第3話 最強の美姫
帝国の恋愛観は若者を中心に浸透している。この旅行もその一環。親元を離れて自由に恋愛だけでなく、友情も育めるようにと行事が組まれていた。
「ネモフィラ様はどこかしら……」
不安になり、当たりを見渡す。
セレナスリア帝国は大きな本島と周囲に点在する二十もの孤島からなる大国。この旅行もその孤島のひとつである、比較的大きめなエルシア孤島で行われている。
全ての孤島に歴史ある廃城があり、昔は孤島を領地にしている貴族がいたという。それをリニューアルして多方面で再利用していた。
そしてこの場所は現在、夕餉と称した舞踏会が開かれている。要は体のいいお見合いパーティである。
……そこかしこから来る視線が痛い。
「ネモはまだきていないのか? 」
艶かしい幻覚の華を撒き散らしながら颯爽と現れるヴォルフ。周りの令嬢たちが卒倒したり、黄色い声を上げている。
「迷子になっていないだろうな? コビト族並に小さいからな」
こちらも太陽の陽差しの如く眩しい幻覚を背負って現れるアルバート。またしても令嬢たちが奇声を上げたり、耐えきれずにしゃがみこむ。
「……いらっしゃるだけで目立つのに。何故更に目立つような装いをなさるのかしら」
溜息が出てしまう。
「リリィ、人の事言えるのかい? 」
「かなり離れていても君の場所丸わかりだったんだけど? 」
「ドレスを地味にしても君自身が華やかだから、ね」
急に何を褒め出すのやら。
ヴォルフとアルバートは視線を巡らせる。すると気が付かないうちに周りにいた令息たちが慌ててはけて行く。
「邪魔者はいなくなったし……」
音楽が変わった。
「俺と踊りませんか? リリノア嬢」
優雅に手を差し出される。
「いやいや、俺と踊りましょう? リリノア嬢」
2つ目の手が差し出される。
どうしたものか。このアカデミー旅行舞踏会のファーストダンスはかなり重要であるはず……。
令嬢だけでなく、令息たちの視線も痛いほど集中している。どの選択肢を選んでも地獄ならば気持ちに素直にならないと大変なことになるかもしれない。しかし……二人は本気と冗談が掴めない。
「───リリノア嬢、そんなに悩むのなら……私と踊りましょうか」
聞き覚えのある声にその場にいる全ての者が振り向き、目を見開いた。
「「ヴィオレッタ王女殿下!? 」」
いるはずのない人に会場が固まる。
「……義姉上。何故こちらにいらっしゃるのですか? 」
一人呆れたようにため息を着くヴォルフ。
「なに? アカデミーを卒業し、結局在学中に婚約を決められなかった姉が婚約者探しに混ざってはいけないの? 」
輝度調整ミスかと思われるほど眩しい月の光の幻覚を背負った麗人がそこにいた。
「婚約者を探しに来たのであれば、ドレスを纏われるべきでは? 」
「ああ! リリィ、ヴォルフがボクを虐めるぅ。何着たっていいじゃない! 」
わたくしの後ろに隠れる姫殿下。現国王直系の愛姫。
「上……姫殿下、本日も麗しく! 」
アルバートが急にビシッとした。
「アルバート、君が一番真っ当な候補だったのに……君もリリィがいいのか。ボクもリリィが好きだもの。だから……! リリィはもらって行くわ! 」
アルバートの家系は騎士だから面識は濃い。
予想斜め上の行動に驚いている間にわたくしはホールの中央に自然に、優雅に連れ出された。
音楽に合わせて無意識に体が動き出す。
「……お姉様、いつ両方を? 」
「そつなくこなしてこそよ、リリィ」
魅惑的なウインクをされた。
小さい頃から可愛がって下さっているため、つい『お姉様』と呼んでしまう。彼女もそれを望んでいることは重々知っているが、立場上中々呼べないでいた。
国王に溺愛され過ぎて逃亡を企てる彼女は帝国一の剣士でもある。淑女としての教育も早いうちに習得し、今は亡き王妃殿下を凌ぐ才姫、剣姫と名高い。中々見合う婚約者が見つからないのも頷ける。
「……お母様とおなじ剣の道を進もうとしたら、『おまえは騎士団長にはさせられない。お前の夫になる男に継がせる』だなんて。酷いと思わない? 」
この帝国でヴィオレッタ王女に勝る剣士はいない。だが、王妃殿下は誰よりも前線で戦ったが故に狙われて死を早めてしまった。国王が過保護なほど心配するのも仕方ないと思う。
「陛下は心配なんだと思いますわ。戦争がお姉様まで奪ってしまうのではと……」
「分かっているの。でも───ボクは死なないから大丈夫なの」
昔から聞かされていたが、未だに理解できないでいる『死なないから』という言葉。
「お姉様、わたくしももう成人します。その意味を教えて頂けませんか? 」
お姉様はそっとわたくしに耳打ちした。
信じられずに耳を疑い、あっけに取られるわたくしに人差し指を唇にあて、『内緒よ』と魅惑たっぷりに微笑まれ……。
「だから、あなたの力になれちゃうわよ」
そう言うと楽しそうに笑った。
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