第13話 はじめてのおつかい

 お昼になると沙苗はお茶葉を買いに出かける。


 はじめての一人でのおつかいだ。

 とはいえ、木霊たちも一緒に来てくれるから厳密に一人ではないけど。


「みんな。お手伝い、よろしくね」


 木霊たちが任せろと、沙苗の肩の上で飛び上がる。


 ――お店のたたずまいでお茶屋さんが分かればいいんだけど。


 こういう時に文字が読めないと苦労する。

 商店街は、たくさんの人たちが行き来している。


 ――人の流れを見過ぎると目が回りそう。


 沙苗と木霊たちはキョロキョロしながらお茶屋さんを探す。

 本当にたくさんのお店が並んでいる。

 これだけの品物を一体どこから調達してくるのだろう。


 ――こんなにたくさんの人たちがこの街には住んでるんだから、多すぎるっていうことはないのよね。きっと。


 木霊に服を引っ張られると、お茶屋さんがあった。

 文字は読めなくても、お店の前の急須の張り紙がある。


「教えてくれてありがとう」


 照れたみたいにもじもじする木霊の姿にくすっと微笑みつつ、お店の中に入る。


「ご、ごめんください」

「いらっしゃいませ!」


 元気な中年男性が迎えてくれる。


「お茶葉と、急須を頂きたいのですけど」

「かしこまりました。茶葉はどれにしましょう」

「どれ?」

「種類です。ご希望はありますか?」

「お茶って種類があるんですか?」

「地域ごとに特色があるんですよ。甘みがあったり、風味が他のものにくらべるとぐんっと良かったり、飲み口が軽かったり」

「え、えっと……」


 お茶は緑色の一種類とばかり思っていたから混乱してしまう。


「ちょっと若い人には分かりにくいたかな。おすすめでいいですか?」

「あ、お願いします」

「かしこまりました」


 店に並べられたお茶場をその場で袋詰めしてくれる。それから急須。

 算盤を弾き、見せてくれる。


「こちらになります」

「こ、これで足りますか?」


 沙苗はおずおずと、景虎にもらったお札を渡す。

 商品を受け取り、頭を下げて店を出た。


 ――買えたわ! はじめてのお買い物、大成功っ!


 さっそく明日の朝にでも、景虎に報告しよう。

 そんなことを考えながら元来た道を戻る。


「お客さん! おつり!」


 男性店員が駆けつけて、たくさんのお札を渡してくれる。


「お、おつり?」

「そうですよ。これ」

「こんなにたくさん受け取れません」


 男性店員が不思議そうな顔をしてくる。

 変なことを口走ったとさすがに気づき、「あ、ありがとうございます」と慌てて言う。

 男性店員は「またご贔屓に!」と元気よく見送ってくれた。


 どうにか誤魔化せたみたいだ。


 ――一枚しか渡してないのに、こんなにたくさん増えちゃっていいのかな……。


 さっきのお札とは絵柄が違うお札をまじまじと眺めながら歩く。

 その時、後ろから誰かがぶつかってきた。その拍子にお札を地面に撒き散らしてしまう。


「あっ!」


 せっかく無事に買い物を終えられたというのに、情けない。

 沙苗は這いつくばるように散らばったお札を集める。


 そんな沙苗の姿を、通行人たちが冷ややかに見ながら通り過ぎていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る