないように先に言っておくのだけれど、あの子は私の幼馴染よ。家が近所で、小さい頃はよく遊んであげていたわ。私が高校に入ったあたりから疎遠になっちゃったけど」
「どうして? ケンカでもしたんですか?」
僕は、夕暮れ時の路地裏で対峙する橘さんと会長さんを思い浮かべた。
橘さんは勝手に自滅しそうだけど、あの小学生みたいな会長さんが勝つ未来も想像できない。どっちが負けてもおかしくない名勝負になりそうだ。
「想像してもらいたいのだけど」
「な、何をですか?」
橘さんの言葉に、僕は脳内の決闘シーンをぐちゃぐちゃにかき消した。
「年下として可愛がっていたはずの子が同級生になっちゃったのよ? かと思えば、いつの間にか上級生だし」
「それは……きっっついですね」
「そう、きっっっっついのよ。多分、あなたが考えているよりずっと」
小書きにした『つ』が二倍になって帰って来た。
それだけきついということだろう。
確かに、どう接すればいいのか分からない。相手を下から見るか横から見るか、はたまた上から見るか……。疎遠になってしまうのも仕方ないことかもしれない。
「でも、あの会長さん、今でも橘さんと仲良くしたいんじゃないですか? そうじゃなきゃわざわざ同じ高校に入って来ることもないし、さっきみたいにわざわざ呼び出すこともないはずですから」
ふいに橘さんは足を止めた。僕もつられて立ち止まる。
彼女は僕の目をじっと見つめながら、呟くように言った。
「だからこそ、なのよ」
「え?」
だからこそ? どういう意味なんだ?
「ななちゃんには――会長さんには会長さんの人生があるの。いつまでも私みたいな情けない女に振り回されるのは可哀そうだわ。だからこそ、私は……あの子から離れるべきなのよ」
「橘さん……」
橘さんは背中に哀愁を漂わせながら、自分の教室へ戻って行った。
いつの間にか一年生の教室のある階まで来ていたのだ。
一人廊下に取り残された僕も、仕方なく自分の教室に戻ることにした。
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